ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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郊外の一軒家

はじめての……じゅうはち

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祖父にもらった霊符を拳に貼り、両端を握り込む。そうすることで俺の拳は式神に届くようになった。霊符が触れたところが弾けるのだ。

「おぉー……すごいですねコレ」

「そろそろ実戦行くか?」

五体ほど式神を仕留めた頃、山で捕まえたという怪異がリングの中に放たれた。問題なく討伐、特に言うことのない試合だった。

「怪異って意外と動き単調なんですね」

三体ほど倒し、一旦リングの外に出て水分補給をしながら祖父にそう言った。

「そう感じるか。まぁ、ピンキリだ。弱いのは大抵頭も悪い。だが強けりゃ頭がいいって訳じゃない、頭の悪い強いのってのもなかなか厄介なもんだ」

「人間でもそうですもんね」

「それは知らん。強い、が権力を指すなら分かるけどな」

「筋力のつもりでしたけど……はは、確かに、権力持ったバカは怖い」

そんな話をして休憩は終わり、またリングの中に入って怪異を四体ほど倒したところでストックが切れた。

「お前が正確に弱点殴り抜いてあっという間に殺すせいでもうストックが切れた」

「すいません……嬲る癖がないもので」

「そんなもんない方がいい。しかし、どうするかな。精神汚染を起こさない怪異を探して捕まえるのもなかなか大変だったんだぞ? まぁ、俺自身が山に入った訳じゃないが」

「式神出してくださいよ。霊符外して格闘の練習したいです。ほら、普段の訓練の相手って使用人さん達でしょう? 人体破壊系の技とか使えないんですよー」

「そうだな、怪異に慣れるのはまた適当に軽めの依頼でも探しておくか」

「……また雪凪と一緒は嫌ですよ」

「ワガママ言うな」

雪凪……俺の恋人の雪風の兄、俺にとっては義理の叔父だな。雪風に色々と酷いことをしてきた性格の悪いクソ野郎だ。性癖もおかしくて、しょっちゅう浮気をしては恋人に刺させて悦んでいる筋金入りの変態。破滅願望は結構だが他人を巻き込むのは最低だと思う。

「イマイチ時間が余ってるな。お前の要望通り、格闘訓練用の式神でも出してやるか」

「ありがとうございます!」

「ほら」

目の前に白い全身タイツを着た人間のような不気味なモノが現れる。祖父が作ってくれた式神だ。教わったけれど訓練では使えていない、人体を効率的に破壊するための技を使ってみよう。

「……おじい様~」

数分の技練習の後、俺は不満を声に滲ませながらリングの外に出た。

「なんだ?」

「人っぽくなさ過ぎます……顎殴ってもみぞおち殴っても、殴った力の分仰け反るだけで……脳揺れたり嘔吐いたりしないんですよ」

「……まぁ、元は紙だからな」

「関節砕く技やっても何ともなさそうですし」

「元は紙だからな……」

「肉や骨の感触と全然違って練習になりません」

「紙だからな。そんなに練習台が欲しけりゃ死刑囚の二、三人都合してきてやってもいいが」

「……関節砕き尽くした後に冤罪だって分かったらどうします?」

「記憶消してやるよ」

「わー、アフターサービス充実~……やめときます」

「実感がないだけで技の練習自体は出来てるんだろ? 我慢しろ。霊力を使った攻撃じゃなきゃ破損しないし、ある程度は勝手に動く。上質なサンドバッグだとでも思うんだな」

確かにサンドバッグとしては超優秀だ。仕方ない、元が紙のモノに期待し過ぎた俺が悪いんだ。



訓練を終え、祖父が乗る車椅子を押して彼を彼の部屋に届ける。随分汗をかいたから早くシャワーを浴びたい、なのに祖父は部屋を去ろうとする俺を呼び止めた。

「雪也、ちょっと待て」

「はい?」

「最近訓練漬けで疲れたろ。雪兎ともあまり上手くいってないんなら、癒しがないだろ?」

「……雪風が居ますよ」

彼の明るさには救われている。彼も仕事が忙しく、一緒に居られない夜も多いけれど、そんな時には電話をくれる。俺にはもったいない、素晴らしい恋人だ。もちろん俺にはもったいないからと言って、俺以上の男が現れても雪風を渡す気など毛頭ないが。

「親戚の家に行ってもいいぞ、行きたがってたろ」

「國行っ……従弟のところですか?」

「あぁ、羽を伸ばしてこい。もちろん監視はつけるが極力関わらないようにさせる」

「ありがとうございます! わぁ……久しぶりだな、何してやろうかな……」

雪兎が元通りになるまで俺は彼につきっきりになるつもりだったが、その雪兎が俺を遠ざけてばかりでそれが出来ないのだから仕方ない。訓練していれば時間の無駄にはならないが、オーバーワークを起こしてしまっては逆にコスパが悪い……この場合はコスパじゃなくてタイパか? あぁ、話が逸れてきたな──

「動物園と水族館と美術館と遊園地ならどこがいいですかね?」

「月一くらいで休みと許可くれてやるから順番に連れてってやれ」

──今も能力の暴発への恐怖に苦しんでいる雪兎を置いて一人だけ楽しむのは気が引けるが、従弟を一人ぼっちにし続けるのも可哀想だし、訓練や雪兎との関係修復において効率が悪くなる訳でもないので──そう、つまりは、従弟を愛でに行くための言い訳がしたかったんだ。

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます……!」

「あぁ、そう何度も頭を下げなくていい。汗臭いからさっさと行け」

俺はすっかりはしゃいでしまって、祖父に手を振りながら部屋を出た。シャワールームまでへの道のりでスキップをする俺はまだ知らなかった、従弟に会いに行った先でまた初めての経験をすることになるなんて。
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