龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

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四章 条件

二話 浅葱

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 屋敷の縁側に立つ父親に、

「お久しぶりです」

 翡翠が丁寧に頭を下げると、浅葱は、

「その娘は?」

 と、美桜に視線を向けた。

「美桜です。蒼天堂で菓子店を営んでくれている娘です」

 翡翠に紹介され、美桜は慌てて、

「美桜と申します。よ、よろしくお願いします……!」

 と、勢いよくお辞儀をした。

「見間違いでなければ、その娘は人間に見えるのだが?」

 浅葱に鋭いまなざしを向けられ、美桜はどう答えたものかと迷った。翡翠が守るように美桜の前に立ち、

「はい。美桜は人間です。俺が現世から連れてきました」

 と、答えた。浅葱の表情が訝しげなものに変わる。

「……めずらしく文を寄越したと思ったら、厄介な話をしに来たようだな」

 浅葱は溜め息をつくと、

「上がりなさい」

 縁側と繋がる部屋へと入って行った。

「行こう」

 翡翠が軽く美桜の背に触れ、先に立って歩き出す。美桜は緊張しながら翡翠について行き、敷石で下駄を脱ぐと、縁側へと上がった。

 縁側の隅には数冊の書物が散らばっていた。そのうちの一冊が開きっぱなしになっている。浅葱はここで読書をしていたようだ。奥は、八畳ほどの和室だった。文机だけがぽつんと置かれていて、床の間には季節の花と掛け軸が飾られていた。上座に座る浅葱は、腕を組み、難しい顔をしている。

「座りなさい」と声をかけられ、美桜と翡翠は、浅葱の前に腰を下ろした。

(この方が、翡翠のお父様……)

 美桜は、冬の氷のように硬質な雰囲気を漂わせる浅葱の前で緊張をしていたが、自分が風呂敷包みを抱えていたことを思い出し、包みを解くと、

「あ、あの、お父様。こちらお土産です。良かったら、どうぞ……」

 と行って、化粧箱を差し出した。
 浅葱が腕を伸ばし、美桜から箱を受け取る。蓋を開けて、不思議そうな顔をした。

「これはなんだ?」

「し、シフォンケーキ、です」

「しふぉんけぇき?」

 聞いたことのない言葉に、眉間に皺を寄せた浅葱に、翡翠が、

「卵を使用した現世の洋菓子というものです」

 と、美桜の代わりに説明をしてくれる。

「瓶に入っているのは、栗を潰して練ったものです」

 美桜が付け足すと、浅葱はシフォンケーキと美桜の顔を交互に見た後、

「後でいただこう」

 と言って、箱を脇に置いた。そして、

「商売に忙しく、滅多に実家に寄りつかない愚息が、突然『大事な話がある』と言って連絡を寄越したかと思えば、人間の娘を連れて帰ってきた。これはどういうわけだ?」

 と、腕を組んだ。美桜はハラハラとした気持ちで、膝の上に置いた両手を握っていたが、翡翠は冷静な態度のまま、浅葱のまなざしを受けとめた。

「父上にお願いに参りました。――いいえ。お願いというよりも、宣言です」

 前置きした後、

「俺は芙蓉との婚約を解消します。そして、ここにいる美桜を嫁にします」

 きっぱりと告げた翡翠を、

「今、なんと言った? 聞き間違いでなければ、人間の娘を嫁にすると聞こえたが」

 浅葱は鋭いまなざしで見返した。翡翠は背筋を伸ばしたまま、

「はい。そう言いました」

 と、肯定する。次の瞬間、

「白龍の娘との婚約解消だけでなく、人間の娘と婚姻したいとは、青龍の跡継ぎが何を寝ぼけたことを言っている」

 浅葱の怒りを含んだ声が、低く響いた。怒鳴られたわけではないのに、あまりの迫力に、美桜の心臓がドクンと鳴り、体がこわばった。

「寝ぼけてなどいません。美桜とは現世で出会いました。最初こそ、打算で幽世へと連れて来ましたが、美桜の優しい性質や、与えられた仕事に真摯に取り組む姿勢に、心から惹かれていきました」

 翡翠は気圧された様子もなく答えたが、浅葱には気に入らない言葉があったようだ。

「現世でその娘と出会っただと? お前、まだ現世へ行っているのか」

「はい。時折、訪れて、雨を降らせています」

「馬鹿な真似を!」

 浅葱が苦々しげに舌打ちをした。

(もしかして、龍神様が現世に来られるのって、いけないことだったの……?)

 険悪な雰囲気の中、美桜が小さくなっていると、

「聞く耳を持たぬ。帰るがいい」

 浅葱は二人に対し、犬を追いやるような仕草を見せた。

「父上に納得してもらえるまで帰る気はありません。また後で参ります」

 翡翠は一礼すると、立ち上がり、

「美桜、行こう」

 と、美桜を促した。美桜も頷いて腰を上げ、翡翠の隣に並ぶ。浅葱に頭を下げて和室を後にした美桜の体は、緊張の名残で、小刻みに震えていた。
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