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四章 条件
十二話 婚約の行方
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そして、数日後。
「お茶会、結局、どうなったんだろう……」
翡翠と桜の間で夕食を取りながら、美桜はぽつりとつぶやいた。
マカロンを浅葱の元へ届けて以来、連絡がない。
「悪い結果にはなっていないと思うが……。一言ぐらい連絡があっても良さそうなものを」
海老の天ぷらを囓りながら、翡翠が眉間に皺を寄せる。
「明日、伝書鳩を飛ばす」
「うん。お願い……」
美桜は不安な気持ちで頷いた。
ところが、茶会の結果は意外なところから届いた。
いつものように『パティスリーチェリーブロッサム』で店番をしていた美桜の元に、
「美桜~!」
明るい声で名前を呼びながら、芙蓉がやって来た。
「芙蓉さん! どうしたのですか?」
突然の来店に驚いていると、
「お菓子を買いに来たのよ。まかろんってやつが欲しいの。どれなのかしら?」
冷蔵ショーケースをのぞき込みながら、芙蓉が尋ねる。
「マカロンですか?」
あの菓子は龍神の茶会のために特別に作った菓子だ。どうして芙蓉が知っているのだろうと思っていると、
「こないだの浅葱様主催の茶会で提供されたまかろんを、お母様がすっかり気に入ってしまったの。浅葱様にどこのお菓子だって聞いたら、蒼天堂の菓子店の娘が作ったお菓子だって教わったらしくてね。買って来いって頼まれたのよ」
芙蓉は、まるで自分が作った菓子のように誇らしげに言った。
「白蓮様がそんなことを」
美桜は喜びで体が震えるのを感じた。茶会で、菓子は好評だったのだ。
「でも、ごめんなさい。マカロンを作るには現世の材料がいるんです。だから今日は置いていなくて……」
せっかく来てくれた芙蓉に申し訳ないと思いながら答えると、芙蓉は、
「待つわ。私もそのまかろんというお菓子を食べてみたいし」
と、嬉しいことを言ってくれる。
「じゃあ、明日は蒼天堂の定休日ですし、翡翠に頼んで、現世に買い物に連れて行ってもらいます」
「ありがとう! う~ん、楽しみ!」
両手を組んで、芙蓉が弾んだ声を上げる。
「ああ、そうだ。それから、お母様から美桜に文を預かってきたのよ」
芙蓉はそう言うと、巾着バッグから一通の書状を取り出した。
「白蓮様から、私に?」
「ええ。読んでみて」
悪戯っぽい芙蓉の視線に急かされ、美桜は書状を開いた。流麗な文字を読み進めるうちに、美桜の目が見開かれていく。
「翡翠と芙蓉さんの婚約は解消……。私のお菓子を褒めて下さってる……」
「そう。私の説得と、美桜のお菓子が、お母様の心を変えたの。美桜のお菓子には、食べてくれる人を喜ばせようという心づかいを感じるって言っていたわ。美桜は人間だけど、あやかしのことを大切に思っていなければ、そんなお菓子は作れないって。私も、美桜のお菓子が大好き。私は一生懸命な美桜に勇気をもらったわ」
芙蓉の言葉に、美桜の胸が熱くなる。
「ありがとうございます。芙蓉さん」
「私も、穂高に気持ちを伝えてみる。どうなるか分からないけど……諦めたら、終わり。そうよね? もし穂高が私のことをなんとも思っていないと言ったとしても、私は諦めないわよ。私のことを好きになってもらえるまで、頑張ってみせるから」
「芙蓉さんなら、きっと大丈夫です!」
胸を張った芙蓉に、美桜は心からの応援を送った。
「それで、美桜と翡翠はどこまでいっているの? もう口づけぐらいしたんでしょ?」
いきなりこちらに話を振られて、
「えっ……く、口づけ?」
美桜は動揺した。そんな美桜を見て、芙蓉が悪戯っぽく笑う。
「その顔だと、したんでしょう」
「ううう……」
二人で女子トークを繰り広げていると、地下フロアを足早に歩いて来る翡翠の姿が見えた。
めずらしく慌てている様子の翡翠は、息を切らせて美桜の元まで来ると、
「美桜!」
と名前を呼んだ。芙蓉に顔を向け、
「芙蓉、美桜に何か用事があったのか?」
と、尋ねる。けれど、芙蓉が答えるよりも早く、
「ああ、それよりも、美桜。父上から文が届いたのだ。白蓮様と話し合い、俺と芙蓉の婚約を解消することになったそうだ。俺と美桜のことを認めると言って下さった」
と、早口で報告をした。美桜と芙蓉は顔を見合わせると、どちらからともなく、ふふっと笑った。
「どうした? 二人共」
不思議そうな顔をした翡翠に、美桜は、
「そのお話なら、今、芙蓉さんから」
と、白蓮の書状を差し出した。受け取り、ざっと目を通した翡翠は、
「俺の報告は一歩遅かったか」
と、残念そうな顔をした。
「美桜を驚かせようと思ったのだが」
「ううん。教えてくれてありがとう。お父様からのお許し、とっても嬉しい」
笑顔を翡翠に向ける。
「これで美桜は、正式に俺の婚約者になった。今すぐ結婚しようか」
美桜の手を取り、甲に口づけた翡翠は、本当に今すぐにこの場から美桜を連れ去ってしまいそうだ。美桜は、
「今すぐは……まだ仕事があるし」
と、苦笑した。
「美桜は仕事の鬼なのね」
芙蓉が面白そうに笑う。
その時、横から、
「すみません。お菓子が欲しいんですけど……」
と、のっぺらぼうの女性が顔を出した。美桜は慌てて、
「はい、お伺いします!」
と、答える。
「邪魔をしたな。美桜、頑張るのだぞ」
「じゃあね、美桜。私は今日は蒼天城に泊めてもらうから、まかろん作ってね。楽しみにしてる」
翡翠と芙蓉が気を利かせ、手を振って去って行く。
美桜はのっぺらぼうの女性に向き直ると、
「いらっしゃいませ。何に致しましょうか?」
と、最高の笑顔を浮かべた。
「お茶会、結局、どうなったんだろう……」
翡翠と桜の間で夕食を取りながら、美桜はぽつりとつぶやいた。
マカロンを浅葱の元へ届けて以来、連絡がない。
「悪い結果にはなっていないと思うが……。一言ぐらい連絡があっても良さそうなものを」
海老の天ぷらを囓りながら、翡翠が眉間に皺を寄せる。
「明日、伝書鳩を飛ばす」
「うん。お願い……」
美桜は不安な気持ちで頷いた。
ところが、茶会の結果は意外なところから届いた。
いつものように『パティスリーチェリーブロッサム』で店番をしていた美桜の元に、
「美桜~!」
明るい声で名前を呼びながら、芙蓉がやって来た。
「芙蓉さん! どうしたのですか?」
突然の来店に驚いていると、
「お菓子を買いに来たのよ。まかろんってやつが欲しいの。どれなのかしら?」
冷蔵ショーケースをのぞき込みながら、芙蓉が尋ねる。
「マカロンですか?」
あの菓子は龍神の茶会のために特別に作った菓子だ。どうして芙蓉が知っているのだろうと思っていると、
「こないだの浅葱様主催の茶会で提供されたまかろんを、お母様がすっかり気に入ってしまったの。浅葱様にどこのお菓子だって聞いたら、蒼天堂の菓子店の娘が作ったお菓子だって教わったらしくてね。買って来いって頼まれたのよ」
芙蓉は、まるで自分が作った菓子のように誇らしげに言った。
「白蓮様がそんなことを」
美桜は喜びで体が震えるのを感じた。茶会で、菓子は好評だったのだ。
「でも、ごめんなさい。マカロンを作るには現世の材料がいるんです。だから今日は置いていなくて……」
せっかく来てくれた芙蓉に申し訳ないと思いながら答えると、芙蓉は、
「待つわ。私もそのまかろんというお菓子を食べてみたいし」
と、嬉しいことを言ってくれる。
「じゃあ、明日は蒼天堂の定休日ですし、翡翠に頼んで、現世に買い物に連れて行ってもらいます」
「ありがとう! う~ん、楽しみ!」
両手を組んで、芙蓉が弾んだ声を上げる。
「ああ、そうだ。それから、お母様から美桜に文を預かってきたのよ」
芙蓉はそう言うと、巾着バッグから一通の書状を取り出した。
「白蓮様から、私に?」
「ええ。読んでみて」
悪戯っぽい芙蓉の視線に急かされ、美桜は書状を開いた。流麗な文字を読み進めるうちに、美桜の目が見開かれていく。
「翡翠と芙蓉さんの婚約は解消……。私のお菓子を褒めて下さってる……」
「そう。私の説得と、美桜のお菓子が、お母様の心を変えたの。美桜のお菓子には、食べてくれる人を喜ばせようという心づかいを感じるって言っていたわ。美桜は人間だけど、あやかしのことを大切に思っていなければ、そんなお菓子は作れないって。私も、美桜のお菓子が大好き。私は一生懸命な美桜に勇気をもらったわ」
芙蓉の言葉に、美桜の胸が熱くなる。
「ありがとうございます。芙蓉さん」
「私も、穂高に気持ちを伝えてみる。どうなるか分からないけど……諦めたら、終わり。そうよね? もし穂高が私のことをなんとも思っていないと言ったとしても、私は諦めないわよ。私のことを好きになってもらえるまで、頑張ってみせるから」
「芙蓉さんなら、きっと大丈夫です!」
胸を張った芙蓉に、美桜は心からの応援を送った。
「それで、美桜と翡翠はどこまでいっているの? もう口づけぐらいしたんでしょ?」
いきなりこちらに話を振られて、
「えっ……く、口づけ?」
美桜は動揺した。そんな美桜を見て、芙蓉が悪戯っぽく笑う。
「その顔だと、したんでしょう」
「ううう……」
二人で女子トークを繰り広げていると、地下フロアを足早に歩いて来る翡翠の姿が見えた。
めずらしく慌てている様子の翡翠は、息を切らせて美桜の元まで来ると、
「美桜!」
と名前を呼んだ。芙蓉に顔を向け、
「芙蓉、美桜に何か用事があったのか?」
と、尋ねる。けれど、芙蓉が答えるよりも早く、
「ああ、それよりも、美桜。父上から文が届いたのだ。白蓮様と話し合い、俺と芙蓉の婚約を解消することになったそうだ。俺と美桜のことを認めると言って下さった」
と、早口で報告をした。美桜と芙蓉は顔を見合わせると、どちらからともなく、ふふっと笑った。
「どうした? 二人共」
不思議そうな顔をした翡翠に、美桜は、
「そのお話なら、今、芙蓉さんから」
と、白蓮の書状を差し出した。受け取り、ざっと目を通した翡翠は、
「俺の報告は一歩遅かったか」
と、残念そうな顔をした。
「美桜を驚かせようと思ったのだが」
「ううん。教えてくれてありがとう。お父様からのお許し、とっても嬉しい」
笑顔を翡翠に向ける。
「これで美桜は、正式に俺の婚約者になった。今すぐ結婚しようか」
美桜の手を取り、甲に口づけた翡翠は、本当に今すぐにこの場から美桜を連れ去ってしまいそうだ。美桜は、
「今すぐは……まだ仕事があるし」
と、苦笑した。
「美桜は仕事の鬼なのね」
芙蓉が面白そうに笑う。
その時、横から、
「すみません。お菓子が欲しいんですけど……」
と、のっぺらぼうの女性が顔を出した。美桜は慌てて、
「はい、お伺いします!」
と、答える。
「邪魔をしたな。美桜、頑張るのだぞ」
「じゃあね、美桜。私は今日は蒼天城に泊めてもらうから、まかろん作ってね。楽しみにしてる」
翡翠と芙蓉が気を利かせ、手を振って去って行く。
美桜はのっぺらぼうの女性に向き直ると、
「いらっしゃいませ。何に致しましょうか?」
と、最高の笑顔を浮かべた。
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