無口な騎士は思い込み娘がお好き

白野佑奈

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旅は道連れ3

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 街道から逸れ、あまり整備されていない道を駆け抜けると、その先に少し広くなった場所がある。

 土がむき出しの場所だけれど、表面は比較的平らで、下草も少ない。

 恐らく休憩の場所として使われてきたのだろう。だがそれ故に、野盗には狙われやすそうな場所。そこは今、大変な状況にあった。

 木々の合間で、身を寄せ震える女性や子供。襲われ、倒れた複数の馬車。興奮する馬たち。散乱する荷物。

 どうやら、旅の商隊が襲われたようだ。

 火花が散るほど激しく、剣を合わせる数十人の男たち。

 立ち上る土煙。口汚い怒号。悲鳴。絶叫。

 地に伏す人達。草や土の匂いに紛れる、濃い血の匂い。

「ここで待っていろ!」

 彼らの姿を視認するや否や、そう言いおいて、アレクは躊躇することなく、馬ごとその場に突進していく。

 新たな敵の出現に、野盗らしい恰好の男たちが驚き、すぐに身構える。が。

「……え?すごくない?」

 上がる絶叫と血しぶきから、アレク剣を抜いたのはわかった。が、彼が剣を鞘から抜き、構え、攻撃するという当たり前の動作が見えなかった。

「早い……?」

 いや、早いなんてもんじゃない。瞬き一つの間に、三人程が地に伏している。

 アレクの身のこなしや態度から、結構な手練れだとは想像していたけれど、これは想像以上だ。というか、噂に聞く剣聖を通り越して化け物に近い。

 あまりの実力に、本能からか逃げ出そうと背を向けた何人かも、次の瞬間には地に伏している。絶叫すら上げる暇もない。

 これでは逃げ出す事もできない。

 それは相手にも分かったのだろう。それでも彼から距離のあった何人かが身を翻し、木々の合間に避難していた女性たちの所へと走る。

 まずい!人質を取られる!

 すぐに察した私は馬を降りてそちらに走り、剣を抜いて彼らの間に走り込み、彼らの剣を弾いて一人を退ける。だが、敵は複数。

 他の敵が近くの女性の腕を掴もうとするのを、体をねじ込んで阻止するも、男の持つ剣の鞘が私の頬を掠る。

 瞬間感じたのは、痛みよりも熱。でも、かすり傷だとわかっていた。だから剣を振り上げた相手の脇を狙って剣を構えた。

 その時。

 ドシュッという音と共に、突然、目の前の男の額から矢じりが生える。

「え?」

 矢じり?何で?

 そう思ったのは敵も同じだっただろう。目を見開いたまま、男が横に崩れ落ちてくる。

 突然の状況に、男の隣にいた別の男が、倒れていく仲間の腕を咄嗟に取ろうとして、手を伸ばす。その瞬間、僅かに横を向いた男が二本目の矢に蟀谷を射抜かれた。

 先ほどの男同様、何が起こったのかわからない。そんな風に一瞬不思議そうな顔をした男が、そのまま仲間の男と共に地面に倒れ伏す。

 その様子を見ていた周囲にいた者は、敵も味方もなく、皆一斉に動きを止めて、倒れた男たちに視線を移し、それから恐る恐るといった風に背後を振り返った。

 この矢が飛んできた方向。

 少し前には、まだ二十人近くいたはずの野盗たちは全て地に伏し、その内何人かはすでに事切れている。先ほどまでとは、比べ物にならないほどの血で汚れた地面。

 皆が動きを止めた事で、舞い上がっていた土煙が風に攫われていく。クリアになっていく視界。その中に、馬上で弓を構えるアレクがいた。

 大きな黒い馬。所々血の付いたマント。被っていたフードは動いている内に外れたのか、黒い髪と秀麗な美貌が露になっている。

 手に持つ弓にはすでに新しい矢がつがえられ、次の獲物を狙っている。

 その目はいつものアレクと違う。

 表情よりも、雄弁に自身の気持ちを語る彼の瞳。常に静かな落ち着きを見せていた……。

 命のやり取りをする場では、彼はこんな目をするのだ。

 恐ろしいほどの殺気を含む真っ直ぐな視線は、機械的で冷たいからこそ、人としての一切の情を感じない。

 人を殺す事に躊躇いがない。それが今のアレクだ。

 動けば殺される。

 野盗たちが瞬時に悟る。とても太刀打ちのできる相手ではないと。

 彼らとて、相当な時間、命のやり取りをする荒事で生活をしてきたのだ。僅差の実力ならともかく、圧倒的な力の差は本能に近い部分で理解できる。

 争っても死、降伏しても近くの町の自警団に引き渡され、縛り首。二つの選択の内、前者を取れば百パーセント死ぬが、後者ならばあわよくば……。

 頭の中で計算し、少しでも生存確率の高い方を選択したのだろう。男たちは、その状態のままそれぞれ剣を落とし、両手を上げて降伏の意思を見せた。

 それをうけて、やられていた方の男たちが一斉に彼らを捕縛していく。肩の力を抜いてそれを見守っていると、馬から降りたアレクが真っすぐにこちらに歩いてきた。

「?」

 どうしたのかしら?表情が硬いのだけど。

 先ほどまでの殺気はなく、心なしか眉尻も下がっているし。

 疑問に思っている間にも彼は側に寄って来て、私の頬に触れた。その途端、小さな痛みが走る。

「痛っ!」

 そう言えば忘れていたけれど、さっきかすり傷ができたはず。

 私の声にアレクは一瞬手を止め、それから今度は顔を寄せてきた。

「は?」

 ペロリ。

 柔らかく温かい何かが、私の頬に触れる。

 すぐにそれがアレクの舌だと知り、私は驚いて飛び上がった。 

「アレク…!貴方本当の犬じゃないんだから!」

 だって舌よ?舌。普通ありえないでしょう?

 いきなり人の頬を舐めるなんて事をするのは、犬のフランクくらいよ。

 時に、訓練中の擦り傷の事を「そのくらい、舐めて置けば治る!」という人もいたけれど。あれだって、あくまで自分で自分の傷を舐めろという事で、他人が舐める事は想定していないと思う。

 ……よほどの関係じゃなければ、舐める方も舐められる方も嫌だろうし。

 というか、舐めるより先に消毒しなさいよ、だよね。

 確かにアレクの事は、フランクに似ているとは思っていたけれど、行動まで同じとは思わなかった。

 しかし、驚いているのは私だけじゃないようで、舐めた彼の方も目を見開いている。

 ということは、今の行動は無意識の行動って事?

 無意識で他人の傷を舐められるって、一体どんな環境で育ったのかしら?

 なまじ顔がいいだけに、心配だわ。こんな事をされたら、絶対に誤解する人だって出て来るだろうから。

 ついでだから、忠告でもしておいた方がいいかしら?

 そう思い口を開きかけた私を制し、先に彼が口を開く。

「……すまない」
「え?」

 無断で頬を舐めた事?と思ったが、違うらしい。

「必ず守るって言った」

 ああ、その事。

「守ってくれたじゃない」

 私と対峙していた相手を倒したのは、アレクの放った弓だった。

 私の言葉に、彼は再び手を上げ、今度は傷口に近い部分に、そっと触れた。壊れ物に触れるみたいに慎重に。

「傷……」

 珍しく下がりきった眉の下で、綺麗な青色の瞳が揺れる。その中にちらちらと見えるのは、複雑な感情。

 それを読み取ろうとしていると、彼は手を伸ばし、私の頭を自分の胸に引き寄せた。

「え?」
「ごめん」

 驚く私の頭の天辺に、囁かれる謝罪。

 その声に、「ああ」と思う。

 突然の行動には驚くけれど、頭では何となく理解していた。

 『守る』と言った彼は、ケガ一つなく私を『守る』つもりだったのだろう。そして、彼の実力からいって、それは可能だった。なのに。

 できると確信した事が、できなかった。

 己の過信と油断。

 それを目の前に突きつけられて、ショックなのだろう。

 私が勝手に動いたからなのに。そんなに責任を感じるような事でもないのに。

 だが、そうだとしても、それは彼にとっての慰めにはならないのはわかっている。

 彼は己で決めた『任務』というか、『目標』をクリア出来なかったのだから。

 そういう人達は、悔しいと思う自分を他人に見せたくないし、見られることを良しとしない。

 訓練場にいた若い騎士たちの中にも、そういう人は何人かいた。

 だから。

 多分彼は、今の自分を私に見せたくなかったのだろう。だから抱き寄せる事で、私の視界を遮ったのだ。

 少年らしい潔癖さに、私は微笑み、彼の肩に腕を回してポンポンと叩く。

 大丈夫。と。

 慰めと、精一杯の感謝を込めて。


 
 

 暫くそうしていた私たちだが、不意にガサっと落ち葉を踏む音がしてそちらを見ると、青ざめた顔の男の子がいる。

 服の感じから、商隊の誰かの子供だろう。

 その子は腰が抜けた状態で、動くに動けずにその場にいたらしい。

「あ、大丈夫?」

 慌てて彼の傍に膝を付き様子を見るけど、ケガらしいケガは見当たらない。多分、戦闘に驚いて腰を抜かしてしまったようだ。

 小さな子供に血を見るような乱闘は、やはり刺激が強かったのだろう。

 この状態なら仲間の死も間近にみているだろうし、考えたくはないが、もしかしたら身内だって……。

 私たちが来なければ、もっと沢山の死を見たかもしれない。

 こんな子供が。

 痛ましく思い子供の顔を見ると、彼の目が見開いたままアレクを見上げていることに気づく。その目に浮かぶのは恐怖の色で……。

「驚かせてごめんね。大丈夫よ。アレクは皆を助けてくれたの。怖い人でも悪い人でもないわ。優しい頼れる人よ」

 私は慌てて宥めながら、男の子の背をゆっくりと撫でる。

 それでも、アレクから滲み出る闘気の名残に、男の子の目から自然に涙が溢れてくる。

 どうしようか、と思った時アレクがくるりと背を向けた。

「商隊の奴と話してくる」
「え、ええ」

 場を外すから、その間に男の子を落ち着かせろということだろう。

 不愛想で無口だけど、優しい人なのよね。

 この場のヒーローなんだから、もっと偉そうにしてもいいと思うんだけど。

 離れていく背を見送りながら頷くと、じきに近くから必死に子供の名を呼ぶ声がした。


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