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一章 幽世へ
十一話 美桜の腕が欲しい
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持って来たパウンドケーキを全て平らげ、翡翠は、一言、
「うまかった」
と言った。
「ふふっ、良かったです」
「お前はいつも嬉しそうだな」
「はい、翡翠様に喜んでいただけると、嬉しいです」
ラップの屑を小風呂敷に包んでトートバッグの中にしまう。
「美桜の作るような菓子は、幽世にはない。あやかしは甘味が好きなのだ。幽世の者が美桜の菓子を食べたら、皆、喜ぶだろうな」
そう言いながら、手についた油脂をなめる翡翠は、やけに色っぽい。翡翠の仕草に美桜は思わず見とれたが、そんな自分が恥ずかしくなり、
「幽世には洋菓子がないのですか?」
と、誤魔化すように話しかけた。
「美桜の作る菓子は洋菓子というのか。ないな」
「そうなのですね」
(じゃあ、ショートケーキなんかも食べたことがないのかな)
生クリームとイチゴがたっぷり載ったショートケーキを、翡翠にも食べさせてあげたいと思ったが、今は真夏なので、持ち歩くのは難しいかもしれない。
(保冷剤をたくさん入れたら、いけるかなぁ……)
次回はチャレンジしてみようかと考えていると、翡翠がぼそりと、
「美桜の菓子……その腕……欲しいな」
と、つぶやいた。うまく聞き取れなかった美桜は、
「はい? なんでしょうか?」
と、小首を傾げたが、翡翠は、
「いいや……何でもない」
と、軽く手を振った。
「では、俺は雨を降らせに行く。濡れないようにしてやるから、美桜はもう帰れ」
そう言った途端、翡翠の姿は龍の姿へと変化した。なめらかに体を動かし、空へと上って行った後、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。次第に雨脚は強くなり、境内の玉砂利の色が変わっていく。けれど、美桜のまわりだけは、不思議と濡れてはいない。
「翡翠様は、いつ見ても、お綺麗……」
遥か空の上を飛ぶ青銀色の龍を見上げ、美桜は目を細めた。あの美しい姿は自分以外の人の目には映らないのだと思うと優越感があり、神様に向かってそのような思いを抱くことが浅ましいような気がして「いけない、いけない」と首を振る。
「そろそろ帰らないと」
遊びに出かけている千雅や、仕事を終えた真莉愛が、帰宅するよりも早く、戻らなければ。
美桜は名残惜しい気持ちで、龍穴神社を後にした。
「うまかった」
と言った。
「ふふっ、良かったです」
「お前はいつも嬉しそうだな」
「はい、翡翠様に喜んでいただけると、嬉しいです」
ラップの屑を小風呂敷に包んでトートバッグの中にしまう。
「美桜の作るような菓子は、幽世にはない。あやかしは甘味が好きなのだ。幽世の者が美桜の菓子を食べたら、皆、喜ぶだろうな」
そう言いながら、手についた油脂をなめる翡翠は、やけに色っぽい。翡翠の仕草に美桜は思わず見とれたが、そんな自分が恥ずかしくなり、
「幽世には洋菓子がないのですか?」
と、誤魔化すように話しかけた。
「美桜の作る菓子は洋菓子というのか。ないな」
「そうなのですね」
(じゃあ、ショートケーキなんかも食べたことがないのかな)
生クリームとイチゴがたっぷり載ったショートケーキを、翡翠にも食べさせてあげたいと思ったが、今は真夏なので、持ち歩くのは難しいかもしれない。
(保冷剤をたくさん入れたら、いけるかなぁ……)
次回はチャレンジしてみようかと考えていると、翡翠がぼそりと、
「美桜の菓子……その腕……欲しいな」
と、つぶやいた。うまく聞き取れなかった美桜は、
「はい? なんでしょうか?」
と、小首を傾げたが、翡翠は、
「いいや……何でもない」
と、軽く手を振った。
「では、俺は雨を降らせに行く。濡れないようにしてやるから、美桜はもう帰れ」
そう言った途端、翡翠の姿は龍の姿へと変化した。なめらかに体を動かし、空へと上って行った後、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。次第に雨脚は強くなり、境内の玉砂利の色が変わっていく。けれど、美桜のまわりだけは、不思議と濡れてはいない。
「翡翠様は、いつ見ても、お綺麗……」
遥か空の上を飛ぶ青銀色の龍を見上げ、美桜は目を細めた。あの美しい姿は自分以外の人の目には映らないのだと思うと優越感があり、神様に向かってそのような思いを抱くことが浅ましいような気がして「いけない、いけない」と首を振る。
「そろそろ帰らないと」
遊びに出かけている千雅や、仕事を終えた真莉愛が、帰宅するよりも早く、戻らなければ。
美桜は名残惜しい気持ちで、龍穴神社を後にした。
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