ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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郊外の一軒家

はじめての……に

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雪風による突然の帰国命令で俺達は覚悟を整えられないまま離れることになってしまった。きっとまたあのプライベートジェットで海を越えるのだろう、飛行場までは車で運ばれることになり、見送りのため雪兎が隣のシートに座った。

「……ポチ」

シートベルトを締めた雪兎は俺の手をきゅっと握る。雪兎が仕立ててくれた黒い着物に身を包み、その手を握り返し、今度会えるのは何ヶ月後か分からない雪兎の感触を脳裏に刻み込んで──

「……っ!?」

──ガシャアァーンッ! という轟音と共に車が大きく揺れる。俺は反射的に雪兎を抱き締めて衝撃から守りながら、雨が降り頻る暗い夜の山道を思い出し、異常な発汗と動悸、過呼吸などの症状を出した。

「びっ……くりしたぁ……何、事故?」

「ぅ……脇道から、車が突っ込んで……直ちに確認します」

「お願い。ポチ……? ポチ、大丈夫? 息おかしいよ?」

何度呼んでもピクリとも動かない父と母、止まない雨、現れない救急車。現実感のない葬儀、俺を見る親戚達の疎ましげな視線、鬱陶しい記者、身動きを取らなくても暴れてもどうにもならない両親の死という現実。

「ポチ、ポチ? ちゃんと息吐いて、ポチぃっ! 聞いてぇ!」

友人も恋人も居なかった俺にとって、学校の楽しさが分からなかった俺にとって、全ての楽しい思い出は両親と共にあった。あの時も旅行のために車に乗っていた。幸せな思い出に頼ろうとすると両親の顔が浮かんで、何の脈絡もなく彼らを奪われたことを叩きつけられて、どうしようもなくて、食事をするのも息をするのもやる気が出なくて、何も考えたくなくて……

「ポチぃっ! ポチ……えいっ!」

ぐっと首が絞まって咳込む。首輪の存在を思い出し、ポチである俺は何も失っていないことに気付く。

「ゆ、き……さま」

「大丈夫? ごめんね首輪引っ張って。ちょっとした事故みたい。大丈夫だよ、誰も怪我してないし……ポチがそんなに怖がることなんて、何もないからね」

雪兎の無傷を確かめて、彼を抱き締めて、ようやく落ち着いた俺はヒビが入った車窓に視線を移した。ぶつかってきた相手と話すためか既に運転手は車の外に出ている。相手の車の運転手も今降りてきた、悪びれもせず現れた男は自然な動きでポケットから拳銃を取り出して発砲し、また俺の目の前で何の脈絡もなく命が失われた。

「何の音?」

雪兎は気付いていない。俺が対応しなければ。でも俺は銃を今携帯していない、ナイフや警棒などもない。素手、素手か……いや、出来るか出来ないかの問題じゃない、やらなければ雪兎が危険だ。

「ユキ様、頭を下げていてください。シートベルトは外さずに」

「え?」

俺は素早く跳んで運転席に移り、踏み抜くつもりでアクセルペダルに足を置いた。

「ポ、ポチ!? 何してるの!?」

車を運転した経験なんてない、俺のトラウマを深く理解してくれている雪風は車の免許を取らせようとはしていない。中学の頃にゲームセンターで車のレースゲームをやった程度だ、それだって決してやり込んではいない。アクセルとブレーキの位置と、ハンドルを回せば車が曲がることしか分からない。ミラーの見方もよく知らない。

「オートマで助かった……ユキ様! 飛行場っでどこですか!」

「し、しばらくまっすぐ行ったら右側に侵入禁止の看板があるから、その先! 何なの、ほんと何なのぉっ……何してるのポチぃっ」

「そのまま俺の名前呼んでてください意識飛びそうっ、あぁあもう車っ、車が、あぁっ!」

「ポ、ポチ! 頑張ってポチ! 君はポチだよ!」

雪兎は状況を全く理解していないのに「何が起こっているのかまず説明しろ」と喚いて時間を浪費させない、流石だ。俺への信頼も感じる、嬉しい。

「……ぅあっ!?」

再びの轟音と衝撃にトラウマを刺激されっぱなしの意識が飛びかける。雪兎の絶叫に近い呼びかけにより何とか意識は保ったが、頭が揺れたことで咄嗟には動けず、左側からまた先程とは別の車が突っ込んできたのだと理解した頃にはこめかみに銃口が触れていた。
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