ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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夏休み

がまんがまん、じゅうなな

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貞操帯の鍵穴に鍵が入らない。あんなに苦労して見つけたのに、庭に投げられた瞬間は絶望してしまったくらいなのに、ようやく見つけた鍵なのに、使えない。

「ポチ? どうしたの、はやくして」

「あ、あの、鍵が……入らなくて」

恐る恐る雪兎を見上げると、小さな手は俺の髪を掴んで引っ張り、頭皮に痛みを与えた。

「……僕が鍵を間違えたって言いたいの?」

「そ、そんな……ユキ様が間違えるなんてありえません」

「じゃあ、どういうこと?」

鍵を挿す向きなどの問題ではない、鍵穴に対して鍵が太すぎて何をどうやっても入らない。だからこの鍵が貞操帯の鍵でないのは間違いない。雪兎が貞操帯の鍵を持っているのは確実だ、この鍵穴にちゃんと挿さる鍵を雪兎がポケットに入れたのを俺は見た。これらの事から推理出来るのは──

「おそらく……庭に元々別の鍵が落ちていて、俺はそれを勘違いして拾い、ユキ様が投げたものはまだ見つけられていないのだと」

「ふぅん……? つまり、ポチは僕が投げたものと元から落ちてたものの区別もつかないバカ犬ってこと?」

「…………申し訳ありません」

「謝罪はいい。探せ」

「はいっ!」

俺は鍵とコップをウッドデッキに置き、雪兎が投げた鍵が落ちているはずの植え込みに走った。もはや全裸の恥ずかしさも、美しく剪定された低木に触れる躊躇いもなかった。

「ポチ、どうしてそんなに必死になってるの? 射精出来なくて辛いから?」

「……ユキ様の期待に応えられないのが嫌なんですっ、俺の身体なんてどうでもいい!」

「へぇ、僕が大事にしてるもの、君はどうでもいいんだ」

「あっ……ち、違う……違います、そうじゃなくて」

「口を動かす暇があったら手を動かせ」

自分を卑下する癖を治さなければ。ある程度ならプレイのスパイスになるが、過ぎれば雪兎を不快にさせてしまう。

「ねぇポチ、あぁ……返事はしなくていいよ、僕が一方的に話したいだけだから」

俺は耳を雪兎に集中させ、目を植え込みに集中させた。

「君を何よりも愛しているこの僕が、君の貞操帯が二度と外れなくなるリスクを背負うと思う? 僕がそんなに間抜けに見える?」

そう言われると……もちろん思わないし、見えない。どういう意図の発言だろう、スペアがあるから安心しろとでも言いたいのか?

「……必死だね。ちょっと汗かいてきた? 色の濃い肌に滲んだ汗が陽の光でキラキラして、とっても綺麗だよ」

今この場の気候は過ごしやすく、汗をかくようなものではない。この汗は緊張や焦りから来るものだ、雪兎を待たせているのに鍵を見つけられない自分への怒りもあるかもしれない。

「君の盲目的な信頼は嬉しいよ。でもねポチ、犬の良さはそれじゃない。知ってるかい? 盲導犬とかの訓練ではね、あえて赤信号でGOサインを出すんだよ。従順な犬は横断歩道を渡り始める、でもそれじゃいけない、当然だよね、赤信号なんだから。犬がするべきなのはGOサインに逆らって動かないことだ。真に主人のためを思って行動出来るかどうかがいい犬の条件なんだよ」

突然何の話だ? 待つ間暇なのだろうが関係のない話をするとは考えにくい。何か意図があるはずだ、考えろ、雪兎は俺に何をさせたいんだ、考えろ……

「……っ、ユキ様」

「なぁに?」

「恐れながら……その、投げた鍵は本当に俺の貞操帯の鍵でしたか? 先程の、別の鍵だったのではないでしょうか」

「……僕が間違ってるって言いたいの?」

赤紫の瞳に冷たく睨まれ、ゾクゾクと寒気を覚える。しかし、ここでひと握りの勇気を出すことを雪兎は求めているのだ。俺はそう判断する。

「はいっ! ユキ様は完璧なお方ですが、アレは非常によく似た鍵でしたから、間違えることもあるかと……思い、ます」

睨まれながらでは上手く言葉が紡げない。

「間違ってないよ、僕は間違えない、君に関して僕が間違うことなんて絶対にない、僕は何にも間違えたりしない」

そう言いながら雪兎はポケットから小さな鍵を取り出した。

「わざと偽物の鍵を投げたんだよ、本物はずっと持ってたんだ。盲導犬の話のミスリードに引っかかったね、ポチ。君は僕が君に意地悪をしていると言うべきだったんだ、僕がミスをするはずがないんだから」

差し出された鍵を受け取り、貞操帯の鍵穴にそっと挿し込む。カチリと小さな音が鳴った。
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