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使用人体験
うらのおしごと、じゅうなな
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楽しいはずの食事が思わぬ議論に発展してしまったが、それはそれで楽しかった。
「真尋ぉ、腹いっぱいになったから運動したい」
「明日仕事なんだろ。今日もまだ腰の調子悪いんだから今日はなし」
「えぇー……ケチ」
今日のところはセックスはなし。言葉でのコミュニケーションも大切だ。広い部屋で身を寄せ合ってくだらないことを語り合い、有意義な時間を過ごした。
そしてお化け退治の日。気の抜ける言い方だが、きっと危険な仕事だ。心して行かなければ。
「えっと……真尋、そのカッコで行くのか?」
防弾チョッキにヘルメット、スタン警棒、各種プロテクターを装備し、玄関で雪風を待っていた。
「あぁ、俺も色々と訓練受けてるからな。雪風はいつものスーツなのか?」
「向こうで着替える」
「そっか。何があっても俺が守ってやる、俺の傍から離れるなよ」
「……前立腺がお前の子を孕めと囁いている!」
「んなもんある奴ぁ孕まねぇよ。素直にキュンとしたとか言っとけよ」
まぁ、ふざけた下世話さが雪風らしいとも言えるけれど。
「途中まではヘリ、そっから車。移動中はやることねぇから俺を触って暇を潰せ」
「大人しくして英気を養うよ」
ヘリの離着陸は緊張したが、飛行中は楽しいものだった。窓からの景色を眺めていれば時間はあっという間に過ぎた。車は山道を走り、心身共に堪えた。
「到着。じゃ、着替えてくる。覗いちゃ嫌だぞ」
雪風は別の車が運んできたらしい服に着替えるらしく、晴天の下でスーツを脱ぎ始めた。
「……っ!? 総員周囲を警戒! 雪風、せめて車の中で着替えろよ!」
使用人達に背を向けるよう指示し、シャツのボタンを外している雪風の傍へ寄る。
「立てないじゃん。着替え中だぞ、見るなよえっち」
「見るなもクソもねぇよ……! はぁ……さっさと着替えろ」
「おう」
下着まで脱いでしまった雪風は新しい下着を履くことなく赤い袴を履いた。巫女装束のように見えるが、違うのか? ちゃんと男物なのだろうか……和装にはあまり詳しくない。
「真尋ぉ、ほら俺のパンツ。欲しいか?」
「そういうことしてる場合じゃないだろ」
指に引っ掛けて回していた下着を奪い取り、ポケットにねじ込む。まだ温かい……いやダメだ、雑念は捨てろ。
「よし、完璧だ」
俺が下着に気を取られている間に雪風は完全な和装に変わってしまった。革靴は下駄になっている。
「顔の、それ……邪魔じゃないのか?」
雪風は頭に紐を巻き、そこから垂れた大きな布で顔を全て隠してしまっていた。なんだか人外感が増したような……
「お役目中の若神子の一族の顔は見るな、昔からの掟だぜ。ま、若神子に入ってるお前なら問題ねぇけど」
「……籍だけだろ?」
「苗字が重要なんだよ」
顔を隠す布には朱色で若神子の家紋が描かれている。舞などで使う雑面とはまた少し違うようだ。
「さて、現場に行くぜ」
「……ぁ、あぁ、うん」
神秘性が増した雪風の迫力に圧倒されていた。こんなことではいけない、俺は雪風を守るのだ。
さて、現場と呼ばれた場所は一見何も無い更地だ。ここに強大な化け物が居るのだろうか……
「今回の仕事はな、真尋。土地神の救出だ。昔は崇められたんだが、この辺りに人が居なくなって、崇められなくなったここの土地神は……」
「闇堕ちした?」
「……神から堕ちる前に押し上げるんだ」
雪風は更地の真ん中に鏡を置き、更地の端に戻ると姿勢を正して立った。
「これから土地神さんに話しかけて、そこの鏡を御神体にしてもらう。今日は簡易的な社を作って、後日ちゃんとしたのを作る」
「……作っても人が来なきゃダメなんじゃないか?」
「土地神がいると土地が健康になるからな、これは国の依頼だ。俺がやるのは神を戻すことだけ、そこからどうやって崇め、維持するかは俺の預かり知るところじゃない」
業務的に参拝者を送るか、ここに移住するような策を打つか、そういったことは考えなくていいのか。
「今から話しかける。真尋、お前らも、声を出すなよ、神さんの性格によっちゃ体盗られるぞ」
俺と使用人が一斉に噤む。雪風が手を叩く。パァンッと乾いた音が響いた瞬間、空気が変わった。雪風が何かを呟き始める。日本語には当てはまらない発音だ、英語にだって収まらない、人間が発声出来る音か? これが。人間の声なのに人間の言葉じゃない、なんだこれは。
「────終わったぞ」
たった今まで奇妙な言語を操っていた声がヒトの言葉を話してくださった。
「もう喋っていいぞ、真尋。お前ら、とっとと社建てろ」
使用人達は車に積んでいた資材を下ろし、作業に取り掛かった。
「……雪風」
目の前の彼は人間に姿形を寄せてくださっているだけだ、俺とは次元からして違う生物だ。
「着いてきたって面白くなかったろ? お前が想像してるバケモノとバトるような仕事なんか俺受けたことねぇよ」
イルカが人間には聞こえない超音波で会話するように、女王アリが人間には感じ取れないフェロモンな命令を出すように、雪風は本来人間には知覚出来ない何かを用いる生物なのだろう。今は人間に合わせてくださっているだけだ。
「真尋……?」
顔を隠す布が取れる。真っ赤な瞳が俺の目を見つめる。
「……俺は、人間だぞ」
悲しげに歪んだ顔を見た瞬間、脊髄が反応し、気付けば力強く雪風を抱き締めていた。
「真尋ぉ、腹いっぱいになったから運動したい」
「明日仕事なんだろ。今日もまだ腰の調子悪いんだから今日はなし」
「えぇー……ケチ」
今日のところはセックスはなし。言葉でのコミュニケーションも大切だ。広い部屋で身を寄せ合ってくだらないことを語り合い、有意義な時間を過ごした。
そしてお化け退治の日。気の抜ける言い方だが、きっと危険な仕事だ。心して行かなければ。
「えっと……真尋、そのカッコで行くのか?」
防弾チョッキにヘルメット、スタン警棒、各種プロテクターを装備し、玄関で雪風を待っていた。
「あぁ、俺も色々と訓練受けてるからな。雪風はいつものスーツなのか?」
「向こうで着替える」
「そっか。何があっても俺が守ってやる、俺の傍から離れるなよ」
「……前立腺がお前の子を孕めと囁いている!」
「んなもんある奴ぁ孕まねぇよ。素直にキュンとしたとか言っとけよ」
まぁ、ふざけた下世話さが雪風らしいとも言えるけれど。
「途中まではヘリ、そっから車。移動中はやることねぇから俺を触って暇を潰せ」
「大人しくして英気を養うよ」
ヘリの離着陸は緊張したが、飛行中は楽しいものだった。窓からの景色を眺めていれば時間はあっという間に過ぎた。車は山道を走り、心身共に堪えた。
「到着。じゃ、着替えてくる。覗いちゃ嫌だぞ」
雪風は別の車が運んできたらしい服に着替えるらしく、晴天の下でスーツを脱ぎ始めた。
「……っ!? 総員周囲を警戒! 雪風、せめて車の中で着替えろよ!」
使用人達に背を向けるよう指示し、シャツのボタンを外している雪風の傍へ寄る。
「立てないじゃん。着替え中だぞ、見るなよえっち」
「見るなもクソもねぇよ……! はぁ……さっさと着替えろ」
「おう」
下着まで脱いでしまった雪風は新しい下着を履くことなく赤い袴を履いた。巫女装束のように見えるが、違うのか? ちゃんと男物なのだろうか……和装にはあまり詳しくない。
「真尋ぉ、ほら俺のパンツ。欲しいか?」
「そういうことしてる場合じゃないだろ」
指に引っ掛けて回していた下着を奪い取り、ポケットにねじ込む。まだ温かい……いやダメだ、雑念は捨てろ。
「よし、完璧だ」
俺が下着に気を取られている間に雪風は完全な和装に変わってしまった。革靴は下駄になっている。
「顔の、それ……邪魔じゃないのか?」
雪風は頭に紐を巻き、そこから垂れた大きな布で顔を全て隠してしまっていた。なんだか人外感が増したような……
「お役目中の若神子の一族の顔は見るな、昔からの掟だぜ。ま、若神子に入ってるお前なら問題ねぇけど」
「……籍だけだろ?」
「苗字が重要なんだよ」
顔を隠す布には朱色で若神子の家紋が描かれている。舞などで使う雑面とはまた少し違うようだ。
「さて、現場に行くぜ」
「……ぁ、あぁ、うん」
神秘性が増した雪風の迫力に圧倒されていた。こんなことではいけない、俺は雪風を守るのだ。
さて、現場と呼ばれた場所は一見何も無い更地だ。ここに強大な化け物が居るのだろうか……
「今回の仕事はな、真尋。土地神の救出だ。昔は崇められたんだが、この辺りに人が居なくなって、崇められなくなったここの土地神は……」
「闇堕ちした?」
「……神から堕ちる前に押し上げるんだ」
雪風は更地の真ん中に鏡を置き、更地の端に戻ると姿勢を正して立った。
「これから土地神さんに話しかけて、そこの鏡を御神体にしてもらう。今日は簡易的な社を作って、後日ちゃんとしたのを作る」
「……作っても人が来なきゃダメなんじゃないか?」
「土地神がいると土地が健康になるからな、これは国の依頼だ。俺がやるのは神を戻すことだけ、そこからどうやって崇め、維持するかは俺の預かり知るところじゃない」
業務的に参拝者を送るか、ここに移住するような策を打つか、そういったことは考えなくていいのか。
「今から話しかける。真尋、お前らも、声を出すなよ、神さんの性格によっちゃ体盗られるぞ」
俺と使用人が一斉に噤む。雪風が手を叩く。パァンッと乾いた音が響いた瞬間、空気が変わった。雪風が何かを呟き始める。日本語には当てはまらない発音だ、英語にだって収まらない、人間が発声出来る音か? これが。人間の声なのに人間の言葉じゃない、なんだこれは。
「────終わったぞ」
たった今まで奇妙な言語を操っていた声がヒトの言葉を話してくださった。
「もう喋っていいぞ、真尋。お前ら、とっとと社建てろ」
使用人達は車に積んでいた資材を下ろし、作業に取り掛かった。
「……雪風」
目の前の彼は人間に姿形を寄せてくださっているだけだ、俺とは次元からして違う生物だ。
「着いてきたって面白くなかったろ? お前が想像してるバケモノとバトるような仕事なんか俺受けたことねぇよ」
イルカが人間には聞こえない超音波で会話するように、女王アリが人間には感じ取れないフェロモンな命令を出すように、雪風は本来人間には知覚出来ない何かを用いる生物なのだろう。今は人間に合わせてくださっているだけだ。
「真尋……?」
顔を隠す布が取れる。真っ赤な瞳が俺の目を見つめる。
「……俺は、人間だぞ」
悲しげに歪んだ顔を見た瞬間、脊髄が反応し、気付けば力強く雪風を抱き締めていた。
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