ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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郊外の一軒家

はじめての……はち

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赤黒い汚れを全て落とし、取り戻した白い髪を丁寧に手入れする。ドライヤーは近付け過ぎずに、椿油を程よく塗っていく。

「御肌の保湿もしっかりと……」

手のひらに保湿液を溜め、雪兎の頬をぺちぺちと叩く。優しく優しく、決して痛みは与えないように、雪兎のもちぷるの頬を楽しみつつ、ぎゅっと目を閉じている雪兎を愛でる。

「よし、御顔は完璧ですね。次は……」

全身のケアを丁寧に済ませて、血で汚れていない新しい服を着させる。

「……ありがとう、ポチ」

「少しお待ちください」

雪兎の手入れを全て済ませた後、俺は自分の準備をした。髪を乾かし、肌と共に保湿し、服を着る──雪兎に比べれば丁寧さは失われているが手は抜いていない、当然だ、俺は雪兎のもので雪兎は俺にしょっちゅう触れる。俺の髪や肌の手触りは整えていなければならない。

「お待たせ致しました。さぁ……どうぞ」

「うん……」

傍に屈んで腕を広げる。未だに沈んだ表情のまま雪兎は俺の首に腕を回す。俺がこのまま立ち上がるのに何の抵抗もないだろうという程に腕の力は弱い、あの一件が起こる前はもっとぎゅっと抱きついてくれたのに。

「…………ポチ?」

「おじい様達のところへ行きましょうか」

腹立たしい。雪兎の心を沈ませた全てを壊したい。そんな衝動を抑えて雪兎に笑顔を向け、彼を左腕に座らせるようにして抱き上げた。



雪兎の祖父、そして俺の義理の祖父でもある雪成の住む別棟へと雪兎を抱いて運んだ。潔癖症な彼の部屋に入る前にアルコール消毒等を済ませ、雪兎に床を歩かせて扉を開けた。

「雪兎! 真尋!」

中に入った瞬間、雪風が飛びついてきた。

「ユキ……あぁ、ユキ……怪我はないんだよな? 可哀想にこんな憔悴してっ……!」

躊躇なく床に膝をついて雪兎を抱き締める。普段の雪兎なら照れて嫌がりそうなものだが、今の雪兎はくったりと雪風に身を預けている。泣いたりはせず無表情のままなのが痛々しい。

「雪也」

祖父に三つ目の名を呼ばれ、親子から視線を外す。車椅子に座っている彼の見た目は雪兎よりも幼い。そんな彼の隣には着流し姿の美青年が、曽祖父の雪大が佇んでいた。曽祖父がもたれかかっている壮年の男性は彼の恋人だ、腰に緩く腕を巻いて脱力した曽祖父を支えている。

「はい」

「他の者から一通りは聞いたが、最初から最後まで体験したのはお前だけだ。他は全員死んでいる。報告を」

「出来る? 辛くない? 嫌なら明日以降でもいいからね」

「大丈夫です、ひいおじい様。お気遣い感謝致します。報告……えぇと、まず……ユキ様と共に車に乗っていると──」

俺は数時間前にあったことを全て話した、若干の偏向はあっても漏れはないはずだ。

「…………よく分かった」

「やっぱり雪風達の時みたいに日本の大学入れるべきだったんだよ。僕もそうだったし」

「俺は留学したが何ともなかったし、人脈を広げさせようと思ったんだが……仕方ないな。雪兎、もう登校する必要はない。授業はフルリモート、興味のある論文もデータを送ってもらえ」

「……頷いてる」

いつの間にか雪兎は雪風の胸に顔を埋めていた。

「ん……? ユキ様、何ですそれ」

雪兎の頭に白い布が巻かれているのが見えて、彼の顔を覗き込む。後頭部しか見えなかった先程はハチマキのように見えたが、違う、これは目隠しだ。

「呪符だ。攻撃的な能力を持つ若神子家の人間は、如何なる理由があろうと生物に対して能力を行使した場合、一定期間この呪符を身に付けることが義務付けられている」

「……誰に?」

「…………家訓だ。まぁ、痛みとか……その他健康状態に問題はないから、そう怖い顔をするなよ。真尋」

雪風は雪兎を抱き寄せたまま立ち上がり、俺の肩をポンと叩いた。

「これまで若神子家に生まれた攻撃的な能力者の傾向から言って、生物に対して行使してしまった後数週間は精神状態が不安定になり能力の暴発が見られた」

「世話役の子を縦に裂いちゃったご先祖様が居たらしいよ。確か、そのすぐ後に自殺したとか何とか……」

「雪也、予備の呪符はお前に渡しておく。雪兎のためにも、お前のためにも、俺が許可を出すまで絶対に外すな」

雪兎の意思で雪兎に殺されるなら大歓迎だが、暴発で死ぬのはダメだ。俺が雪兎の心の傷になるなんて許されない。俺は目隠しをしたままでも雪兎が快適に生活出来るよう全力を尽くすことを今心に決めた。
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