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旅は道連れ2
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というわけで。私たちが王都を出たのは、翌日の早朝。
「………馬には乗れるんだな」
出発前、荷物を積んだ馬を連れて来た私の姿に、昨日の貴族らしい服装から、実用オンリーの地味な旅装束に着替えたアレクがポツリと呟く。
服は地味だが、本日も素晴らしく美しいお顔だ。
美もある一定の基準を超えると、目立たないようにすることすら不可能なのだと、学ばせてもらったわ。
そんな事を考えつつ、私は彼の視線を追って自分の馬を見た。
白い毛並みが美しいと人に褒められる馬だけど、白馬ではなく、芦毛。元々は灰色っぽかったけど、年と共に白に変化してきた愛馬。
芦毛は白馬と違い、時に軍馬として重用されるほど頑丈な子が多いから、旅に連れて行くには最適だと思って選んだのだ。
その馬の毛並みを撫でながら、私はアレクに頷く。
「勿論よ。だって騎士の妻になるんですもの。馬くらい乗りこなせなきゃ」
本当にイザークが騎士になれるのか、一兵卒で終わるかはこの際置いておいて。
実はアレクには昨日の内に、何故ローレインに行きたいか、という理由は話してある。
婚約者のイザークが向こうにいる事。いずれ侯爵家を出て彼の妻になるのだという事、そして、最近便りがなくて心配している事も伝えた。
だから今私が『騎士の妻になる』と発言しても、彼は驚かなかった。
そんな彼に、私は得意げに続ける。
「もしかしたら、旦那様が大きなケガをして帰って来るかも知れないじゃない。病気になる時だってあるわ。そうなると、夜中に医者を呼びに行くことになるでしょう?あるいは、旦那様を連れて、助けを求めに行くこともあるかもだし」
そんな状況は無いにこしたことはないだが、万が一のことだってある。乗れないよりは乗れた方が便利だろう。
そう思って練習してきたのだ。今では、かなり上手に馬を操ることが出来る。というか、結構得意だ。
私の返事に彼は小さく「ふうん」というように頷き、「助かる」と小さく告げる。それから私のマントに手を伸ばし、フードをきちんと頭に載せてくれた。
「マスクは?」
「あ、これ?」
私が手に持ったマスクを見せると、彼は頷き、さっさと私の手からそれを奪って付けてくれる。
相変わらず無口で不愛想だが、目や眉間に薄っすら浮かんだ皺が、彼の心配を伝えてくれる。
石が敷かれているとはいえ、行程すべてに敷かれているわけではない。土の部分も多いから、フードは日よけや埃避けになるし、喉がやられる前にマスクは付けておけ、ということだろうけれど……。
もしかして、この方冷たそうな見た目に反して、かなり面倒見の良い方なんじゃない?それとも、かなりな心配性なのか。
意外な一面に驚いている間に私にマスクをつけ終えた彼は、一度私の服装を上から下まで確認し、小さく頷く。
どうやら合格らしい。
お出かけ前の小さな子供じゃないんだけど。
そんな気持ちから、ちょっと眉を寄せた私に、彼は目元を少し和らげ、それから自分の連れて来た漆黒の毛並みの馬の方へと向かう。
私の馬が近くに寄っても、怯えも威嚇もしない。悠然とした態度で一瞥しただけ。その落ち着いた態度や、見るからに大きくて頑強そうな馬体。明らかに軍馬だ。しかもかなり訓練された馬。
主人もただ者じゃなさそうなら、馬もそうなのね。
そう思いながら見ていると、馬が機嫌良さそうに私に顔を寄せてきた。
「え?あ、ありがとう」
礼を言って馬の額を掻く。どうやら懐いてくれたらしい。長い旅の友になるのだから、それはありがたいんだけど。
戸惑う私に、アレクが言う。
「家の厩の猫に似ているんだろう」
「は?」
厩の猫?確かに馬を落ち着かせるために、厩で猫を飼うとは聞いたことがあるけれど。
「猫?どこが?」
「金色の髪と、大きな青い目が似ている」
たったそれだけ?それだけで猫扱いとは!
自分はアレクをフランク扱いしている事を一瞬忘れ、唇を突き出すも、彼は私の不満を涼しい顔で躱し、それから改めてこちらを見た。
「無理そうなら言ってくれ」
「?ありがとう」
馬に乗り続けるのが無理そうなら、って事よね?そんな心配はいらないけれど。
あ、でも。
もしかしたら、この馬は二人で乗る事も想定してくれていたのかもしれない。
馬には乗れるけど、「長時間は無理」って人は結構いるものね。
だったらさっきの「助かる」という言葉は、馬に負担を強いらなくてもいいということだったのかしら?それとも、女性と同乗しなくていい安堵か。
「む?」
少し考えた後、私は結論を出す。
両方かもね。
愛馬なら、なるべく負担を掛けさせたくないだろうし、騎士病の人ならできる限り女性と接触はしたくないだろう。
そう私は一人頷く。乗馬を習っておいて良かったと。
やっぱり一緒に旅をするのなら、お互い気持ちよく過ごしたいものね。
爽やかな風が頬を擽る。周囲の田には青い麦が揺れ、畑には枝に咲いた花が、甘い香りを運んでくる。
暑くもなく寒くもない。旅をするには絶好の季節。
見上げた空は青く、天気にも恵まれている。
青い空と緑の大地。その合間に真っ直ぐに伸びる、石造りの白い道。
そこを馬の樋爪の音と共に進む。
「……………」
かっぽ、かっぽ、かっぽ。
「……………」
かっぽ、かっぽ、かっぽ。
それにしても、無口だ。そして表情もあまりない。リアクションも、以下同文。
同行者であるアレクは、初日と変わらず酷く無口で、旅程三日目になってもほとんど口をきかない。
それでも無視されている、ってわけではない。「おはよう」といえば口を開かないまでも、コクリと頷いてくれるし、時折後ろにいる私を気遣ってか、様子を見る為に振り返ってくれる。
明らかにお荷物のはずの私に、苛立つ態度もないし。突き放す様子もない。
雑談にしても、こちらが一方的に話しているように見えても、無視されているわけではない。行動や相槌の様子を見る限り、リアクションが薄いだけで一応聞いてはくれているみたい。
本当に知れば知るほど良い人なのだ。
どちらかといえば、父をはじめ男の人でもおしゃべりな人が多い中で育ったので、正直最初は無口な彼に戸惑うことも多かった。けれど、慣れてしまえば何てことはない。
それに三日も一緒にいるとわかるのだけれど、初日に感じた通り、彼はかなりな世話好きみたい。
宿泊施設に泊まる時も、部屋は勿論別なのだけれど、最初に私の部屋に入り不便がないかチェックしてくれるし、部屋が大通りに面していた時なんて、部屋を変えてもくれる。
ご飯の時も必ず一緒に食べてくれるし、街中で「美味しそう」とつい目で追ってしまった時なんかは、後から買って渡してくれたりもする。
今も……。
少し前を行っていた彼が、馬を並べてきたかと思ったら、手を伸ばしてフードの端を引っ張ってくる。
「?」
目深に被れってこと?と首を傾げると、彼が小さく呟く。
「日に焼ける」
「……ありがとう」
貴族女性は日焼けを嫌う。
シミ、そばかすは言語道断。血管が透けて見えるほど白い肌が、美しいとされているからだ。
私は騎士の妻になるのだから、そんな心配はいらないのに。
そうは思うけれど、彼が親切心からしてくれるのもわかるから、素直に礼を言う。
私の礼に小さく頷いた彼は、次に懐から小さな飴玉を出し、私に渡してくれた。
……お礼を言った時に、声がちょっと掠れていたから?って、この人とんでもなく過保護でもあるのね!
「アレクって……凄くモテるんじゃない?」
これだけの美形で、気遣いができて、優しくて。モテないわけないわよね!
半ば感心して言う私に、彼は少し考えるように首を傾げ、それから頭を左右に振る。そんな事はない、と。
「え?嘘。絶対モテるはずよ!」
変な謙遜は、かえって嫌味になるからやめてよね。
行儀が悪いと思いながらも指さすと、彼はほんの僅か眉を下げる。本当にほんの僅かだけどね。
どうやら困っているようだ。
三日もこの顔と付き合っているからわかる。というか、慣れた。人間は与えられた環境に慣れるものなのだ。うん。
そんなこんなで気まずさを感じる事もなく、本日ももうすぐ宿泊予定の街に着くという頃。
「?」
「ん?」
私とアレクは遠くで聞こえる音に気付き、同時にそちらを見る。
視線の先にあるのは、さほど高くはない山と、その裾野に広がる森。確か地図によると、隣の領からの道があったはずだ。山の裾野をぐるりと回る形で、この先の街の手前で、私たちが今いる街道と合流する。広くもないし、整備も十分ではないけれど、時間短縮の為に商隊もよく使うと聞いた。
そして、そういう道には商人たちを目当てに、盗賊も頻繁に出るという話もある。
もしかして。
アレクが唇の前で人差し指を立てて、黙することを促す。それに頷いて私も耳を澄ます。
風にのって小さく聞こえてくるのは、沢山の人の声。悲鳴なのか、歓声なのか、ここではわからない。
どうか、歓声であってくれ。
そんな私の願いも空しく、耳はその中に金属同士の触れ合う音を拾った。幼い頃から馴染んだ音。練習場で幾度となく聞いたそれは……。
「剣戟」
私の言葉に、アレクが頷く。
そして。
「………」
彼は声の聞こえている辺りを睨み、僅かに逡巡した様子を見せた。それから、何か思いを断ち切るように私を振り返る。
「行ってやりたいと思う」
伺うようにしたのは、私を心配しての事だろう。無理やり押し付けられたとはいえ、彼はお父様から『無事にローレインまで連れて行って欲しい』と私を『預かって』しまっているのだから。
けれど、そんな心配は無用だ。目の前に助けを求めている人がいる。困っている人を騎士が見捨てないのは当たり前。何をためらう事があると言うの。
「当り前でしょう!聞くまでもないわ!とっとと行くわよ!」
彼の言葉に、私は馬の首をそちらに向けると、腹を蹴った。
すぐさま走り出す馬。その馬に彼の馬が並走する。
「すまない……」
「謝る必要はないわ!騎士が騎士としての務めを果たす。当然よ!」
私の返事は彼の予想と違ったのか、彼は珍しく驚いた表情を見せる。それも一瞬。彼はすぐにいつもの無表情に戻ると、前を向き、僅かに私の馬の前に出ながら口を開く。
「絶対に、守るから」
力強い宣言。その言葉の強さに、私は自然に微笑んで頷いた。
「………馬には乗れるんだな」
出発前、荷物を積んだ馬を連れて来た私の姿に、昨日の貴族らしい服装から、実用オンリーの地味な旅装束に着替えたアレクがポツリと呟く。
服は地味だが、本日も素晴らしく美しいお顔だ。
美もある一定の基準を超えると、目立たないようにすることすら不可能なのだと、学ばせてもらったわ。
そんな事を考えつつ、私は彼の視線を追って自分の馬を見た。
白い毛並みが美しいと人に褒められる馬だけど、白馬ではなく、芦毛。元々は灰色っぽかったけど、年と共に白に変化してきた愛馬。
芦毛は白馬と違い、時に軍馬として重用されるほど頑丈な子が多いから、旅に連れて行くには最適だと思って選んだのだ。
その馬の毛並みを撫でながら、私はアレクに頷く。
「勿論よ。だって騎士の妻になるんですもの。馬くらい乗りこなせなきゃ」
本当にイザークが騎士になれるのか、一兵卒で終わるかはこの際置いておいて。
実はアレクには昨日の内に、何故ローレインに行きたいか、という理由は話してある。
婚約者のイザークが向こうにいる事。いずれ侯爵家を出て彼の妻になるのだという事、そして、最近便りがなくて心配している事も伝えた。
だから今私が『騎士の妻になる』と発言しても、彼は驚かなかった。
そんな彼に、私は得意げに続ける。
「もしかしたら、旦那様が大きなケガをして帰って来るかも知れないじゃない。病気になる時だってあるわ。そうなると、夜中に医者を呼びに行くことになるでしょう?あるいは、旦那様を連れて、助けを求めに行くこともあるかもだし」
そんな状況は無いにこしたことはないだが、万が一のことだってある。乗れないよりは乗れた方が便利だろう。
そう思って練習してきたのだ。今では、かなり上手に馬を操ることが出来る。というか、結構得意だ。
私の返事に彼は小さく「ふうん」というように頷き、「助かる」と小さく告げる。それから私のマントに手を伸ばし、フードをきちんと頭に載せてくれた。
「マスクは?」
「あ、これ?」
私が手に持ったマスクを見せると、彼は頷き、さっさと私の手からそれを奪って付けてくれる。
相変わらず無口で不愛想だが、目や眉間に薄っすら浮かんだ皺が、彼の心配を伝えてくれる。
石が敷かれているとはいえ、行程すべてに敷かれているわけではない。土の部分も多いから、フードは日よけや埃避けになるし、喉がやられる前にマスクは付けておけ、ということだろうけれど……。
もしかして、この方冷たそうな見た目に反して、かなり面倒見の良い方なんじゃない?それとも、かなりな心配性なのか。
意外な一面に驚いている間に私にマスクをつけ終えた彼は、一度私の服装を上から下まで確認し、小さく頷く。
どうやら合格らしい。
お出かけ前の小さな子供じゃないんだけど。
そんな気持ちから、ちょっと眉を寄せた私に、彼は目元を少し和らげ、それから自分の連れて来た漆黒の毛並みの馬の方へと向かう。
私の馬が近くに寄っても、怯えも威嚇もしない。悠然とした態度で一瞥しただけ。その落ち着いた態度や、見るからに大きくて頑強そうな馬体。明らかに軍馬だ。しかもかなり訓練された馬。
主人もただ者じゃなさそうなら、馬もそうなのね。
そう思いながら見ていると、馬が機嫌良さそうに私に顔を寄せてきた。
「え?あ、ありがとう」
礼を言って馬の額を掻く。どうやら懐いてくれたらしい。長い旅の友になるのだから、それはありがたいんだけど。
戸惑う私に、アレクが言う。
「家の厩の猫に似ているんだろう」
「は?」
厩の猫?確かに馬を落ち着かせるために、厩で猫を飼うとは聞いたことがあるけれど。
「猫?どこが?」
「金色の髪と、大きな青い目が似ている」
たったそれだけ?それだけで猫扱いとは!
自分はアレクをフランク扱いしている事を一瞬忘れ、唇を突き出すも、彼は私の不満を涼しい顔で躱し、それから改めてこちらを見た。
「無理そうなら言ってくれ」
「?ありがとう」
馬に乗り続けるのが無理そうなら、って事よね?そんな心配はいらないけれど。
あ、でも。
もしかしたら、この馬は二人で乗る事も想定してくれていたのかもしれない。
馬には乗れるけど、「長時間は無理」って人は結構いるものね。
だったらさっきの「助かる」という言葉は、馬に負担を強いらなくてもいいということだったのかしら?それとも、女性と同乗しなくていい安堵か。
「む?」
少し考えた後、私は結論を出す。
両方かもね。
愛馬なら、なるべく負担を掛けさせたくないだろうし、騎士病の人ならできる限り女性と接触はしたくないだろう。
そう私は一人頷く。乗馬を習っておいて良かったと。
やっぱり一緒に旅をするのなら、お互い気持ちよく過ごしたいものね。
爽やかな風が頬を擽る。周囲の田には青い麦が揺れ、畑には枝に咲いた花が、甘い香りを運んでくる。
暑くもなく寒くもない。旅をするには絶好の季節。
見上げた空は青く、天気にも恵まれている。
青い空と緑の大地。その合間に真っ直ぐに伸びる、石造りの白い道。
そこを馬の樋爪の音と共に進む。
「……………」
かっぽ、かっぽ、かっぽ。
「……………」
かっぽ、かっぽ、かっぽ。
それにしても、無口だ。そして表情もあまりない。リアクションも、以下同文。
同行者であるアレクは、初日と変わらず酷く無口で、旅程三日目になってもほとんど口をきかない。
それでも無視されている、ってわけではない。「おはよう」といえば口を開かないまでも、コクリと頷いてくれるし、時折後ろにいる私を気遣ってか、様子を見る為に振り返ってくれる。
明らかにお荷物のはずの私に、苛立つ態度もないし。突き放す様子もない。
雑談にしても、こちらが一方的に話しているように見えても、無視されているわけではない。行動や相槌の様子を見る限り、リアクションが薄いだけで一応聞いてはくれているみたい。
本当に知れば知るほど良い人なのだ。
どちらかといえば、父をはじめ男の人でもおしゃべりな人が多い中で育ったので、正直最初は無口な彼に戸惑うことも多かった。けれど、慣れてしまえば何てことはない。
それに三日も一緒にいるとわかるのだけれど、初日に感じた通り、彼はかなりな世話好きみたい。
宿泊施設に泊まる時も、部屋は勿論別なのだけれど、最初に私の部屋に入り不便がないかチェックしてくれるし、部屋が大通りに面していた時なんて、部屋を変えてもくれる。
ご飯の時も必ず一緒に食べてくれるし、街中で「美味しそう」とつい目で追ってしまった時なんかは、後から買って渡してくれたりもする。
今も……。
少し前を行っていた彼が、馬を並べてきたかと思ったら、手を伸ばしてフードの端を引っ張ってくる。
「?」
目深に被れってこと?と首を傾げると、彼が小さく呟く。
「日に焼ける」
「……ありがとう」
貴族女性は日焼けを嫌う。
シミ、そばかすは言語道断。血管が透けて見えるほど白い肌が、美しいとされているからだ。
私は騎士の妻になるのだから、そんな心配はいらないのに。
そうは思うけれど、彼が親切心からしてくれるのもわかるから、素直に礼を言う。
私の礼に小さく頷いた彼は、次に懐から小さな飴玉を出し、私に渡してくれた。
……お礼を言った時に、声がちょっと掠れていたから?って、この人とんでもなく過保護でもあるのね!
「アレクって……凄くモテるんじゃない?」
これだけの美形で、気遣いができて、優しくて。モテないわけないわよね!
半ば感心して言う私に、彼は少し考えるように首を傾げ、それから頭を左右に振る。そんな事はない、と。
「え?嘘。絶対モテるはずよ!」
変な謙遜は、かえって嫌味になるからやめてよね。
行儀が悪いと思いながらも指さすと、彼はほんの僅か眉を下げる。本当にほんの僅かだけどね。
どうやら困っているようだ。
三日もこの顔と付き合っているからわかる。というか、慣れた。人間は与えられた環境に慣れるものなのだ。うん。
そんなこんなで気まずさを感じる事もなく、本日ももうすぐ宿泊予定の街に着くという頃。
「?」
「ん?」
私とアレクは遠くで聞こえる音に気付き、同時にそちらを見る。
視線の先にあるのは、さほど高くはない山と、その裾野に広がる森。確か地図によると、隣の領からの道があったはずだ。山の裾野をぐるりと回る形で、この先の街の手前で、私たちが今いる街道と合流する。広くもないし、整備も十分ではないけれど、時間短縮の為に商隊もよく使うと聞いた。
そして、そういう道には商人たちを目当てに、盗賊も頻繁に出るという話もある。
もしかして。
アレクが唇の前で人差し指を立てて、黙することを促す。それに頷いて私も耳を澄ます。
風にのって小さく聞こえてくるのは、沢山の人の声。悲鳴なのか、歓声なのか、ここではわからない。
どうか、歓声であってくれ。
そんな私の願いも空しく、耳はその中に金属同士の触れ合う音を拾った。幼い頃から馴染んだ音。練習場で幾度となく聞いたそれは……。
「剣戟」
私の言葉に、アレクが頷く。
そして。
「………」
彼は声の聞こえている辺りを睨み、僅かに逡巡した様子を見せた。それから、何か思いを断ち切るように私を振り返る。
「行ってやりたいと思う」
伺うようにしたのは、私を心配しての事だろう。無理やり押し付けられたとはいえ、彼はお父様から『無事にローレインまで連れて行って欲しい』と私を『預かって』しまっているのだから。
けれど、そんな心配は無用だ。目の前に助けを求めている人がいる。困っている人を騎士が見捨てないのは当たり前。何をためらう事があると言うの。
「当り前でしょう!聞くまでもないわ!とっとと行くわよ!」
彼の言葉に、私は馬の首をそちらに向けると、腹を蹴った。
すぐさま走り出す馬。その馬に彼の馬が並走する。
「すまない……」
「謝る必要はないわ!騎士が騎士としての務めを果たす。当然よ!」
私の返事は彼の予想と違ったのか、彼は珍しく驚いた表情を見せる。それも一瞬。彼はすぐにいつもの無表情に戻ると、前を向き、僅かに私の馬の前に出ながら口を開く。
「絶対に、守るから」
力強い宣言。その言葉の強さに、私は自然に微笑んで頷いた。
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