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お盆
おせわ、さん
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雪兎に手を引かれて青薔薇の生垣と虹を見に行った。そしてまたぐいぐいと手を引っ張られ、風呂に入った。
「……っ、つぅ……!」
入浴なのだから当然、包帯も首輪も手袋も外した。ボディソープは皮膚が剥けた首に染みる。
「ポチ? どうしたの?」
「ぁ、えっと……石鹸が染みて」
「わ、それは……痛かっただろうね、よしよし。治り遅くなりそうだし、首は洗わなくていいよ」
「ひぅっ……!」
ちょろちょろと優しくお湯がかけられて泡が流される。泡まみれの自分の手が首を擦った瞬間は痛みしかなかったのに、湯が染みる痛みには快感が混じっている。
「ん、流れた。髪洗う時とか危ないかなぁ……タオルとか巻いとく? なるべく柔らかいの探してみるよ」
熱い吐息を漏らす俺を置いて雪兎は浴室を出た。湿度と温度が低い空気が流れ込み、ぽやんとしていた頭が冷静さを取り戻す。
「ただいま、ちょっと顔上げて」
「ぁ、はい……」
柔らかく高級そうなタオルが首に巻かれた。きゅっとしっかり締められたため、頭を洗っても泡や湯が流れ込みにくくなっただろう。
「……ありがとうございます」
タオルのおかげかその後の風呂は問題なく終えることが出来た。包帯、部屋着、手袋、手首に首輪、そして犬耳カチューシャ……着替えも終わった。
「どうしたの? ポチ」
「え? いえ、何も」
物足りない。首の傷のせいか雪兎がイタズラを仕掛けてくれない。俺からじゃれついても傷が開いてはいけないからと止められる、そんな大怪我じゃないのに。
「よしよし……君は僕の可愛い愛玩犬、可愛がられるだけでいいんだよ、一生ね」
まさに飼い殺しか。それが雪兎の望みなら叶えてやりたい、だがドックランでの事件を思い出すと叶える訳にはいかないと決意が固まる。
「ユキ様、知っていますか?」
「なぁに、雑学クイズ対決? いいよ、かかってこい!」
「盲導犬の訓練の際、赤信号でもGOサインを出すんです。状況を見て主人の指示に従わない選択が出来るのが真の忠犬なんですよ」
「…………それは僕のお願いを無視して今後も訓練を続けるっていうことかな」
にこやかだった雪兎の表情が冷たく変わる。
「君は盲導犬でも救助犬でも警察犬でも軍犬でもない、愛玩犬だ。愛玩犬に必要なのは愛くるしさ。むしろ愚かしいほど主人に忠実な駄犬が望ましいんだよ。分かる?」
「……俺は忠犬でありたいんです。ユキ様だって前はそう言ってたじゃないですか」
「後から言う方が正しいに決まってるじゃん……でも、うん、そう……分かった。うん、明日……お医者さん呼ぶ。ポチの足壊してもらう、腱切るとかじゃない、二度と立てないようにしてもらう」
「分かりました」
俺の即答は意外だったのか、雪兎は赤紫の目を見開いた。ついさっきまで俺を冷たく見下ろしていた瞳は震えている。
「ユキ様がそんなに俺を可愛がりたいだけなら手でも足でもご自由に破壊してください。俺はあなたにならどんな姿にされてもいいし、どうされてもあなたを愛します」
「ぼ、僕は本気だよっ、そんなこと言ってほだそうなんて無駄だから……」
「俺は五体満足のままあなたの忠犬でいたい、明日から訓練も再開します。それが俺の意思ってだけです。俺はユキ様のもの、好きなようにしてください。俺は俺の望む俺になれなくても、ユキ様の望む俺にしてもらえるなら俺は満足です」
「………………その姿のまま、愛玩犬にはなってくれない?」
やっぱり本気じゃなかったか。
「ユキ様が望むのならなりますよ。俺は明日、訓練に行きます。でもユキ様が本気で止めるのなら行きません」
「……君ってホント、どこまでも犬だね」
深いため息をついて雪兎は俯いてしまった。俺は手首にはめられた首輪を眺め、自然と頬を緩めた。
「……っ、つぅ……!」
入浴なのだから当然、包帯も首輪も手袋も外した。ボディソープは皮膚が剥けた首に染みる。
「ポチ? どうしたの?」
「ぁ、えっと……石鹸が染みて」
「わ、それは……痛かっただろうね、よしよし。治り遅くなりそうだし、首は洗わなくていいよ」
「ひぅっ……!」
ちょろちょろと優しくお湯がかけられて泡が流される。泡まみれの自分の手が首を擦った瞬間は痛みしかなかったのに、湯が染みる痛みには快感が混じっている。
「ん、流れた。髪洗う時とか危ないかなぁ……タオルとか巻いとく? なるべく柔らかいの探してみるよ」
熱い吐息を漏らす俺を置いて雪兎は浴室を出た。湿度と温度が低い空気が流れ込み、ぽやんとしていた頭が冷静さを取り戻す。
「ただいま、ちょっと顔上げて」
「ぁ、はい……」
柔らかく高級そうなタオルが首に巻かれた。きゅっとしっかり締められたため、頭を洗っても泡や湯が流れ込みにくくなっただろう。
「……ありがとうございます」
タオルのおかげかその後の風呂は問題なく終えることが出来た。包帯、部屋着、手袋、手首に首輪、そして犬耳カチューシャ……着替えも終わった。
「どうしたの? ポチ」
「え? いえ、何も」
物足りない。首の傷のせいか雪兎がイタズラを仕掛けてくれない。俺からじゃれついても傷が開いてはいけないからと止められる、そんな大怪我じゃないのに。
「よしよし……君は僕の可愛い愛玩犬、可愛がられるだけでいいんだよ、一生ね」
まさに飼い殺しか。それが雪兎の望みなら叶えてやりたい、だがドックランでの事件を思い出すと叶える訳にはいかないと決意が固まる。
「ユキ様、知っていますか?」
「なぁに、雑学クイズ対決? いいよ、かかってこい!」
「盲導犬の訓練の際、赤信号でもGOサインを出すんです。状況を見て主人の指示に従わない選択が出来るのが真の忠犬なんですよ」
「…………それは僕のお願いを無視して今後も訓練を続けるっていうことかな」
にこやかだった雪兎の表情が冷たく変わる。
「君は盲導犬でも救助犬でも警察犬でも軍犬でもない、愛玩犬だ。愛玩犬に必要なのは愛くるしさ。むしろ愚かしいほど主人に忠実な駄犬が望ましいんだよ。分かる?」
「……俺は忠犬でありたいんです。ユキ様だって前はそう言ってたじゃないですか」
「後から言う方が正しいに決まってるじゃん……でも、うん、そう……分かった。うん、明日……お医者さん呼ぶ。ポチの足壊してもらう、腱切るとかじゃない、二度と立てないようにしてもらう」
「分かりました」
俺の即答は意外だったのか、雪兎は赤紫の目を見開いた。ついさっきまで俺を冷たく見下ろしていた瞳は震えている。
「ユキ様がそんなに俺を可愛がりたいだけなら手でも足でもご自由に破壊してください。俺はあなたにならどんな姿にされてもいいし、どうされてもあなたを愛します」
「ぼ、僕は本気だよっ、そんなこと言ってほだそうなんて無駄だから……」
「俺は五体満足のままあなたの忠犬でいたい、明日から訓練も再開します。それが俺の意思ってだけです。俺はユキ様のもの、好きなようにしてください。俺は俺の望む俺になれなくても、ユキ様の望む俺にしてもらえるなら俺は満足です」
「………………その姿のまま、愛玩犬にはなってくれない?」
やっぱり本気じゃなかったか。
「ユキ様が望むのならなりますよ。俺は明日、訓練に行きます。でもユキ様が本気で止めるのなら行きません」
「……君ってホント、どこまでも犬だね」
深いため息をついて雪兎は俯いてしまった。俺は手首にはめられた首輪を眺め、自然と頬を緩めた。
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