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二章 洋菓子作り
四話 相談
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一時間ほど経つと食堂の賑わいは収まり、潮が引くように従業員たちの姿がなくなった。
(従業員さんたちの休憩時間、終わったのかな?)
美桜がほっと息をつくと、翡翠と湖月が近づいてきた。
「あんた、意外とやるんだね」
感心している様子の湖月に、美桜は、
「お力になれたのでしたら、良かったです」
と微笑み返した。そして、
「尻尾の火傷、大丈夫ですか? 痛いようでしたら、お薬を塗った方がいいのでは。あっ、どこに行ったら、お薬ってもらえるんだろう。翡翠、お薬って……」
翡翠の顔を見上げ、美桜が尋ねていると、
「尻尾の傷は平気だよ。――あんた、蒼天堂で菓子店を開くんだって? 仕方ないね。相談、乗ってやろうじゃないか」
湖月が、両手を腰に当てた。美桜は、パッと湖月を振り向き、
「ほ、本当ですか?」
と、瞳を輝かせた。
「ああ。あんたには恩ができたからね」
「ありがとうございます!」
ぺこぺこと頭を下げている美桜を、翡翠が優しい目で見つめている。
「でも、その話は、昼食を食べてからだ。翡翠様も、あんたも、お腹が空いただろう?」
湖月に問われた途端、美桜の腹の虫が鳴いた。その音を聞いて、湖月が声を出して笑った。
「さあ、紬も木綿もご飯にしよう!」
パンパンと手を叩いた湖月に、女性あやかしたちが、嬉しそうな声を上げた。
「はい!」
「そうしましょう」
手早く残り物のおかずを集め、人数分の昼食を用意すると、美桜たちは食堂へと移動した。昼食を食べながら、皆の話を聞くと、紬と木綿も妖狐の一族なのだそうだ。
「で、美桜は何を作ろうってんだい?」
肉じゃがを口に運びながら、湖月が美桜に尋ねた。
「洋菓子です」
「洋菓子? 聞いたことないねぇ」
「ええと、例えば、小麦粉にバターや砂糖を混ぜて焼いたケーキとか、クッキーとか……」
怪訝な表情を浮かべた湖月に説明すると、
「けぇき? くっきぃ?」
湖月が首を傾げる。
「よく分からないけど、つまり、その、けぇきというものを作ろうと思うと、今、美桜が言った材料がいるわけだね。小麦の粉と砂糖はあるが、ばたーというものは分からないねぇ」
「牛乳の脂肪分で作ったものなんですけど……」
「牛の乳で作ったものなら、酥があるよ」
「酥?」
「牛の乳を煮詰めて作るんだ」
酥を想像してみたが、美桜の思うバターとは違うような気がする。
「うーん、この感じだと、ベーキングパウダーも、生クリームもなさそうですね……」
「美桜の言う洋菓子の材料は、もしかすると、幽世では手に入らないかもしれないね」
湖月が顎に手を当て、考え込んだ。
「じゃあ、寒天はありますか?」
「それならあるよ」
「抹茶とか、きなことか、ココアなどは?」
「ここあは聞いたことがない」
(抹茶プリンとか、きなこプリンは作れそう。ドーナツもいけるかな)
美桜は頭の中で、作れそうな菓子を考えていく。
そういえば、一番大事なもののことを聞くのを忘れていた。
「オーブンはありますか?」
「おーぶん?」
「おーぶん?」
「おーぶんって何ですか?」
湖月と紬、木綿が同時に首を傾げた。
「ええと、どう言ったらいいんだろう……箱みたいな機械で、加熱した空気で食材に火を通して焼く調理器具、かな」
IH調理器のようなものがあるのだから、もしかするとあるのではないかと思っていたが、さすがにオーブンは難しかったようだ。
(オーブンがないと、焼き菓子は難しいなぁ……)
美桜が「うーん、うーん」と唸っていると、翡翠が手を打った。
「ならば、現世に買いに行こう」
「現世……って、向こうの世界のこと?」
美桜が目を瞬くと、
「そうだ」
と頷きが返ってくる。
「それがいいんじゃない? どうせなら、ばたーとやらも買って来たら?」
湖月にもすすめられ、美桜は「そんなのってあり?」と思った。
「良い案だ。そうと決まれば、現世の通貨が必要だな。なんとかしよう」
「あっ、そうか……。幽世のお金じゃ、買えないんだね」
どうするのだろうと美桜が不思議に思っていると、翡翠は、
「これから、北の黒龍のところへ行ってくる。黒龍の小夜殿は両替商を営んでいるのだ」
と言った。
「両替商って、銀行みたいなところ?」
「そうだ。人間の世界の通貨も扱っていたはずだ」
「へええ!」
美桜は目を丸くした。
翡翠は立ち上がると、
「早速行ってこよう。明日には帰る。昼食、ごちそうさま」
颯爽と食堂を出て行った。
(従業員さんたちの休憩時間、終わったのかな?)
美桜がほっと息をつくと、翡翠と湖月が近づいてきた。
「あんた、意外とやるんだね」
感心している様子の湖月に、美桜は、
「お力になれたのでしたら、良かったです」
と微笑み返した。そして、
「尻尾の火傷、大丈夫ですか? 痛いようでしたら、お薬を塗った方がいいのでは。あっ、どこに行ったら、お薬ってもらえるんだろう。翡翠、お薬って……」
翡翠の顔を見上げ、美桜が尋ねていると、
「尻尾の傷は平気だよ。――あんた、蒼天堂で菓子店を開くんだって? 仕方ないね。相談、乗ってやろうじゃないか」
湖月が、両手を腰に当てた。美桜は、パッと湖月を振り向き、
「ほ、本当ですか?」
と、瞳を輝かせた。
「ああ。あんたには恩ができたからね」
「ありがとうございます!」
ぺこぺこと頭を下げている美桜を、翡翠が優しい目で見つめている。
「でも、その話は、昼食を食べてからだ。翡翠様も、あんたも、お腹が空いただろう?」
湖月に問われた途端、美桜の腹の虫が鳴いた。その音を聞いて、湖月が声を出して笑った。
「さあ、紬も木綿もご飯にしよう!」
パンパンと手を叩いた湖月に、女性あやかしたちが、嬉しそうな声を上げた。
「はい!」
「そうしましょう」
手早く残り物のおかずを集め、人数分の昼食を用意すると、美桜たちは食堂へと移動した。昼食を食べながら、皆の話を聞くと、紬と木綿も妖狐の一族なのだそうだ。
「で、美桜は何を作ろうってんだい?」
肉じゃがを口に運びながら、湖月が美桜に尋ねた。
「洋菓子です」
「洋菓子? 聞いたことないねぇ」
「ええと、例えば、小麦粉にバターや砂糖を混ぜて焼いたケーキとか、クッキーとか……」
怪訝な表情を浮かべた湖月に説明すると、
「けぇき? くっきぃ?」
湖月が首を傾げる。
「よく分からないけど、つまり、その、けぇきというものを作ろうと思うと、今、美桜が言った材料がいるわけだね。小麦の粉と砂糖はあるが、ばたーというものは分からないねぇ」
「牛乳の脂肪分で作ったものなんですけど……」
「牛の乳で作ったものなら、酥があるよ」
「酥?」
「牛の乳を煮詰めて作るんだ」
酥を想像してみたが、美桜の思うバターとは違うような気がする。
「うーん、この感じだと、ベーキングパウダーも、生クリームもなさそうですね……」
「美桜の言う洋菓子の材料は、もしかすると、幽世では手に入らないかもしれないね」
湖月が顎に手を当て、考え込んだ。
「じゃあ、寒天はありますか?」
「それならあるよ」
「抹茶とか、きなことか、ココアなどは?」
「ここあは聞いたことがない」
(抹茶プリンとか、きなこプリンは作れそう。ドーナツもいけるかな)
美桜は頭の中で、作れそうな菓子を考えていく。
そういえば、一番大事なもののことを聞くのを忘れていた。
「オーブンはありますか?」
「おーぶん?」
「おーぶん?」
「おーぶんって何ですか?」
湖月と紬、木綿が同時に首を傾げた。
「ええと、どう言ったらいいんだろう……箱みたいな機械で、加熱した空気で食材に火を通して焼く調理器具、かな」
IH調理器のようなものがあるのだから、もしかするとあるのではないかと思っていたが、さすがにオーブンは難しかったようだ。
(オーブンがないと、焼き菓子は難しいなぁ……)
美桜が「うーん、うーん」と唸っていると、翡翠が手を打った。
「ならば、現世に買いに行こう」
「現世……って、向こうの世界のこと?」
美桜が目を瞬くと、
「そうだ」
と頷きが返ってくる。
「それがいいんじゃない? どうせなら、ばたーとやらも買って来たら?」
湖月にもすすめられ、美桜は「そんなのってあり?」と思った。
「良い案だ。そうと決まれば、現世の通貨が必要だな。なんとかしよう」
「あっ、そうか……。幽世のお金じゃ、買えないんだね」
どうするのだろうと美桜が不思議に思っていると、翡翠は、
「これから、北の黒龍のところへ行ってくる。黒龍の小夜殿は両替商を営んでいるのだ」
と言った。
「両替商って、銀行みたいなところ?」
「そうだ。人間の世界の通貨も扱っていたはずだ」
「へええ!」
美桜は目を丸くした。
翡翠は立ち上がると、
「早速行ってこよう。明日には帰る。昼食、ごちそうさま」
颯爽と食堂を出て行った。
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