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郊外の一軒家
はじめての……じゅうろく
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祖父の車椅子を押し、使用人に案内され、着いたのは若神子邸の裏手に位置する山を切り開いた広場。
「……ユキ様が能力の練習をしてた場所と似てますね」
「隣だしな。やることも似てるぞ? お前が見た練習場で雪兎は動かない石や丸太を相手に能力を使用していた、ここで相手にするのは怪異だ」
目の前にはボクシングやプロレスのリングのように、ロープが張られて作られた四角形の空間がある。ロープには紙垂が下がり、神社の注連縄のような見た目だ。空間の広さは通常のボクシング用のリングの約四倍程度、なかなか広い。
「飼ってる怪異が居るってことですか?」
「この家が建ってるのは霊山でな、結界があるから敷地内には入ってこないが一歩出ればうじゃうじゃ居る。山で捕まえてくるんだよ」
「なるほど……」
「お前の訓練用に強さの違うのを何匹か捕まえておいた」
祖父はそう言うと札らしき紙を数枚扇子のように広げた。書いてある漢字は字体が独特なあまり読めない。
「だが、一発目から実戦ってのも可哀想だ。最初は俺の式神でお試しと行くか」
ゲームで言うところのチュートリアルだな。
「はい! ちなみに式神ってやっぱり影からズズっと出てきたりする感じですかね?」
「は? いや、式神なんだから紙で作るんだが……影って、何だそれ?」
漫画知識はリアルには活かせないようだ。
「雪也、お前動物好きか?」
「ユキ様を筆頭とした若神子家の方、そして俺の従兄弟を除いた人間よりは好きです」
「犬や猫を躊躇なくぶん殴れるか?」
「……命令なら」
「人間を躊躇なくぶん殴れるか?」
「幼い頃から頻繁にやってました」
物心ついた時から俺は誰に教えられるでもなく「やられたら倍返し」「先手必勝」「不意打ち闇討ちお手の物」などといった精神性をしていた、覚悟があったと言ってもいい。
「じゃあ人型にしておくか」
そう言うと祖父は何も書いていない真っ白な紙を鋏で切った。宣言通り人型だ。祖父は切り抜いたそれを手のひらに乗せ、息をふぅっと吹きかけて紙を飛ばした。ふわりと浮き上がった紙は滑るようにロープの下をくぐり抜け、リングのような空間の中で大きく膨らんだ。
「うわ気持ち悪っ」
白い全身タイツを着た人間、そんな感じだ。数々の漫画やゲームによって築かれた俺の中の式神像が崩れていく、憧れが死んでいく。
「戦ってみろ」
「分かりました……素手ですか?」
「そうだな、まずは素手だ」
ロープを乗り越え、リングの中へ。拳を構えつつ祖父の方を見ると、祖父も俺と同じように拳を構えた。すると式神も似た構えを取る、祖父が操作しているようだ。
「先手必勝で行かせてもらいます……よっ!」
一応声をかけつつ、式神の頭を殴り付ける。祖父にフィードバックがあるかもしれないので軽めにしておいた。
「おじい様……」
祖父に特に痛がる様子はない、フィードバックはないようだ。
「…………おかしいな。ちょっと出てこい」
「えっ? はい……」
ロープを跨いで外に出る。式神は項垂れて動かなくなった。
「お前、零能力者だったな」
「はい、形州家がその家系らしいです」
俗に霊感があるなんて言われる、ちょっと霊が見える程度の人間でなくとも、霊が見えず霊の声も聞こえず何も感じ取れない一般人であろうとも、霊力はあるのだ。零能力者というのは、その霊力が全く無い人間のことだ。
「だが最初に会った頃から、お前には霊力を感じてた。何故か分かるな? 昨日渡した本にそういう研究結果を載せてるのがあったはずだ」
霊力は生命維持に使われている。エネルギー源なのだ。それが全くない零能力者は基本、ムキムキだ。みんなが当たり前に使っているエネルギー源がないのだから、カロリーと筋肉でどうにかしなければならないので、筋肉がつきやすいのだ。
「……はい、ありました」
そして怪異は通常、霊力の波長が合う相手に接触するから、霊力がない零能力者は霊障を受けにくい。受けにくいというのは、強い怪異ならその限りではないからだ。波長が合う合わないを無視して干渉してくるような強い怪異には零能力者も霊障を受ける。だから零能力者は炭鉱のカナリアのように、強い怪異が居るかどうかを測る術となる。
「言ってみろ」
「…………ユキ様の体液を摂取していたからです」
霊能力者は身体から離れた体液にまで霊力が宿るため、強力な霊能力者である雪兎の唾液を飲み、精液を直腸に放たれていた俺には、雪兎の霊力が少しばかり宿っていたようなのだ。
潔癖症の祖父にそれを言うのははばかられたので、それっぽく濁してみた。
「……ユキ様が能力の練習をしてた場所と似てますね」
「隣だしな。やることも似てるぞ? お前が見た練習場で雪兎は動かない石や丸太を相手に能力を使用していた、ここで相手にするのは怪異だ」
目の前にはボクシングやプロレスのリングのように、ロープが張られて作られた四角形の空間がある。ロープには紙垂が下がり、神社の注連縄のような見た目だ。空間の広さは通常のボクシング用のリングの約四倍程度、なかなか広い。
「飼ってる怪異が居るってことですか?」
「この家が建ってるのは霊山でな、結界があるから敷地内には入ってこないが一歩出ればうじゃうじゃ居る。山で捕まえてくるんだよ」
「なるほど……」
「お前の訓練用に強さの違うのを何匹か捕まえておいた」
祖父はそう言うと札らしき紙を数枚扇子のように広げた。書いてある漢字は字体が独特なあまり読めない。
「だが、一発目から実戦ってのも可哀想だ。最初は俺の式神でお試しと行くか」
ゲームで言うところのチュートリアルだな。
「はい! ちなみに式神ってやっぱり影からズズっと出てきたりする感じですかね?」
「は? いや、式神なんだから紙で作るんだが……影って、何だそれ?」
漫画知識はリアルには活かせないようだ。
「雪也、お前動物好きか?」
「ユキ様を筆頭とした若神子家の方、そして俺の従兄弟を除いた人間よりは好きです」
「犬や猫を躊躇なくぶん殴れるか?」
「……命令なら」
「人間を躊躇なくぶん殴れるか?」
「幼い頃から頻繁にやってました」
物心ついた時から俺は誰に教えられるでもなく「やられたら倍返し」「先手必勝」「不意打ち闇討ちお手の物」などといった精神性をしていた、覚悟があったと言ってもいい。
「じゃあ人型にしておくか」
そう言うと祖父は何も書いていない真っ白な紙を鋏で切った。宣言通り人型だ。祖父は切り抜いたそれを手のひらに乗せ、息をふぅっと吹きかけて紙を飛ばした。ふわりと浮き上がった紙は滑るようにロープの下をくぐり抜け、リングのような空間の中で大きく膨らんだ。
「うわ気持ち悪っ」
白い全身タイツを着た人間、そんな感じだ。数々の漫画やゲームによって築かれた俺の中の式神像が崩れていく、憧れが死んでいく。
「戦ってみろ」
「分かりました……素手ですか?」
「そうだな、まずは素手だ」
ロープを乗り越え、リングの中へ。拳を構えつつ祖父の方を見ると、祖父も俺と同じように拳を構えた。すると式神も似た構えを取る、祖父が操作しているようだ。
「先手必勝で行かせてもらいます……よっ!」
一応声をかけつつ、式神の頭を殴り付ける。祖父にフィードバックがあるかもしれないので軽めにしておいた。
「おじい様……」
祖父に特に痛がる様子はない、フィードバックはないようだ。
「…………おかしいな。ちょっと出てこい」
「えっ? はい……」
ロープを跨いで外に出る。式神は項垂れて動かなくなった。
「お前、零能力者だったな」
「はい、形州家がその家系らしいです」
俗に霊感があるなんて言われる、ちょっと霊が見える程度の人間でなくとも、霊が見えず霊の声も聞こえず何も感じ取れない一般人であろうとも、霊力はあるのだ。零能力者というのは、その霊力が全く無い人間のことだ。
「だが最初に会った頃から、お前には霊力を感じてた。何故か分かるな? 昨日渡した本にそういう研究結果を載せてるのがあったはずだ」
霊力は生命維持に使われている。エネルギー源なのだ。それが全くない零能力者は基本、ムキムキだ。みんなが当たり前に使っているエネルギー源がないのだから、カロリーと筋肉でどうにかしなければならないので、筋肉がつきやすいのだ。
「……はい、ありました」
そして怪異は通常、霊力の波長が合う相手に接触するから、霊力がない零能力者は霊障を受けにくい。受けにくいというのは、強い怪異ならその限りではないからだ。波長が合う合わないを無視して干渉してくるような強い怪異には零能力者も霊障を受ける。だから零能力者は炭鉱のカナリアのように、強い怪異が居るかどうかを測る術となる。
「言ってみろ」
「…………ユキ様の体液を摂取していたからです」
霊能力者は身体から離れた体液にまで霊力が宿るため、強力な霊能力者である雪兎の唾液を飲み、精液を直腸に放たれていた俺には、雪兎の霊力が少しばかり宿っていたようなのだ。
潔癖症の祖父にそれを言うのははばかられたので、それっぽく濁してみた。
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