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三章 婚約者

十四話 友人たち

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 焼いてあったケーキを携えて蒼天堂へ急ぎ、『パティスリーチェリーブロッサム』の開店準備に取りかかる。銅鑼が鳴る直前で間に合い、美桜は、ほっと息をついた。

 しばらくして、鼻の立派な天狗の老人が、ケーキを買いに来た。いつもどおり丁寧な接客をし、

「ありがとうございました。またお願い致します」

 と、見送った後、

「美桜! 菓子を買いに来たぞ」

『パティスリーチェリーブロッサム』に神楽がやって来た。

「お疲れ様、美桜」

 その後ろには芙蓉がいる。

「今日の菓子は何だ?」

 神楽が冷蔵ショーケースの中をのぞき込んだので、

「胡桃のシフォンケーキと、にんじんケーキですよ」

 と答える。

「では、それを二つずつ、もらおう」

 指を二本立てた神楽に、

「かしこまりました」

 と、頷く。すると、芙蓉も、

「私も同じものを買うわ。お土産にね。包んでくれる?」

 と、注文をした。 
 
「お土産?」

 美桜が首を傾げると、

「そろそろ家に帰るわ。お母様を説得しないといけないし」

 芙蓉が微笑みを向ける。神楽がつまらなそうに、

「芙蓉から聞いたぜ。翡翠と芙蓉は本気で婚約を解消するつもりらしいな」

 と、唇を尖らせた。

「あんなに嫌だ嫌だって言っていたのに、どうしたんだよ、芙蓉」

「心境の変化っていうやつよ」

 芙蓉は詳しくは語らず、神楽の質問を受け流す。

「ふーん……」

 神楽は腑に落ちない顔で美桜と芙蓉を見比べていたが、美桜は神楽に追求されないように、あえて気づかないふりをした。
 美桜が二人に菓子の入った紙袋を手渡すと、

「ありがとう。じゃあ、またね、神楽、美桜」

 芙蓉が手を振り、先に去って行った。美桜と仲良くなったものの、昨日つんけんしていた手前、神楽にそれを知られるのが照れくさいのか、素っ気ない様子だった。
 芙蓉を見送っていた神楽が美桜に向き直り、

「なあ、美桜。お前、紅香堂に来る気はないか?」

 と、最後の一押しとばかりに問いかけた。

「紅香堂にくれば、もっと大きな店を持たせてやる。給料も蒼天堂の三倍出す。美桜が住まう家も用意する。大切にするよ」

 甘い声で誘惑をしたが、美桜は首を振った。

「ごめんなさい、神楽さん。私は行きません。私は翡翠のそばにいたいから」

「……だよな。そう言うと思った」

  神楽は肩をすくめると、やれやれという様子で笑った。

「でもな、もし翡翠のそばにいるのが嫌になったら、俺のところに来いよ。俺はいつでも大歓迎だから」

 美桜は「そんな日はこないだろうな」と思いつつ、ただ静かに微笑んだ。

「じゃあな。俺も南へ帰るわ」と言って、デパ地下の人波の中に消えていった神楽を見送る。

(人から必要とされることって、なんて嬉しいことなんだろう。私は幸せ者だ)

 現世では、美桜の居場所はないも同然だった。それなのに、幽世には翡翠の他にも、美桜に来て欲しいと言ってくれる人がいる。

(神楽さんのお誘いを受けることはできないけれど、ありがとう、神楽さん)

 美桜は心の中で、神楽に礼を言った。 
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