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郊外の一軒家
はじめての……きゅう
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雪兎を抱え、雪風と共に別棟を出た。俺の服の胸元をきゅっと握っている雪兎はとても愛らしい、この感情は少々不謹慎かな。
「…………大人しいな」
雪風が小さな声で呟いた。赤い視線は雪兎に注がれている。
「ずっとこの調子か?」
「はい」
「お前も表情が固いな……よし、雪風さん今日はお前らの部屋に泊まっちゃうぞ~! 夜更かししような、好きな子の話とか聞かせろよ」
「雪風とユキ様」
「俺は真尋とユキだ! 雪兎、お前も言えよ」
「…………ポチ」
無視をすると思われたが、雪兎は小さな声で返事をしてくれた。小さな身体を小さく丸めて……愛おしい。
「俺はぁ!?」
「うわっ……! いきなり耳元で大声上げるなよ雪風!」
「ユキぃ、ユキ、雪兎ぉ、俺は? 俺はぁ? お父様だよぉ?」
「…………」
雪兎は何も言わず、更に身体を丸めて俺の服を強く掴んだ。
「ユキ……」
雪風はふざけた物言いをやめ、雪兎の頭を撫でて黙った。誰も話さないまま部屋に戻り、ベッドに座った。雪兎は俺の膝から降りようとせず、雪風は俺の隣に腰を下ろした。
「ユキ様、これ痛くないですか? 髪巻き込んでたりしません?」
雪兎の目に巻かれた白い布を軽く引っ掻く。よく見ると白い糸で何らかの模様が描かれている、雪兎が仕立ててくれた俺の羽織の模様と少し似ている。模様そのものが似ていると言うよりは、パターンが同じと言うか……同じ言語の元作られたと言うか、そんな感じだ。
「そんな雑な巻き方しねぇって。なぁユキぃ?」
「平気……」
「そうですか……ユキ様、不便があれば俺にすぐに言ってくださいね」
「大丈夫……」
雪兎はずっと落ち込んだままだ。なのに俺はもうあの一件自体は気にしていない、俺が受けた痛みも俺がやった殺人も何も……俺が気にしているのは雪兎のことだけだ。
「雪風、ちょっと相談がある」
「ん? 何だ、何でも言えよ。義父兼恋人のこの雪風に!」
「…………」
「真尋? あぁ……OK」
じっと雪風を見つめ続けていると、雪風は俺の意図を察したようでニヤリと笑って俺を見つめ返してきた。
「……テレパシー出来る訳じゃねぇんだよな、俺」
雪風は目を合わせた相手の心を読める。俺の相談事も読んでくれたようだが、返事の仕方に悩んでいるらしい。
「…………そうだな」
雪兎には話したくない内容だ、この調子なら雪兎は近いうちに眠るだろうからその後にゆっくり……と考えると雪風は頷いた。
「ユキ様、もうお休みになられますか。食事はいかがですか?」
「ん……いい、寝る」
「添い寝致します。おやすみなさい、ユキ様」
雪兎をベッドに寝させて、俺もその隣に寝転がる。目隠しの布の結び目が邪魔そうだ。
「……ポチ、腕……」
「腕? 腕枕ですね。はい、どうぞ」
「ん……おやすみ、ポチ」
程なくして雪兎は眠り、俺は腕と枕を入れ替えた。
「寝たか?」
「あぁ、で、相談の返事は?」
「……殺人に罪悪感がないのを悩んでんだよな?」
「まぁ、噛み砕けば」
以前、雪風の昔の家庭教師を殺さないかと祖父に言われた時は何も出来なかった。あの時の俺の気の弱さは、人としてのマトモさは、どこへ行ってしまったんだろう。
「簡単に言えばだな、名前を分けてあるせいっつーかおかげっつーか……んな感じだ」
「……つまり?」
「お前は真尋で、雪也で、そんでポチだ。名は体を表す、名を握れば命を握れる。たとえば……怪異に名を知られると身体を乗っ取られたりする訳だ」
「ふぅん……?」
「俺の前では俺のことが大好きなイイ男の真尋、親父らの前じゃそこそこデキる優秀な孫、雪兎の前じゃ忠実な駄犬……お前はコロコロ変わりやがる。その切り替えの素早さ、深さは二面性なんてもんじゃない。部下に横柄に上司にヘコヘコなんてレベルじゃない」
「…………つまり?」
「……事故、両親の死で一旦ぶっ壊れた心に複数の名前と色んな役目をふっかけたから、お前の心はそれに適応していった……カメレオン俳優的な感じ? 役目を全うするための行為なら何も考えず何も感じず行えるって訳だ」
「分裂症ってヤツか?」
「あぁそれ名前変わったぞ。それに違う。お前のは精神疾患とかじゃねぇよ、適応進化だ。揚げ物屋の主人って煮立ってる油に平気で手ぇ突っ込んだりするだろ? そんな感じ。お前はユキのナイトとして完成した、悩むこたねぇよ」
「……そう。じゃあいいや、頭おかしくなったとかならユキ様の心労増やすかと思ったんだけど、完成か……逆だったんだな、よかった」
「死んじまった使用人を悼む気持ちくらいは持って欲しいもんだが、ま、ユキを守ることに集中出来るって点ではそれすら長所だ」
「……だよ、な」
「おぅ。俺一旦自分の部屋帰るわ。雪兎が落ち着くまでは仕事リモートにするつもりだ、飯も一緒に食おうぜ」
「ありがたいよ。じゃあな、雪風」
細かい理由や理論まではよく理解出来なかったが、俺の変化が雪兎や雪風にとって悪いものではないのならそれでいい。安心した俺は雪兎の枕の座を枕から奪い返し、彼を抱き締めて食事時まで一眠りすることにした。
「…………大人しいな」
雪風が小さな声で呟いた。赤い視線は雪兎に注がれている。
「ずっとこの調子か?」
「はい」
「お前も表情が固いな……よし、雪風さん今日はお前らの部屋に泊まっちゃうぞ~! 夜更かししような、好きな子の話とか聞かせろよ」
「雪風とユキ様」
「俺は真尋とユキだ! 雪兎、お前も言えよ」
「…………ポチ」
無視をすると思われたが、雪兎は小さな声で返事をしてくれた。小さな身体を小さく丸めて……愛おしい。
「俺はぁ!?」
「うわっ……! いきなり耳元で大声上げるなよ雪風!」
「ユキぃ、ユキ、雪兎ぉ、俺は? 俺はぁ? お父様だよぉ?」
「…………」
雪兎は何も言わず、更に身体を丸めて俺の服を強く掴んだ。
「ユキ……」
雪風はふざけた物言いをやめ、雪兎の頭を撫でて黙った。誰も話さないまま部屋に戻り、ベッドに座った。雪兎は俺の膝から降りようとせず、雪風は俺の隣に腰を下ろした。
「ユキ様、これ痛くないですか? 髪巻き込んでたりしません?」
雪兎の目に巻かれた白い布を軽く引っ掻く。よく見ると白い糸で何らかの模様が描かれている、雪兎が仕立ててくれた俺の羽織の模様と少し似ている。模様そのものが似ていると言うよりは、パターンが同じと言うか……同じ言語の元作られたと言うか、そんな感じだ。
「そんな雑な巻き方しねぇって。なぁユキぃ?」
「平気……」
「そうですか……ユキ様、不便があれば俺にすぐに言ってくださいね」
「大丈夫……」
雪兎はずっと落ち込んだままだ。なのに俺はもうあの一件自体は気にしていない、俺が受けた痛みも俺がやった殺人も何も……俺が気にしているのは雪兎のことだけだ。
「雪風、ちょっと相談がある」
「ん? 何だ、何でも言えよ。義父兼恋人のこの雪風に!」
「…………」
「真尋? あぁ……OK」
じっと雪風を見つめ続けていると、雪風は俺の意図を察したようでニヤリと笑って俺を見つめ返してきた。
「……テレパシー出来る訳じゃねぇんだよな、俺」
雪風は目を合わせた相手の心を読める。俺の相談事も読んでくれたようだが、返事の仕方に悩んでいるらしい。
「…………そうだな」
雪兎には話したくない内容だ、この調子なら雪兎は近いうちに眠るだろうからその後にゆっくり……と考えると雪風は頷いた。
「ユキ様、もうお休みになられますか。食事はいかがですか?」
「ん……いい、寝る」
「添い寝致します。おやすみなさい、ユキ様」
雪兎をベッドに寝させて、俺もその隣に寝転がる。目隠しの布の結び目が邪魔そうだ。
「……ポチ、腕……」
「腕? 腕枕ですね。はい、どうぞ」
「ん……おやすみ、ポチ」
程なくして雪兎は眠り、俺は腕と枕を入れ替えた。
「寝たか?」
「あぁ、で、相談の返事は?」
「……殺人に罪悪感がないのを悩んでんだよな?」
「まぁ、噛み砕けば」
以前、雪風の昔の家庭教師を殺さないかと祖父に言われた時は何も出来なかった。あの時の俺の気の弱さは、人としてのマトモさは、どこへ行ってしまったんだろう。
「簡単に言えばだな、名前を分けてあるせいっつーかおかげっつーか……んな感じだ」
「……つまり?」
「お前は真尋で、雪也で、そんでポチだ。名は体を表す、名を握れば命を握れる。たとえば……怪異に名を知られると身体を乗っ取られたりする訳だ」
「ふぅん……?」
「俺の前では俺のことが大好きなイイ男の真尋、親父らの前じゃそこそこデキる優秀な孫、雪兎の前じゃ忠実な駄犬……お前はコロコロ変わりやがる。その切り替えの素早さ、深さは二面性なんてもんじゃない。部下に横柄に上司にヘコヘコなんてレベルじゃない」
「…………つまり?」
「……事故、両親の死で一旦ぶっ壊れた心に複数の名前と色んな役目をふっかけたから、お前の心はそれに適応していった……カメレオン俳優的な感じ? 役目を全うするための行為なら何も考えず何も感じず行えるって訳だ」
「分裂症ってヤツか?」
「あぁそれ名前変わったぞ。それに違う。お前のは精神疾患とかじゃねぇよ、適応進化だ。揚げ物屋の主人って煮立ってる油に平気で手ぇ突っ込んだりするだろ? そんな感じ。お前はユキのナイトとして完成した、悩むこたねぇよ」
「……そう。じゃあいいや、頭おかしくなったとかならユキ様の心労増やすかと思ったんだけど、完成か……逆だったんだな、よかった」
「死んじまった使用人を悼む気持ちくらいは持って欲しいもんだが、ま、ユキを守ることに集中出来るって点ではそれすら長所だ」
「……だよ、な」
「おぅ。俺一旦自分の部屋帰るわ。雪兎が落ち着くまでは仕事リモートにするつもりだ、飯も一緒に食おうぜ」
「ありがたいよ。じゃあな、雪風」
細かい理由や理論まではよく理解出来なかったが、俺の変化が雪兎や雪風にとって悪いものではないのならそれでいい。安心した俺は雪兎の枕の座を枕から奪い返し、彼を抱き締めて食事時まで一眠りすることにした。
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