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四章 条件
一話 翡翠の実家へ
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バルコニーに立つ美桜の前髪を、吹き抜けた風が揺らしていった。
今日の空は透明度が高く、美しい青色をしている。
「いいお天気」
額に手を当て頭上を見上げていると、
「美桜、待たせたな」
バルコニーに面する窓を開けて、自室から翡翠が外へ出てきた。翡翠は、美桜が手にしている風呂敷包みに気がつくと、
「それはなんだ?」
と、問いかけた。
「バニラのシフォンケーキと、栗のペースト。お父様へのお土産に、と思って」
美桜は、はにかみながら答えた。
(私のお菓子がお口に合えばいいのだけど)
美桜の不安を察したのか、翡翠が優しい笑みを浮かべ、頭を撫でた。
「美桜は気が利くな。父上も喜ぶだろう」
今日、美桜と翡翠は、翡翠の父親・浅葱の元を訪れることになっている。
翡翠が飛ばした伝書鳩は、浅葱からの文を持って戻ってきた。「何か用事があるのならば、時間を作る」との内容だった。
「お父様には、婚約解消のお願いをしに行くのだと話してあるの?」
「いいや。直接話した方が良いと思って、まだ言ってはいない」
「もしかして、私が一緒に行くことも……」
「伝えていない。行く前からなんだかんだ言われると面倒だからな」
翡翠の答えに、美桜はますます不安な気持ちになった。
(どこの馬の骨ともしれない娘が息子をたぶらかして、って怒られないかな……)
俯くと、翡翠が美桜の顎に指を添えた。上向かせた美桜の顔をのぞき込み、
「美桜は何の心配もしなくて良い。父上とは俺が話をするから」
と言い聞かせる。
「でも、私も一緒に行くのだから、私からもお願いしたい」
美桜の決意が嬉しいのか、翡翠は幸せそうに笑うと、
「そうだな。俺たち二人で、父上に話をしよう」
と、額と額をこつんと合わせた。
「では、行こうか!」
美桜を離した翡翠の姿が青銀色の龍へと変わる。美桜はその背に跨がると、落とさないように風呂敷包みをしっかりと抱え、翡翠の背中に掴まった。
ふわりとした浮遊感。泳ぐように飛ぶ翡翠の背から後ろを振り返ると、小さくなっていく蒼天城が見えた。
(龍が飛ぶ速度って、速い)
あらためて感心しながら、しばらくの間、流れるように過ぎ去る田畑や山の風景を眺める。三十分ほど経った時、前方に大きな街が見えてきた。
上空から見下ろすと、街の中は格子状に道が張り巡らされている。蒼天城の城下町より、整然とした光景だ。中央に、ぽっかりとした大きな土地があり、いくつかの建物と、見るからに広大な平屋の屋敷が建っていた。空から見ても分かるほど、立派な庭がある。
「目的地はあそこだ。東の地を治めている統治者の屋敷と、政務を行う役所が集まっている」
翡翠は迷うことなく屋敷に向かって降下すると、庭の隅へと降り立った。
「美桜、着いたぞ」
声をかけられ、美桜は翡翠の背から降りると、周囲をきょろきょろと見回した。
目の前には池がある。池の周囲には、紅葉などの樹木が植えられていて、僅かに赤く色づいていた。地面には瑞々しい苔が生えていて、まるでどこかの寺の庭園のようだ。
「翡翠、入ってくるなら、正面から来なさい」
不意に背後から声をかけられ、美桜は、ビクッとして振り返った。
「父上」
翡翠が人の姿に戻る。美桜は初めて、翡翠の父親の顔を見た。
浅葱は、翡翠と同じ青銀色の髪をしていた。短髪の翡翠と違って長髪で、首元で一つに結び、肩から緩やかに垂らしている。瞳は落ち着いた藍色で、顔立ちは翡翠によく似ているが、父親というほどには年は取っておらず、人間の年齢でいうと四十歳前後に見えた。
今日の空は透明度が高く、美しい青色をしている。
「いいお天気」
額に手を当て頭上を見上げていると、
「美桜、待たせたな」
バルコニーに面する窓を開けて、自室から翡翠が外へ出てきた。翡翠は、美桜が手にしている風呂敷包みに気がつくと、
「それはなんだ?」
と、問いかけた。
「バニラのシフォンケーキと、栗のペースト。お父様へのお土産に、と思って」
美桜は、はにかみながら答えた。
(私のお菓子がお口に合えばいいのだけど)
美桜の不安を察したのか、翡翠が優しい笑みを浮かべ、頭を撫でた。
「美桜は気が利くな。父上も喜ぶだろう」
今日、美桜と翡翠は、翡翠の父親・浅葱の元を訪れることになっている。
翡翠が飛ばした伝書鳩は、浅葱からの文を持って戻ってきた。「何か用事があるのならば、時間を作る」との内容だった。
「お父様には、婚約解消のお願いをしに行くのだと話してあるの?」
「いいや。直接話した方が良いと思って、まだ言ってはいない」
「もしかして、私が一緒に行くことも……」
「伝えていない。行く前からなんだかんだ言われると面倒だからな」
翡翠の答えに、美桜はますます不安な気持ちになった。
(どこの馬の骨ともしれない娘が息子をたぶらかして、って怒られないかな……)
俯くと、翡翠が美桜の顎に指を添えた。上向かせた美桜の顔をのぞき込み、
「美桜は何の心配もしなくて良い。父上とは俺が話をするから」
と言い聞かせる。
「でも、私も一緒に行くのだから、私からもお願いしたい」
美桜の決意が嬉しいのか、翡翠は幸せそうに笑うと、
「そうだな。俺たち二人で、父上に話をしよう」
と、額と額をこつんと合わせた。
「では、行こうか!」
美桜を離した翡翠の姿が青銀色の龍へと変わる。美桜はその背に跨がると、落とさないように風呂敷包みをしっかりと抱え、翡翠の背中に掴まった。
ふわりとした浮遊感。泳ぐように飛ぶ翡翠の背から後ろを振り返ると、小さくなっていく蒼天城が見えた。
(龍が飛ぶ速度って、速い)
あらためて感心しながら、しばらくの間、流れるように過ぎ去る田畑や山の風景を眺める。三十分ほど経った時、前方に大きな街が見えてきた。
上空から見下ろすと、街の中は格子状に道が張り巡らされている。蒼天城の城下町より、整然とした光景だ。中央に、ぽっかりとした大きな土地があり、いくつかの建物と、見るからに広大な平屋の屋敷が建っていた。空から見ても分かるほど、立派な庭がある。
「目的地はあそこだ。東の地を治めている統治者の屋敷と、政務を行う役所が集まっている」
翡翠は迷うことなく屋敷に向かって降下すると、庭の隅へと降り立った。
「美桜、着いたぞ」
声をかけられ、美桜は翡翠の背から降りると、周囲をきょろきょろと見回した。
目の前には池がある。池の周囲には、紅葉などの樹木が植えられていて、僅かに赤く色づいていた。地面には瑞々しい苔が生えていて、まるでどこかの寺の庭園のようだ。
「翡翠、入ってくるなら、正面から来なさい」
不意に背後から声をかけられ、美桜は、ビクッとして振り返った。
「父上」
翡翠が人の姿に戻る。美桜は初めて、翡翠の父親の顔を見た。
浅葱は、翡翠と同じ青銀色の髪をしていた。短髪の翡翠と違って長髪で、首元で一つに結び、肩から緩やかに垂らしている。瞳は落ち着いた藍色で、顔立ちは翡翠によく似ているが、父親というほどには年は取っておらず、人間の年齢でいうと四十歳前後に見えた。
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