ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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お盆

おかえりなさい、じゅう

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両親を失い空っぽになった俺の心を全て雪兎で満たすことが雪兎の目的だったはずだ。雪兎は自分以外、本心なら雪風にだって会わせたくないはずだ、血の繋がった親戚になんて絶対に会わせたくないはずだ。
そう思っていたから雪兎の賛成は意外だった。俺の心はもう満たしたから……ということなのだろうか。飽きではなく、信用なのだろうか。その答えは今俺の身体にある。

「はぁー……腰痛い」

一週間の里帰り、その前日に雪兎は俺を執拗に抱いた。この腰痛のおかげで雪兎からの愛情を不安に思わずに済む、雪兎は本当に俺のことをよく分かってくれている。

「ポチさん随分田舎生まれなんすねー」

「……母の実家が田舎ってだけで、俺がこの山奥で産まれたわけじゃないですよ」

現在、俺は監視役らしい態度の悪い使用人と、無口な運転役の使用人の二人と共に亡き母の実家へと向かっている。明るい昼間とはいえ山道を走る車に乗っているのはまだ怖くて、手が微かに震えた。

「着きましたよ、ここっすよね……うわ、顔色悪いっすねー」

「……大丈夫です」

「そっすかー? じゃ、俺ら車で待機してるんで」

ここに泊まる可能性もあるのに車で待つのか? いや、シートを倒せばかなり快適そうだな、あの車。
まぁいいや、さっさと母の実家へ挨拶しよう。

「はーい……あら、えーっと、真尋ちゃん」

「……こんにちは。お久しぶりです、おばあちゃん」

見覚えのない実の祖母に深々と頭を下げ、使用人が用意してくれた手土産を渡し、古い木造家屋に入る。

「あの子のお葬式で会ったっきりねぇ」

「……っすね」

「あの子の面影ないわねぇ」

「……父親似なので」

母は父との結婚を反対されて家出同然に独り立ちを決めたそうだから、折り合いが悪くて法事にすらほとんど顔を出さなかったらしく、ここに住む者達の顔を俺は知らない。

「……お久しぶりです、おじいちゃん」

見知らぬ実の祖父にも挨拶を終えたら仏壇へ。手を合わせ、母を想う。

「…………では、俺はこれで」

「あら、もう帰るの? せっかくなんだからゆっくりしていきなさいよ」

「……俺の顔なんて見たくもないんでしょう。葬式の後、言ってたじゃないですか…………ごめんなさい、さようなら」

逃げるように家を出て苦手なはずの車に飛び乗り、社交辞令すらもまともにこなせない自分を蔑んだ。

「うぃっす、おかえりなさいっす。はやいっすねー、どしたんすか?」

「……仏壇拝んだだけです」

「じーちゃんばーちゃん家なんすし一晩くらい泊まりゃいいのに」

「…………親戚の家ほど嫌いなものはありません。苦痛なんです……人も空気感も何もかも」

「うぉぉ……陰キャの極み」

俺がもう祖父母の家に行かなさそうだと認識したらしい運転手はようやく車を出した。

「……何のために何時間も車走らせたと思ってんだクソガキ、とか思ってます? 俺も思ってます……俺何なんだろ……ほんと、もうやだ……帰りたい」

「どうしたんすかポチさん! 普段と全然違うっすよ。ほら、跡継ぎ様の写真でも見るっすよ」

「天使が実在してる……? なんだユキ様か……」

「メンタルリセットぉ!」

事故の日の翌日にも匹敵するこのネガティブはきっと山道のせいだ。いや、両親を思い出させられる里帰りというイベントのせいでもある。

「……とことん盆に向いてない人間」

「大喜利のお題っすか? えーっと……キュウリ見ると飛び上がっちゃう! 猫みたいにっ!」

ただのバカなのか励まそうとしてくれているのか知らないが、この使用人が騒がしいのも俺の気分が落ち込む原因だ。俺は明るい人間に釣られて明るくなれるタイプの人間じゃない、むしろ「励まそうとしてくれてるのに俺は……」と落ち込んでしまう。面倒なヤツだとは理解しているが、自分の意思ではどうにも出来ない。

「じゃあ俺の番っすね、お題、えーと……こんな盆菓子は嫌だ! とかどうっすか」

本当に鬱陶しいなこの人……寝たフリしよ。
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