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お盆
おせわ、よん
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明日は訓練に行くと宣言した翌日──つまり訓練に行く日、雪兎は犬の前足を模した大きな手袋を外してくれた。
「……ユキ様」
「勘違いしないで。つけたまま行って、他のヤツに取られたら嫌なだけ」
「…………行ってきます」
ふい、と顔を背けられてしまった。ほとぼりが冷めたら雪兎は再び渡米するらしいし、ずっと傍に居たいのだが……訓練は毎日することが大切なのだ。
「お、来たんすねポチさん。首大丈夫っすか?」
「ちょっと皮剥けてるだけなんで」
「そっすか。あれ、跡継ぎ様……見学っすか?」
「へっ?」
使用人達が訓練を行っている広間に入り、出迎えてくれた態度の悪い使用人の声に振り向くと雪兎が立っていた。
「……見学しちゃダメ?」
「いえいえ、どぞどぞ」
「ユキ様……」
「……首輪、つけたままじゃ上手く出来ないだろ。預かっておいてあげる」
手首につけたままだった赤い首輪を雪兎に渡す。違和感が消えた手首を寂しく思い、手のひらで軽く擦る。
「なぁに、ポチ。今度は手首引っ掻く気?」
「まさか……」
「ポチさん、久しぶりっすし走り込みくらいからやります?」
「……いえ、準備運動の後すぐ組手でお願いします」
「マジすか」
雪兎に格好いいところを見せたいなんて、男子らしさが抜けていないな。そう自嘲気味に思いながら準備運動を始めた。
「跡継ぎ様~、椅子持ってきたっすよ」
「どうも……この椅子座り心地悪いね」
雪兎はパイプ椅子に腰掛け、ぼうっと俺を眺めて時折使用人と言葉を交わしている。
「組手とか言ってたっけ、空手してるの?」
「そんなガチの意味の組手じゃないっすよ。ただの試合っす」
「何の? 柔道とか?」
「形式はないっすよ。反則もないっす。相手を気絶させる、相手を完全に組み伏せる、相手の急所にナイフまたは拳銃で攻撃する……が勝利条件っす。参ったはナシっすよ」
「ナイフと拳銃って……!」
「安心して欲しいっす。オモチャっすから。ナイフは刃が引っ込んで赤いインクが出て、拳銃はペイント弾っす」
久しぶりだからか準備運動でもかなり疲れた。組手用のナイフと拳銃をしげしげと眺めている雪兎の前に屈み、準備完了を伝える。
「……結構重いの使ってるんだね」
「本物と同じ重さだそうですよ」
「…………こんなに重いんだ」
「人の命の重さにしちゃ軽すぎますけどね」
雪兎からナイフと拳銃を受け取り、ポケットに入れる。雪兎の温もりがあればいつもより強くなれる気がした。
「じゃ、組手……相手は俺でいいっすか?」
「ええ、あなたがいいです」
雪兎の前だからとわざと負けるような空気の読み方は出来なさそうだし、とは口に出さないでおこう。
「んな部屋着でいいんすか? ポチさん」
「あなた達はスーツで訓練しなきゃダメでしょうけど、俺は外でもラフな格好してることもあるので」
言いながらマットの上に乗り、靴下を脱ぐ。相手の使用人は革靴を履いているので踏まれたら怪我をするだろうな。
「そっすか。んじゃま、軽く揉んでやるっすよ」
開始の合図はなく組手が始まる。使用人は早速ナイフを持ち、俺に切りかかる。手首を掴んでナイフを止める以外の選択肢は失われる、彼はこのまま自分のペースに持っていくつもりなのだろう。
「はっ!? ちょ……!」
俺は彼の手首を両手で掴んでナイフが刺さらない向きで胸に引き寄せ、跳び、彼の腕を挟んで足を交差させた。ふくらはぎを彼の首に叩き込みつつ上下反転した自身の身体をくの字に曲げる。
「へっ? な、何……? ポチ今何したの?」
雪兎サイズならいざ知らず、俺の体格なら組み付いて倒れない者はそう居ない。仰向けに倒れた使用人の腕を足でしっかりと固めつつ、手首を掴むのは左手に任せて右手で拳銃を取り出し、使用人の頭部目掛けて発砲。
「わぶっ! ペっぺっ……ぅえぇ……口入った」
勝負ありだ。俺は足を解いて立ち上がり、頭が半分赤く染まった使用人に手を貸した。
「ポチ、ポチ、今何したの? 見てたけど全然分かんなかった」
「……飛びつき腕ひしぎ十字固めっすね。久しぶりの一戦目から技かけます?」
「やれそうだったんで……」
「ポチ、他にも何か出来る? さっきみたいなよく分かんないすごいの! もっと見せて!」
「…………ユキ様、俺が訓練するの嫌なんじゃ?」
途端に慌ててツンケンした態度に戻る──ことはなく、キラキラとした瞳のまま首を横に振った。
「ポチ、カッコよかった! もっと見たい、早くやってよ」
「……承知しました!」
俺はその後、他の使用人にも組手を頼んだ。派手な投げ技などを決め続けると雪兎は見た目以上に大はしゃぎをし、俺の訓練問題はあっさりと片付いた。
「……ユキ様」
「勘違いしないで。つけたまま行って、他のヤツに取られたら嫌なだけ」
「…………行ってきます」
ふい、と顔を背けられてしまった。ほとぼりが冷めたら雪兎は再び渡米するらしいし、ずっと傍に居たいのだが……訓練は毎日することが大切なのだ。
「お、来たんすねポチさん。首大丈夫っすか?」
「ちょっと皮剥けてるだけなんで」
「そっすか。あれ、跡継ぎ様……見学っすか?」
「へっ?」
使用人達が訓練を行っている広間に入り、出迎えてくれた態度の悪い使用人の声に振り向くと雪兎が立っていた。
「……見学しちゃダメ?」
「いえいえ、どぞどぞ」
「ユキ様……」
「……首輪、つけたままじゃ上手く出来ないだろ。預かっておいてあげる」
手首につけたままだった赤い首輪を雪兎に渡す。違和感が消えた手首を寂しく思い、手のひらで軽く擦る。
「なぁに、ポチ。今度は手首引っ掻く気?」
「まさか……」
「ポチさん、久しぶりっすし走り込みくらいからやります?」
「……いえ、準備運動の後すぐ組手でお願いします」
「マジすか」
雪兎に格好いいところを見せたいなんて、男子らしさが抜けていないな。そう自嘲気味に思いながら準備運動を始めた。
「跡継ぎ様~、椅子持ってきたっすよ」
「どうも……この椅子座り心地悪いね」
雪兎はパイプ椅子に腰掛け、ぼうっと俺を眺めて時折使用人と言葉を交わしている。
「組手とか言ってたっけ、空手してるの?」
「そんなガチの意味の組手じゃないっすよ。ただの試合っす」
「何の? 柔道とか?」
「形式はないっすよ。反則もないっす。相手を気絶させる、相手を完全に組み伏せる、相手の急所にナイフまたは拳銃で攻撃する……が勝利条件っす。参ったはナシっすよ」
「ナイフと拳銃って……!」
「安心して欲しいっす。オモチャっすから。ナイフは刃が引っ込んで赤いインクが出て、拳銃はペイント弾っす」
久しぶりだからか準備運動でもかなり疲れた。組手用のナイフと拳銃をしげしげと眺めている雪兎の前に屈み、準備完了を伝える。
「……結構重いの使ってるんだね」
「本物と同じ重さだそうですよ」
「…………こんなに重いんだ」
「人の命の重さにしちゃ軽すぎますけどね」
雪兎からナイフと拳銃を受け取り、ポケットに入れる。雪兎の温もりがあればいつもより強くなれる気がした。
「じゃ、組手……相手は俺でいいっすか?」
「ええ、あなたがいいです」
雪兎の前だからとわざと負けるような空気の読み方は出来なさそうだし、とは口に出さないでおこう。
「んな部屋着でいいんすか? ポチさん」
「あなた達はスーツで訓練しなきゃダメでしょうけど、俺は外でもラフな格好してることもあるので」
言いながらマットの上に乗り、靴下を脱ぐ。相手の使用人は革靴を履いているので踏まれたら怪我をするだろうな。
「そっすか。んじゃま、軽く揉んでやるっすよ」
開始の合図はなく組手が始まる。使用人は早速ナイフを持ち、俺に切りかかる。手首を掴んでナイフを止める以外の選択肢は失われる、彼はこのまま自分のペースに持っていくつもりなのだろう。
「はっ!? ちょ……!」
俺は彼の手首を両手で掴んでナイフが刺さらない向きで胸に引き寄せ、跳び、彼の腕を挟んで足を交差させた。ふくらはぎを彼の首に叩き込みつつ上下反転した自身の身体をくの字に曲げる。
「へっ? な、何……? ポチ今何したの?」
雪兎サイズならいざ知らず、俺の体格なら組み付いて倒れない者はそう居ない。仰向けに倒れた使用人の腕を足でしっかりと固めつつ、手首を掴むのは左手に任せて右手で拳銃を取り出し、使用人の頭部目掛けて発砲。
「わぶっ! ペっぺっ……ぅえぇ……口入った」
勝負ありだ。俺は足を解いて立ち上がり、頭が半分赤く染まった使用人に手を貸した。
「ポチ、ポチ、今何したの? 見てたけど全然分かんなかった」
「……飛びつき腕ひしぎ十字固めっすね。久しぶりの一戦目から技かけます?」
「やれそうだったんで……」
「ポチ、他にも何か出来る? さっきみたいなよく分かんないすごいの! もっと見せて!」
「…………ユキ様、俺が訓練するの嫌なんじゃ?」
途端に慌ててツンケンした態度に戻る──ことはなく、キラキラとした瞳のまま首を横に振った。
「ポチ、カッコよかった! もっと見たい、早くやってよ」
「……承知しました!」
俺はその後、他の使用人にも組手を頼んだ。派手な投げ技などを決め続けると雪兎は見た目以上に大はしゃぎをし、俺の訓練問題はあっさりと片付いた。
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