龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

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一章 幽世へ

十話 お菓子好きの龍神

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 それから美桜は、家に誰もいない時、こっそりと菓子を作るようになった。マドレーヌはもちろん、アップルパイや、チーズケーキにもチャレンジした。料理が得意なこともあり、菓子作りの腕はすぐに上がった。作った菓子は、皆が出かけている隙を見計らって、翡翠に持って行った。

 今日も龍穴神社へやって来た美桜は、周囲に誰もいないことを確かめてから、ネックレスの鱗に触れ、

「翡翠様、いらっしゃいますか?」

 と、呼びかけた。
 少しの間の後、龍穴から風が吹き上がり、青銀色の龍が飛び出してきた。美桜の目の前で、龍の姿が人間の姿へと変わる。地面にトンと降り立った翡翠は、乱れた髪を軽く整え、

「美桜」

 と、名前を呼んだ。

「翡翠様、こんにちは。今日も暑いですね」

 美桜が天気の話題を振ると、

「そうだな、今日も暑い。最近こちらは雨が降っているか?」

  翡翠は空を見上げ問いかけた。

「ここしばらく雨は降っていませんね。そういえば、最後に雨が降ったのって、翡翠様と初めてお会いした日かも……」

 美桜が記憶を思い返しながら言うと、翡翠が難しい顔になった。

「そうか、降っていないのか。……ならば、後でひと降りさせておくか」

 溜め息交じりの翡翠の言葉を聞いて、美桜は、

「もしかして、翡翠様は雨を降らせに、わざわざこちらの世界に来て下さっているのですか?」

 と尋ねた。

「わざわざ……というほど、仰々しいことではない。気が向いた時に、ふらりと出てくるだけだ」

 翡翠は素っ気ない様子だったが、美桜は内心で、「水の神様だから、きっと、この世界の日照りを気にして下さっているんだろうな」と考えた。

(翡翠様は一見クールで無愛想だけど、きっとお優しい方に違いない。こんな私とお話して下さるのだもの)

 腕を組み、難しい表情を浮かべている翡翠を見つめていたら、美桜の視線に気がついたのか、

「……美桜、何を笑っている?」

 翡翠に怪訝な顔をされた。

(わ、私、笑っていたの?)

 翡翠について考えていたら、知らず知らず笑みが浮かんでいたようだ。

「まあいい。俺を呼んだということは、今日も菓子を持ってきてくれたのだろう?」

 翡翠に急かされ、美桜は慌てて、下げていたトートバッグの中から小風呂敷の包みを取り出した。結び目を解くと、中には、一切れ一切れラップに包まれたバナナパウンドケーキが入っている。

「今日はバナナパウンドケーキを作ってきました」

 美桜が小風呂敷を差し出すと、翡翠は中から一つバナナパウンドケーキを取り上げ、ラップを外した。興味深そうに眺めた後、口に入れる。

「ほう……今日の菓子も美味だな」

 弾むような声ではないが、パクパクと食べ続けているあたり、翡翠が心からそう思っているのだということが伝わってくる。

 手作りの菓子を褒められることは、単純に嬉しい。

「もう一つどうぞ」

 あっという間に一切れ食べきってしまった翡翠に二切れめをすすめると、翡翠は遠慮する様子もなく、美桜の手からパウンドケーキを受け取った。 
 翡翠は美桜より十歳ほど年上に見える立派な青年だが、黙々と菓子を頬張っている様子は、まるで子供のようだ。
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