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雪の降らない日々
おとーさんと、さん
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死んだ妻と同じ名前をした孤独なガキを引き取り、ペットとして息子に与えた。後から自分も肉体関係を持って恋人同士となった──雪風のその行動は俺と彼の死んだ妻が同じ名前をしていることに関係があるのだろうか。
たとえ雪風が死んだ妻と俺を重ねて、俺を通して妻を見ていたとしても、雪風がそれで幸せなら俺は構わない。
雪兎だってそうだ、無意識に母親の愛を求めていて、求められているのは俺自身ではないのかもしれない。それでも構わないと俺は思えている。
二人が幸せならそれでいい、二人の幸せのための薪になれれば満足だ。たとえ俺そのものに向けた愛ではないとしても、通過する愛は俺にも染みる。俺はそれだけで十分だ。
本心からそう思っているのに、いるはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。自分の気持ちが分からない、今の俺を叔父が見れば笑うのだろう。
「…………真尋」
名前を呼ばれるのは嬉しかったはずなのに、今は有刺鉄線で心臓を締め付けられているような気分になる。
「……お前は、真尋だ」
「………………うん」
雪兎にもらった名前はポチで、若神子家からいただいた名前は雪也。両親が考えてくれた名前は真尋だ、両親の名前が一文字ずつ入っている手抜きで愛情溢れる大好きな名前だ。
「俺の嫁は……死んじまった嫁は、麻紘」
「……同じ名前」
「音はな。漢字は違うぜ。麻紘はな、マはアサで……ヒロは糸へんのヤツだ」
「麻紘……?」
漢字なんて関係ない、名前を呼ぶ時にいちいち頭の中で漢字を組み立てているのか? いないだろう、聞こえる音が全てだ。
「お前は真のヒーローだろ? な、真尋」
「……確かに、マコトのシンにヒロだけどさ」
「しかもエロって入った尋だ、ぴったりだよな。俺の心も雪兎の心も救ってくれた、本物のヒーロー……それもエロいヒーローだ」
人の名前で遊ばないで欲しい。全国の『尋』の字が名前に入っている方々に失礼だ。
「エロいってお前……文字で決めるなよ、失礼な」
「決めてねぇしエロいは侮辱の言葉じゃねぇだろ! 美しいって文字が名前に入ってる人に、お名前通り美しいですねって言って何が悪い!」
「エロいはゴリッゴリのセクハラだろ!」
「お名前通り美しいですねって言っても場合によっちゃあセクハラだぜ!?」
話が逸れた。セクハラの基準についての話がしたい訳じゃない。
「漢字なんかどうでもいいよ……どう思ってたんだよ、何考えて呼んでるんだよ、俺の名前」
「……お前に最初に惚れたのは雪兎だ、ニュースで見て気に入ったってな……あの空っぽの人に僕を詰め込みたい、会いたい、欲しいって。雪兎は母親の名前知らねぇはずだから、同じ読みだったのには正直驚いたよ」
雪兎が俺を気に入ってくれた理由は何度聞いてもよく分からない。
「運命だと思ったね。同じ名前だから……なんかこう、雪兎にいい影響を与えるんじゃないかって、お前を買うことを決めた。普通やんねぇだろ、金払って養子にするなんてさ」
「……だな。で?」
「目付きが悪くて、短気で、暴力的で……お前は嫁に似てた。でもな、それは俺がそう思おうとしちまってたからだ。共通点を探して、違うところに目を向けなかった。そんなことすりゃ全人類似た人間になっちまうもんな」
雪風は俺の目を見つめ、手を握る。
「……麻紘は常に荒くて濃い方言で話してた。麻紘はセックスそんなに好きじゃなくて、寝る時に胸揉んだりしたら本気で怒った。タバコ吸ってた。死ねが口癖だった。絶対に足開いて座って、正座なんてしなかった。俺に普通の人間を……道徳を、倫理を、生き方を、教えてくれた。根は優しくて俺のこと愛してくれてたけど、真尋、お前と違って素直じゃなかったし……俺をデロデロに甘やかしたりなんてしたことないんだ」
死んだ妻との思い出を辿るように俺と彼女の似ていない部分をあげつらう。
「お前はお前だよ、真尋。お前の名前を呼ぶ度に嫁のこと思い出したりなんかしてない、お前を代わりになんてしてない、お前を通して嫁を見たりなんかしてない! だから、真尋……そんな顔しないでくれ」
「…………俺、そんな酷い顔してる?」
「今までの幸せが紛い物だったんじゃないかって不安になってる人間の顔してる」
嫌に具体的だな。
「……笑ってくれ、真尋。お前の名前に入っている通り、お前に向けられてる俺と雪兎の愛情は真実のものだ。お前だけに送られてるものだ」
「………………ごめん」
叔父に唆されて雪風達を疑ってしまった。真実の愛が俺だけに注がれていた喜びよりも、その不甲斐なさの方が大きくて、雪也の「笑ってくれ」という頼みは聞けなかった。
たとえ雪風が死んだ妻と俺を重ねて、俺を通して妻を見ていたとしても、雪風がそれで幸せなら俺は構わない。
雪兎だってそうだ、無意識に母親の愛を求めていて、求められているのは俺自身ではないのかもしれない。それでも構わないと俺は思えている。
二人が幸せならそれでいい、二人の幸せのための薪になれれば満足だ。たとえ俺そのものに向けた愛ではないとしても、通過する愛は俺にも染みる。俺はそれだけで十分だ。
本心からそう思っているのに、いるはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。自分の気持ちが分からない、今の俺を叔父が見れば笑うのだろう。
「…………真尋」
名前を呼ばれるのは嬉しかったはずなのに、今は有刺鉄線で心臓を締め付けられているような気分になる。
「……お前は、真尋だ」
「………………うん」
雪兎にもらった名前はポチで、若神子家からいただいた名前は雪也。両親が考えてくれた名前は真尋だ、両親の名前が一文字ずつ入っている手抜きで愛情溢れる大好きな名前だ。
「俺の嫁は……死んじまった嫁は、麻紘」
「……同じ名前」
「音はな。漢字は違うぜ。麻紘はな、マはアサで……ヒロは糸へんのヤツだ」
「麻紘……?」
漢字なんて関係ない、名前を呼ぶ時にいちいち頭の中で漢字を組み立てているのか? いないだろう、聞こえる音が全てだ。
「お前は真のヒーローだろ? な、真尋」
「……確かに、マコトのシンにヒロだけどさ」
「しかもエロって入った尋だ、ぴったりだよな。俺の心も雪兎の心も救ってくれた、本物のヒーロー……それもエロいヒーローだ」
人の名前で遊ばないで欲しい。全国の『尋』の字が名前に入っている方々に失礼だ。
「エロいってお前……文字で決めるなよ、失礼な」
「決めてねぇしエロいは侮辱の言葉じゃねぇだろ! 美しいって文字が名前に入ってる人に、お名前通り美しいですねって言って何が悪い!」
「エロいはゴリッゴリのセクハラだろ!」
「お名前通り美しいですねって言っても場合によっちゃあセクハラだぜ!?」
話が逸れた。セクハラの基準についての話がしたい訳じゃない。
「漢字なんかどうでもいいよ……どう思ってたんだよ、何考えて呼んでるんだよ、俺の名前」
「……お前に最初に惚れたのは雪兎だ、ニュースで見て気に入ったってな……あの空っぽの人に僕を詰め込みたい、会いたい、欲しいって。雪兎は母親の名前知らねぇはずだから、同じ読みだったのには正直驚いたよ」
雪兎が俺を気に入ってくれた理由は何度聞いてもよく分からない。
「運命だと思ったね。同じ名前だから……なんかこう、雪兎にいい影響を与えるんじゃないかって、お前を買うことを決めた。普通やんねぇだろ、金払って養子にするなんてさ」
「……だな。で?」
「目付きが悪くて、短気で、暴力的で……お前は嫁に似てた。でもな、それは俺がそう思おうとしちまってたからだ。共通点を探して、違うところに目を向けなかった。そんなことすりゃ全人類似た人間になっちまうもんな」
雪風は俺の目を見つめ、手を握る。
「……麻紘は常に荒くて濃い方言で話してた。麻紘はセックスそんなに好きじゃなくて、寝る時に胸揉んだりしたら本気で怒った。タバコ吸ってた。死ねが口癖だった。絶対に足開いて座って、正座なんてしなかった。俺に普通の人間を……道徳を、倫理を、生き方を、教えてくれた。根は優しくて俺のこと愛してくれてたけど、真尋、お前と違って素直じゃなかったし……俺をデロデロに甘やかしたりなんてしたことないんだ」
死んだ妻との思い出を辿るように俺と彼女の似ていない部分をあげつらう。
「お前はお前だよ、真尋。お前の名前を呼ぶ度に嫁のこと思い出したりなんかしてない、お前を代わりになんてしてない、お前を通して嫁を見たりなんかしてない! だから、真尋……そんな顔しないでくれ」
「…………俺、そんな酷い顔してる?」
「今までの幸せが紛い物だったんじゃないかって不安になってる人間の顔してる」
嫌に具体的だな。
「……笑ってくれ、真尋。お前の名前に入っている通り、お前に向けられてる俺と雪兎の愛情は真実のものだ。お前だけに送られてるものだ」
「………………ごめん」
叔父に唆されて雪風達を疑ってしまった。真実の愛が俺だけに注がれていた喜びよりも、その不甲斐なさの方が大きくて、雪也の「笑ってくれ」という頼みは聞けなかった。
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