ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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夏休み

どっぐらん、ろく

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帰宅後、家の周りは普段の数倍の警備が敷かれた。雪兎は先程から雪風とのビデオ通話に夢中、パソコンに齧り付いている。

「帰国って……ふざけないでよ、大学卒業するまで帰らないって言ったじゃん!」

『でもな雪兎、大学生にお前の暗殺を企てるようなヤツがいたなら、もっかい身辺調査やり直さなきゃならねぇ。いや、思想調査か。だから少し卒業は遅れるけど』

「それが嫌なの! 最短で卒業してやるって言っただろ、何ヶ月かでも空いたら脳がなまっちゃう! タイミングはあったのに大学構内では仕掛けてこなかったんだから大丈夫だよ」

二人が言い争う背後で俺は使用人の診察を受けている。スーツにサングラスという若神子家の使用人の出で立ちだが、一応医師らしい。

「……鼓膜に問題はありませんね」

「もう聞こえてますし、わざわざ診ていただかなくてもよかったのに」

「跡継ぎ様からのご命令ですので。それでは」

使用人が出ていった。俺もビデオ通話に参加していいかな? 親子水入らずにした方がいいかな? とりあえず様子を伺おう。

「っていうか、ポチに訓練なんかするなって言ったよね!? なんでしてるの!? 信じらんない! 息子の頼みを快諾しておいて裏切ってるなんて! やっぱり父親失格だよ雪風は!」

『まぁ父親試験があったら落第は間違いなしだが……訓練しといたおかげでお前死なずに済んだんだろ? ったく、ボディガードの教育もやり直さなきゃだな。なんで雪兎の傍に真尋しか居ねぇなんて事態が起こるんだか』

「それは……他の犬が怖がるって言われたから……僕が、引かせて」

「誰に言われたんだよ」

「…………僕を、撃とうとした人」

雪風は見ているだけでも分かるような深いため息をつき、雪兎は縮こまって微かに震えた。

『…………雪兎、やっぱりまだ十五のお前に使用人を動かす権限を渡すのは早かった。俺の失敗だ、気にするな。雪兎、悪いがお前から自由を取り上げさせてもらう。ネットショッピングの自由もな。欲しいものがあれば俺に申請、使用人に直接買いに行かせる』

荷物に紛れて爆弾の小包が届く想定でもしてあるのか? するべきだな、日本の広い邸宅と違ってこの別荘を丸ごと吹き飛ばす程度の爆弾なら荷物に紛れ込ませても気付かれないサイズで十分だろう。

『……真尋』

「何?」

『…………よくやった。俺の息子を二人とも守ってくれたな、感謝する』

「……二人?」

『お前だ。よく無事で……よかった、真尋……』

雪風はパソコン画面に手を近付けているようだ、画面越しの俺の頭でも撫でてくれているのだろう。

『真尋、お前には若神子の敷地外では武器を携帯する義務を与える。すぐに用意する……何がいい? 雪兎のすぐ傍に居るんだから、お前が武器を使うとなったら相手とはかなり近い。無難に拳銃にしとくか』

「ダメ! ポチにそんなの持たせないで!」

『雪兎、お前には真尋の装備に関する権限はない』

武器……武器か、近接戦闘になるなら確かに拳銃は敵の即死を狙えるいい武器だ。だが、雪兎を守る盾になるようなものや、今回のように相手が銃を持っていた時に有利を取れるもの、実戦で扱い慣れたものがいい。

「……バール」

『ん? 何か言ったか、真尋』

「1500ミリのバールが一番使い慣れてる。人間、バイク、車、全部相手にできる」

『せんご……1.5メーター!? 待て待て小さい人間くらいだぞ、雪兎くらいだぞ』

「僕160あるもん!」

雪兎の身長は158センチだと聞いていたが、と考えていると雪風が俺と同じ疑問を投げかけた。

「伸びたの! そんな半年以上前の持ち出さないで、成長期だもん」

『マジかよ、若神子家で十五歳以上になってもまだ背伸びるヤツはレアだぜ』

祖父の姿が思い浮かんだが、すぐに振り払った。

「っていうかポチ!」

「はい」

ようやくこちらを向いてくれた。真っ直ぐな赤紫の瞳は何だか久しぶりな気がする。

「そんなでっかいバール使い慣れてるって何!? バールに150センチのあったのにも驚きなんだけど……!」

「あぁ……それは」

俺とバールについて話すには「なんか中学時代の記憶が曖昧」という神秘のベールを剥がし、俺の過去を思い出さなければならない。
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