ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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お盆

きこく、なな

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医務室から雪兎の私室へと戻ると、犬の前足を模した手袋をはめられた。手首にはベルトがついており、とてもではないが手袋をつけたままの指で外せるような物ではない。

「ユキ様、これは……」

「ポチが首引っ掻かないように」

「……なるほど」

犬は治りかけの傷を噛んだり、傷に塗った薬を舐めないように、エリザベスカラーというものをつける。俺の身体は人間の形をしているし、首の傷だから首につけるエリザベスカラーは合わない。だから手袋という訳だ、流石は雪兎。

「…………ポチ、ごめんね?」

「そんなに何度も謝っていただかなくても大丈夫ですよ。帰国させられてご機嫌ななめだったんですよね?」

あれ? そうだっけ? 雪兎が俺を無視していたのは、泣き出したのは、もっと俺が原因だったような──?

「いらないなんて言っちゃった」

「……本心じゃなかったんでしょう? ならいいです、今後ともユキ様の愛犬でいられるよう頑張ります!」

「僕が、いらないなんて言っただけでっ……あんなちょっと言っただけでっ、ポチが自殺測るほどショック受けるなんて思わなかったぁっ……ごめん、ごめんねポチぃ……ごめんね、ごめん」

「は……? ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。自殺?」

俺は自殺を測ったのか? そんな記憶はないぞ。記憶力が悪いと自覚してはいるが、そんな大層なことを忘れる訳がない。

「俺……自殺しようとしたんですか?」

「へ? 違うの? 僕が部屋から追い出しちゃって……その後、ポチ……首引っ掻いてたから」

「首掻くのは……包帯が暑いからとか、治りかけは痒いとかじゃ……」

その前だ、包帯を巻く前、俺はそもそもどうして首に怪我をしているんだ?

「…………俺、なんで首に怪我したんでしたっけ」

「僕がいらないって言ったのショックで、頸動脈でもちぎって死ぬ気だったんでしょ?」

「いや、いや、いやいやいや……爪じゃ無理でしょ、俺深爪だし」

雪兎には言いにくいが、雪兎に嫌われても雪風には好かれたままかもしれないのだから、俺がすぐに自殺という選択肢を取るとも思えない。

「じゃあなんで首引っ掻いたのさ」

「そんな覚えないですし……」

ぷくぅっと白い頬が餅のように膨らむ。雪兎はノートパソコンを持ってきて俺の膝に座ると、この邸内の監視カメラの映像を見せてくれた。

「えーっと、昨日の夜の……あ、ポチいた。ほら、見てて」

俺が雪兎の部屋から追い出された後の様子が映っている。扉の前にしばらく呆然と立ち尽くした後、廊下をふらふらと歩き始めた。その手は首を引っ掻いている。

「……さっきはポチの行き先見てただけだから気付かなかったけど、何か言ってるね」

「独り言? キモ」

「…………これポチだよ?」

監視カメラには録音機能もあるようで、雪兎は音量を上げて俺の小さな呟きが聞こえるようにした。

『ない、ない……どこ、どこ、ない、なんで……ここにあるはず……』

三白眼を見開いてぶつぶつと呟く姿は不気味以外の何物でもない。

「何か探してるのかな?」

「何をです?」

「……ポチのことだよ?」

そんなこと言われても記憶にございません。もしかして政治家って俺みたいなタイプが多くて、案外と正直なのかも……なんてふざけてみる。

『首輪……首輪ぁ……なんで、なんでないの……やだユキ様、首輪……首輪なくし……てない、首輪ある、絶対あるから……やだ、ユキ様、捨てないで、ユキ様…………どこ、首輪、首輪ない……どこ』

半泣きで首を引っ掻く俺の独り言は、その容貌以上に気味が悪かった。

「…………ポチ、首輪なくなった不安で首引っ掻いてたの?」

「え? まさか、そんな……俺そんなにバカじゃないですよ、ないからって首引っ掻くって、頭おかしいじゃないですか」

「でもポチ、この手の動きよく見たら引っ掻くっていうかつまむだよ。皮膚つまんでちぎってる。首輪つまもうとしてるんだよ、途中からワーってなったのかガリガリ引っ掻いてるけど」

「そんなまさか……俺、そこまでバカじゃ……」

ふに、と頬に犬の前足を模した手袋の肉球部分が当たる。手袋の中の俺の手は首に触れようとしていた。

「……ポチは不安になったら首輪触ろうとするんだね。なかったらパニックになっちゃうんだ、自傷でも訳分からずにやっちゃうんだ……ううん、自分の爪で傷付いて痛いから、痛いのが怖くて不安で、また首輪探しちゃうのかな」

立ち上がって俺と向かい合った雪兎は俺の首に手を添える。包帯越しでもほのかに感じる体温と圧迫感に安心した。

「この首には首輪は巻けないよ、だからね」

雪兎は赤い首輪を俺の右手首に巻いた。一番小さな円にしてもぶかぶかだったが、大きな手袋をしているから抜けはしない。

「……ポチが僕のペットっていう証だもんね。外してごめんね、そんなに気に入ってくれてたなんて知らなかった…………ふふっ、ポチ大好き。一生一緒だよ」

「………………はい」

自分の頭の悪さと言うべきか、要領の悪さと言うべきか、納得のいかない部分はあるけれど、雪兎にプロポーズまがいの言葉を頂けたからそれでいいや。
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