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お盆
にたものどーし
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四つん這いで浴室に入り、濡れた床の上に犬のように座る。雪兎はシャワーを持つ前に顎を上げさせた俺の喉に触れた。
「……まだ治ってないね」
「まぁ、そんなに早くは治りませんよ」
首の引っ掻き傷を見る雪兎の目には罪悪感がチラついている。赤紫の輝きが陰るのはとても悪いことだ、俺が理由だなんて尚更悪い、飼い犬失格だ。
「染みないようにしないと……シャンプーハットとか用意した方がいいかなぁ」
けれど、雪兎が俺の傷を気にしてくれている、雪兎が俺のことを考えてくれている……そんなほの暗い喜びもある。犬失格だが、人間らしいだろう?
「俺は構いませんよ、ユキ様からの痛みなら」
「僕に洗わせる気? さっきからちょっと態度悪いよ」
「そうですか? 申し訳ないです。でも洗わせようだなんて思ってませんよ、ただ一言命令してくださればそれにより起こる痛みは全て、誰からのものだろうと、ユキ様のための痛みですから」
「……ポチを痛がらせていいのは僕だけ! 肩から上は洗ってあげる」
雪兎が俺に背を向けてシャンプーボトルを掴む一瞬、俺は首を引っ掻いた。傷の治りを遅らせたかった。俺が怪我をしている間はアメリカに戻らないと自惚れていたんだ。
泡が染みる痛みを堪えて雪兎に頭と首を洗われ、そこから下は自力で洗った。目の前で自身の身体をきよめる雪兎の裸体を見つめながら。
「ふー……さっぱりした。ポチ、屈んで。首は擦らずに拭かないと……」
絵画に見る女神の沐浴にも劣らない美しい入浴姿だった、勃起することそのものが冒涜になるような。ほぼ毎日見ているけれど雪兎の裸体は決して飽きない、今日もまた瞼の裏に芸術が増えた。
「……っ!」
首にタオルが押し当てられる。きっと高級品なのだろう柔らかなそれですら、皮が剥けた肌には辛い。
「痛い? ごめんね。多分これで拭けたと思うから……」
俺の首を拭いたタオルを見下ろし、雪兎は目を見開いた。
「血……? そんなっ、まだ出るの? それとも……僕、変な洗い方しちゃって、怪我えぐっちゃったのかなっ……ポチ、ポチ、僕っ……!」
赤紫の瞳がキラキラと輝く。潤んでいるのだ、今にも涙が溢れそうなのだ。
「すいません、俺ちょっと掻いちゃいました」
「え……? 掻いちゃダメって言ったでしょ! もぉっ! かさぶたになってるから痒いのは分かるけど……あ、ここだね? もぉ」
俺の首を観察してあっさりと傷を見つけた雪兎は、すっかり涙を引っ込ませて俺を叱った。このままかさぶたが痒くて掻いたことにしていれば、俺の評価はバカな犬のままで済むだろう。
「……いえ、ユキ様。俺……あなたに心配されたくて、あなたに構っていて欲しくて、あなたに離れないでいて欲しくて、掻いちゃいました」
「え……? わざと!? なんで、そんな……僕、ポチが怪我してなくたって構ってるよね? 寂しかったの? 一週間ちょっと……ずっと、放置してたから?」
「いえいえ、怪我をした俺を置いて留学なんてしないだろうと……行く時は連れて行ってくださると、この程度の怪我なんて効かないと分かっていながらも試さずにはいられなかったバカなだけです」
「うん……僕は、留学するよ。君を置いて。君が……どんな怪我してたって。この、おバカ……!」
俺の本当の目的は俺だけが理由で雪兎が感情を大きく動かすことだったのかもしれない。どこか嬉しそうな泣き顔を見て、俺もまたほの暗い笑みを浮かべた。
「……まだ治ってないね」
「まぁ、そんなに早くは治りませんよ」
首の引っ掻き傷を見る雪兎の目には罪悪感がチラついている。赤紫の輝きが陰るのはとても悪いことだ、俺が理由だなんて尚更悪い、飼い犬失格だ。
「染みないようにしないと……シャンプーハットとか用意した方がいいかなぁ」
けれど、雪兎が俺の傷を気にしてくれている、雪兎が俺のことを考えてくれている……そんなほの暗い喜びもある。犬失格だが、人間らしいだろう?
「俺は構いませんよ、ユキ様からの痛みなら」
「僕に洗わせる気? さっきからちょっと態度悪いよ」
「そうですか? 申し訳ないです。でも洗わせようだなんて思ってませんよ、ただ一言命令してくださればそれにより起こる痛みは全て、誰からのものだろうと、ユキ様のための痛みですから」
「……ポチを痛がらせていいのは僕だけ! 肩から上は洗ってあげる」
雪兎が俺に背を向けてシャンプーボトルを掴む一瞬、俺は首を引っ掻いた。傷の治りを遅らせたかった。俺が怪我をしている間はアメリカに戻らないと自惚れていたんだ。
泡が染みる痛みを堪えて雪兎に頭と首を洗われ、そこから下は自力で洗った。目の前で自身の身体をきよめる雪兎の裸体を見つめながら。
「ふー……さっぱりした。ポチ、屈んで。首は擦らずに拭かないと……」
絵画に見る女神の沐浴にも劣らない美しい入浴姿だった、勃起することそのものが冒涜になるような。ほぼ毎日見ているけれど雪兎の裸体は決して飽きない、今日もまた瞼の裏に芸術が増えた。
「……っ!」
首にタオルが押し当てられる。きっと高級品なのだろう柔らかなそれですら、皮が剥けた肌には辛い。
「痛い? ごめんね。多分これで拭けたと思うから……」
俺の首を拭いたタオルを見下ろし、雪兎は目を見開いた。
「血……? そんなっ、まだ出るの? それとも……僕、変な洗い方しちゃって、怪我えぐっちゃったのかなっ……ポチ、ポチ、僕っ……!」
赤紫の瞳がキラキラと輝く。潤んでいるのだ、今にも涙が溢れそうなのだ。
「すいません、俺ちょっと掻いちゃいました」
「え……? 掻いちゃダメって言ったでしょ! もぉっ! かさぶたになってるから痒いのは分かるけど……あ、ここだね? もぉ」
俺の首を観察してあっさりと傷を見つけた雪兎は、すっかり涙を引っ込ませて俺を叱った。このままかさぶたが痒くて掻いたことにしていれば、俺の評価はバカな犬のままで済むだろう。
「……いえ、ユキ様。俺……あなたに心配されたくて、あなたに構っていて欲しくて、あなたに離れないでいて欲しくて、掻いちゃいました」
「え……? わざと!? なんで、そんな……僕、ポチが怪我してなくたって構ってるよね? 寂しかったの? 一週間ちょっと……ずっと、放置してたから?」
「いえいえ、怪我をした俺を置いて留学なんてしないだろうと……行く時は連れて行ってくださると、この程度の怪我なんて効かないと分かっていながらも試さずにはいられなかったバカなだけです」
「うん……僕は、留学するよ。君を置いて。君が……どんな怪我してたって。この、おバカ……!」
俺の本当の目的は俺だけが理由で雪兎が感情を大きく動かすことだったのかもしれない。どこか嬉しそうな泣き顔を見て、俺もまたほの暗い笑みを浮かべた。
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