龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

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三章 婚約者

十二話 芙蓉の心

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 芙蓉の隣に腰を下ろし、美桜は美しい白龍の化身を見つめた。

「あのね、私には好きな人がいるの。翡翠じゃないわよ。いくら想っても、叶わない相手」

 芙蓉の突然の告白に驚いたが、美桜は黙って話の続きを待った。

「その人はね、無愛想に見えても、優しい人なの。私と翡翠は幼なじみだったし、昔から、買い物好きな母親に連れられて、蒼天堂に遊びに来ることも多かった。――私が少女だった時、勝手に外に出て、迷子になったことがあったわ。泣きながら城下をうろうろしていたら、人さらいに連れ去られそうになったの。その時、駆けつけて助けてくれたのが、あの人だった。あやかしだけど、本当の意味であやかしじゃないあの人は、何の力もないのに、自分より体の大きなあやかしに立ち向かって、傷だらけになりながら、私を守ってくれたの」

 昔のことを思い出しているのか、芙蓉は懐かしむような顔で両手を組んだ。

(あやかしだけど、あやかしじゃない? ……もしかして)
「それって、穂高さん……?」

 美桜がそっと尋ねると、芙蓉は頷いた。

「穂高は私のことを大切にしてくれる。それは敬愛する翡翠の婚約者だから。さっき、あなたと穂高が抱き合っているのを見て、嫉妬したわ。穂高に似合うのは、同じ人間である、あなた」

「違います! さっきのは、ただの事故で……」

 急いで事情を説明すると、芙蓉は驚いた様子で「本当に?」と言った。

「穂高さんは私のことをなんとも思っていませんよ。むしろ嫌われている可能性の方が高いです」

 胸を張った美桜を見て、

「穂高は優しいの。同族のあなたを嫌ったりはしないと思うわ」 

 芙蓉は否定をした。

「でも、それじゃ、芙蓉さんはどうして翡翠と結婚しようとしているんですか?」

 穂高のことが好きならば、翡翠との結婚は不本意ではないのだろうか。すると、

「だって、私が翡翠と結婚したら、ずっと穂高のそばにいられるじゃない」

 芙蓉は弱々しく微笑んだ。その返事を聞き、美桜の胸がツンと痛んだ。

(私と同じだ……)

 結ばれなくても、好きな人のそばにいたい。芙蓉の気持ちが、痛いほど分かる。

(私と芙蓉さんは似たもの同士だ)

 美桜は思わず芙蓉に手を伸ばし、細い体をぎゅっと抱きしめた。芙蓉が驚き、美桜の耳元で、

「美桜?」

 と、名前を呼んだ。

「そんなの、切なすぎます」

「お互い様でしょう」

「正直に言います。私、翡翠のことが好きです。愛しています。誰にも渡したくない」

 美桜の告白に、芙蓉が困った顔をする。

「でも、私と翡翠は婚約者なの。お母様と浅葱様の叶わなかった恋を、私たちが叶えなければいけないのよ」

「それもまた、切ないですよ……」

 どうして親の恋のために、子供たちが望まない結婚をしないといけないのだろう。子供たちには、それぞれに想い人がいるというのに。

「私、諦めません。翡翠と一緒に、翡翠のお父様に結婚のお許しをもらいに行きます。だから芙蓉さんも、自分の恋を諦めないで」

 きっぱりと言い切ると、芙蓉は戸惑ったように、

「無理よ。私の想いは叶わない。もし、叶うことがあったとしても、龍と元人間のあやかしが一緒になるなんて、許されない」

 と、悲しい声を出した。

「諦めたら終わりです!」

 美桜は芙蓉の体を離し、両肩を掴むと、銀色の瞳を見つめた。美桜の強いまなざしに心を動かされたのか、芙蓉は、

「諦めたら終わり……そうね。その通りだわ」

 とつぶやいた。

「あなたが頑張ると言うのなら、私も、無理を承知で、穂高に気持ちを伝えてみようかしら……」

「その意気です!」

「あなたに教えてあげる。翡翠と私の間には何もなかったわよ。あなたが部屋に入ってきたと気がついたから、口づけたフリをして見せただけ」

 真相を聞いて、美桜の全身から力が抜けた。

「本当に……?」

「ええ、本当。あなたが飛び出して行った後、翡翠に思いっきり突き飛ばされたわ。今頃、あなたのことを探して、あちこち走り回っているのじゃないかしら。私はふてくされて、気分転換にここに来たの。お風呂っていいわよね」

 風呂好きなところも、美桜と芙蓉は似ているらしい。美桜は芙蓉に親近感を抱き、

「私も、嫉妬しました」

 と、正直に話した。

「あなたが穂高と抱き合っていたお返しよ」

「ひどいです」

 美桜と芙蓉は顔を見合わせると、くすくすと笑い合った。
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