無口な騎士は思い込み娘がお好き

白野佑奈

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旅は道連れ1

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 結婚を約束した相手が、遠い場所での勤務になった。所謂、遠距離恋愛。それって不安じゃないかしら?

 不安じゃないっていう人もいるけれど、少なくとも私は不安だった。





「エルーシア!お前ローレインに行くって言うのは本気か!?」

 ある日のお昼前。玄関前に暴走馬車が急停車した。と、思ったら、中から転がるようにお父様が出て来る。

 本日は出仕の日で、夕方まで帰らないはずだったのに。仕事熱心な彼にしては、珍しくも随分早い帰宅だ。

「あら、お父様、お帰りなさい」

 すでに荷物を積んだ馬の傍らに立っていた私は、舌打ちしたい気分で彼を迎えた。

 この様子を見るに、どうやら私の出奔を聞いて、急いで帰ってきたらしい。

 ……誰よ、チクったのは。うるさいから黙って行こうとしていたのに。

「あらお父様、ではないっ!」

 いきなりの雷に、鼓膜が痺れる。首が竦む。だけど、負けてはいけない。

 縮こまりかけた背筋をピンッと伸ばし、私は挑発的にお父様の目を見た。

「本気よ?だってイザークだって、いつでも遊びに来ていいよ、って言ってくれたんだもの!」

 私、エルーシア・ベルトランの恋人、というか婚約者のイザークは下級兵士。元は王城に勤めていたが、二年前自ら志願して、辺境地ローレインに転勤になった。

「いつの話だそれは!その話が手紙に書いてあったのは、もう二年も前だろうに!それでもまとわりつくなど、お前はストーカーか!」」
「失礼ね。二年前だろうとなんだろうと、そう言ってくれたのは事実だわ」

 婚約者が誘ってくれたから行く、というのに何がいけないというの。

 言っても聞きそうにない私に、お父様は腕を組んで大きくため息を吐いた。

「私は認めないと、何度も言ったはずだが?」
「……でも約束したもの」

 そう。蓮華の咲き誇る野原で、

『イザーク大好き。大きくなったら、お嫁さんにしてね』

 と言った私に彼は微笑んで頷いてくれたのだ。

『エルーシア。俺のお姫様。じゃあ約束だね』

 って、彼は蓮華で作ったリングを付けてくれた。懐かしい思い出。

 イザークに最初に会ったのは、今から8年前。私が7つの時だった。

 その時彼は18歳。二年の練習兵生活を経て、新米の兵士として王宮近くの練兵場に来たばかりだったと聞いた。

 他の兵よりもごつくなく、圧迫感もないだろうからと、父に会うために練兵場に出入りしていた私のお守り役になってくれた人。

 濃い茶色の髪、同じ色のたれ目勝ちの目。

 明るい笑顔に、私はすぐに彼に夢中になった。

 それからは用がなくても、彼に会いに日参し、ついには婚約まで取り付けたのだ。

『エルーシア。俺のお姫様』

 甘く囁く声がまだ耳に残っている。

 大好きで、大好きな彼。

「わかっているのか?いい加減、侯爵令嬢としての自覚を持ってくれと、何回も言っているだろう?」

 お父様の呆れた声が私の意識を現実に戻し、彼の声をかき消していく。

 わかっているのだ。お父様の言う事も。

 イザークは平民で、騎士ですらない。それどころか、下級兵士から昇格したと言う話も聞かない。……それでもいつかは、騎士になる人だって信じているけど。

 対して私は侯爵令嬢で、父は軍の四人いる将軍の一人。身分が違いすぎるのは、よくわかっている。

 でも。

「大体、ローレインまで何日かかると思っているんだ」

 私は反抗的に唇を尖らせて、父に反論した。

「お父様が認めて下さらなくても、私の気持ちは変わりません!それに、ローレインは辺境地と言っても、近い方だわ。一週間くらいで行けるのでしょう?」
「最短で一週間だ、一週間!女でしかもお前はまだ15だぞ?子供なお前が、一人でそんなところまで行けるはずがないだろうっ!」
「大丈夫よ。街道は整備されているって聞くし、昼しか動かない。夜はきちんと宿屋で泊まるって約束するわ」

 ローレインは辺境地ではあるけれど、王都からそこまで続く街道は整備されている。

 なにしろ、辺境地というのは、ただ国の端っこにあるというだけの意味ではない。

 隣の国と領土を接している分、有事の際は戦の最前線になる場所。

 それ故、多くの物資や兵の移動の為に、王都と辺境を結ぶ街道は、それぞれ他の街道よりも広いし、道も常に整備されているのだ。

 整備されている道は、人も馬も使いやすい。

 それ故、自然に街道沿いには旅人の為の店ができてくる。

 宿屋や食堂をはじめ、日用品や雑貨。時に彼らの安全をサポートする職業まで。

 また、そういいう店ができれば、その道を利用する人も増える。その循環。

 これがあるから、ローレインまでの街道は、国中のどの街道よりも安全で快適と言われている。

 なのに、お父様は天を仰いで大きく嘆息し、それからいつの間にか隣にいた人に向かって、話しかけた。

「はーっ。こんな娘なのです」
「…………」

 え?いつの間にいたのだろう。全く気配を感じなかったのに。

 慌てて視線を移すと、そこにいたのは一人の男性だった。

 男性といっても、まだ若い。少年と言ってもいいくらいの人だ。多分、出会ったころのイザークと同じくらいか、それよりも若いかもしれない。

 というか……。

 何?このいきなり現れた美形は!というくらい、最初の感想が『顔』!な美形なんだけど。目が顔に吸い寄せられるっていうか。

 多分…騎士なのだろう。少年と青年の丁度中間くらいの背格好だけれど、しっかり伸びた背筋と、体幹が服の中の筋肉を想像させる。それに……。

 隙がない。

 幼い頃から騎士は見慣れていたし、イザークと出会って以降は、騎士の妻になるのだからと、自分も多少剣を嗜んでいるからわかる。

 年齢だけなら、見習いかと思うかもしれない。だが彼は違う。こんな何気ない日常の中にあっても、隙を見せないこの人は、騎士だ。それもかなり経験を積んだ。

「?お父様、こちらの方、どなた」

 国軍の訓練場には結構出入りしているつもりでいたし、それなりに顔見知りもいるけれど、彼を見たのは初めてだ。というか、こんな印象的な人、一度見たら忘れない。

 訝しく思いながら問うと、お父様は彼の肩に手を回して紹介してくれた。
「私の知り合いの方だ。お前は絶対に折れないとわかっていたから、来ていただいた」
「え?」

 何の為に?

 その疑問はすぐにお父様が答えてくれた。

「お前をローレインまで連れて行ってくれるそうだ。いわば護衛だな。アレクシス殿だ」
「………」

 紹介されても、彼は『よろしく』の一言もない。黙ったまま無表情に数ミリ頭を動かしただけ。

 威圧感とか、偉そうな感じはなかったけれど、どうやら、かなり個性的な方らしい。顔がいいだけに残念な人だな。とは思うけれど、今はそんな事はどうでもいい。

「私一人で行けるけど」
「そう思っているのは、お前だけだ」
「でも、男性と一緒なんて……」

 そちらの方が危ないのではないのか。

 本人を前にして、口には出せないけれど。

「そういう事は考えるんだな」

 呆れたように、お父様が呟く。それは考えますよ。相手が幾つかはわからないけれど、男性だし。

 だとしたら、若い男女で一週間旅をするのよ?貞操は気になるじゃない。

 眉を寄せる私に、お父様は肩を竦めて首を横に振った。

「大丈夫だ。この方に限っては、お前を襲ったりはしない。それに行きだけだ。帰りは別の誰かに頼むから」

 きっぱりと断言する言葉に、迷いはない。

 これだけの美形だ。引く手数多だから、私になど手は出さないということだろうか?実際そう言う関係になったら困るが、話がそういうことなら少々ムカつく。

 15にもなって胸が未だに貧相なのは、私のせいではないと思うのよ。

 それとも、世間でいう『騎士病』の方だから、女性と一緒に旅をしても大丈夫ということなのだろうか。

 そうだとすれば、納得も行く。『騎士病』の方は女性に興味がないというものね。

 いずれにしろ、心配性と過保護の権化と言われるお父様が太鼓判を押す方なのだから、その方面の心配は本当にない方なのだろう。

 それに、彼に護衛してもらうっていう条件を飲まないと、どうあっても行かせてはくれないだろうし。

 だったら……。

「わかった。護衛してもらいます。じゃあアレクシス卿……」

 お願いします、と挨拶しようとしたところで、初めて彼が口を開いた。

「アレクでいい」
「!」

 美形とは声までカッコいいらしい。

 その事に驚きつつ、私は彼に向って手を差し出した。

「わかったわ、アレクね。私はエルーシア。エルでいいわ」

 握手の為の手をアレクは、少しの間見つめ、それから握り返す。

 騎士らしい固い手のひら。それだけで、彼が年齢にそぐわない経験を持っているのだと知れる。

 最初の印象が当たりだったらしい。それほどの人なのだと納得し、私は笑顔を浮かべた。

「これから暫くの間、よろしくお願いします」
「………」

 相変わらず彼は無表情のままだけど、了承を表してコクリと頷く。その時の目を見て、私は「あら?」と思う。

 顔は整いすぎて冷たいというか、拒否されているみたいな印象を受けるけれど、彼の目は敵意のない、友好的なものだ。

 これは……あれよね?

 フランクに似ているわ。

 フランクというのは、我が家の飼い犬で元軍用犬。どういうわけか、彼の行く所行くところでトラブルが置きまくる為、軍を強制的に引退させられ、今は我が家で暮らしている。

 そんな彼は、軍用犬らしい非常に強面な犬種だけれど、中身は賢い、気のいいワンちゃんだ。人間の言葉は話せないけれど、目をみれば意思の疎通はできる(多分できていると思う)。

 そのフランクにアレクは似ている。

 言葉がなくても、一緒にいると何となく分かり合える気がするし。

 勿論、人に対して飼い犬に似ているなんて事は言わないけれど。

 そんな印象のまま見れば、目の前の彼の見方も変わって来る。

 不愛想だけど、いい人そうじゃない!

 そうと判れば躊躇う事はない。

 握手した手を離し、私はその手を天に突き上げた。

「それじゃあ行きましょうか!」
「…………」

 景気づけに少し大きな声で言う私。しかし、アレクは一度天を仰ぎ、それから首を横に振った。

「え?ダメなの?何で?」

 善は急げっていうし、行動を起こすなら早い方がいいと思ったのだけど。

 首を傾げる私の疑問に答えてくれたのは、うんざりとした顔をしたお父様だった。

「そりゃあ、駄目だろう。第一に、急な話でアレクシス殿は旅の支度ができていない。第二に、この時間から出発すると、次の宿場町まで辿り着く事ができないからだろう」

 なるほど。私が勝手に予定していただけで、お父様もこの旅の事は知らなかった。そのお父様の知り合い、というアレクの準備ができていないのは当然だ。

「でも、時間に関しては、途中の村で旅人相手に泊めてくれるところがある、って聞いたけど」

 宿場町から宿場町への距離は結構ある。馬や馬車を使うなら問題はないが、徒歩、特に女性や子供の足では、日暮れに間に合わない事も多いのだそうだ。

 そんな人たちの為に、近隣の農家の中には、民泊のような形で泊めてくれる家もあるのだという。

 王都から次の宿場町の間にも、そう言う場所はあるときいたことがある。

 俄か知識を披露する私に、お父様が呆れた顔でため息を吐いた。

「きちんとした宿泊施設と、民泊を一緒にするな。確かに、農家が止めてくれるところもある。が、基本は馬小屋で、馬と一緒。他に旅人がいれば、その人とも一緒。寝具は藁で、ノミや虱とも同室だ。馬の糞尿の音も匂いも凄まじい。初日からそれで眠れるのか?」
「………」

 民泊、ハードル高いな。

 思っていた以上に過酷そうな民泊事情に、暫く考え……。私は渋々と白旗を上げた。


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