無口な騎士は思い込み娘がお好き

白野佑奈

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辺境地にて6

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「………マグロはないのね」
 
 名前が名前だから、マグロ専門店かと思いきや、ざっと見た所メニューの中にマグロはない。
 
 だったら何故、店の名前はマグロ亭なのか。ついでに看板に描かれていたシャチもない。
 看板と言い、店名といいメニューといい色々と謎な店だな。そんな事を考えながらメニューを見ると、下の方に『鰻』の文字を見つけた。

「鰻。珍しい」


 王都は内陸にある関係上、海産物は少ない。けれど、淡水でも何とかなる鰻や、ドジョウなんかは極まれに手に入る事もある。もっとも、需要があまりないから数は少ないし、平民の食べ物と呼ばれているから、貴族の食卓に上がる事は全くと言っていいほどない。

 それでも私は鰻を知っていた。というか、好物の一つといってもいい。

「私、鰻にしようかな」

 私が『鰻』を指さすと、アレクは珍しくぎょっとした顔になり、勢いよく首を横に振る。

 すごい。首が?げそうなくらい激しく振っているわ。というか、私の言葉にアレクだけじゃなく、近くのテーブルの人たちまでも、身を乗り出して首を横に振っている。

「お嬢さん、ここらの人じゃないね?悪い事は言わない。アレは止めておいた方がいい」
「アレはきついから……」
「?え?だって美味しいよ?醤油の匂いと甘辛いタレで……」

 もしかして、ここでは違うのだろうか?

「タレなんてもんは、ないよ。あれは、ぶつ切りにした鰻を塩と水で似て、冷まして、煮凝り状態になったのを食べるもんだから」

 ほら、あれだよ、あれ。

 必死の形相で私を止めていたご老人が、オープンキッチンになっている厨房を指さす。

 そこにドーンと鎮座する大鍋。

 中はどうやらスープではなく、ゼリー状に固まっているらしく、そこに突き刺さったような鰻らしき細長いものがいくつも見える。鰻の針山状態とでもいえばいいか。

「…………」

 中々衝撃的なビジュアルだ。

 言葉を失い固まった私に、周囲の人が同情するような視線を向けてきた。

「いいかい、お嬢さん。アレだけは止めときな。アレは料理じゃない。生臭いし、味は最低だ。精だけはつくって話だから、どうしてもって時に食べる、選択肢のない薬みたいなもんだ」

 重々しい老人の言葉に、皆一様に頷く。どうやら見た目のみならず、味もかなりヤバいものらしい。アレクの方を見ると、彼も真剣な表情で頷いている。

 本当に、初心者にはハードルの高い料理のようだ。

 ここは大人しく、地元民の意見を採用した方が良いだろう。私が頷くと、ようやく彼らはほっとしたのか、再び各々のテーブルに戻っていく。

「所違えば、調理法も違うのね……」

 受け止めきれない衝撃に、心を乱している私を他所に、初心者には任せられないと判断したのか、アレクが何品か注文をする。

 量が心配だったけれど、シェアすればいいと彼は言う。シェアすれば、色々な料理を少しずつ何品かで楽しめるからと。

 相変わらず、優しいのよね。

 それにしても頼みすぎだとは思うけど。

 テーブルにずらりと並んだ皿、皿、皿。

 その中でも特に驚いたのは、カルパッチョ。生の魚だから新鮮な内しか食べられない。王都住まいの私にとっては珍しいもの。

 他にもアクアパッツァや、ペスカトーレもシェアしたが、何より珍しかったのは、土の器に入れて蒸し焼きにした牡蠣。生牡蠣だと、万が一の事があるからと、アレクはこちらを勧めてくれた。

「美味しい」

 器ごと出され、アレクが手早く殻を外して渡してくれた物を一つ食べる。

 さすが海のミルク。トロリと濃く、感動ものの美味しさ。

「これも海が近いからなのね……」

 うっとりと堪能しつつ、手も口もが止まらない。マジ美味しい。

 夢中で食べていると、いつの間にかアレクが手を止めてじっと私を見ている。

 透き通るみたいに綺麗な青色の瞳。

 何?何なの?

 いつもなら読める彼の心が読めない。

 困惑して首を傾げると、彼ははっとしたように背を伸ばし、それから幾分赤い顔をして乱れてもいない自分の前髪を撫でた。そして。

「……ローレイン……特にマルペールは海が近い。魚介類も豊富にあるし、貿易も盛んだ」
「うん」
「魚……口に合うか?」

 唐突に話し出したかと思えば、聞くのはそれ?と思いつつ、私は頷く。

「うん。めっちゃ美味しい!」
「そうか」

 お世辞ではなく、本当に美味しい。

 もっと生臭いものかと思っていたけれど、新鮮だからか臭みなんてほとんどないし。あったとしても、様々な香辛料やニンニクなどが使われているものもあるから、まったく気にならない。

 即答した私に、珍しくアレクがほっと息を吐く。

 郷土料理だから連れて来てくれたのだろうけれど、食べなれない物を食べさせてしまったかと、心配だったのだろうか。割と好き嫌いはない方だから、そんな心配いらないのに。

 彼を安心させるように、にっこり笑い、私は目の前の、アクアパッツァなる料理を指さした。

「これなんて、初めて食べたけれど癖になる美味しさだったわ。帰ってからも食べたいけど、王都には海がないのよね。川魚でもできるかしら?」

 そう尋ねながらも、多分無理だろうな、と思う。同じ白身魚のように見えても、川のものは海のものよりずっとたんぱくで、ドライトマトの助けを借りても十分な出汁が取れるとは思えない。

 案の定彼は少し考え、首を横に振った。

「食べたければ、ここで食べればいい」
「でも……」

 ここに来るまでにかかる時間は、片道一週間。金銭面はともかく、道中の安全面や日数的にそうそう来られる場所ではない。下手をすればこれが最後になるかもしれないのだ。

「俺に言えばいい」
「アレク……」

 顔見知りになったのだから、訪ねてこい。ということかしら。親しい友人のように。

 そう思われているなら嬉しいし、それが単なるリップサービスだったとしても、やっぱり嬉しい。極端なほど無口な彼がここまで言ってくれた。それがどんなに凄い事なのかわかるから。

「ありがとう」

 感謝の言葉は自然に口から零れ出た。

 その言葉に彼は目を細め、それから幾分いいにくそうに思いがけない事を口にした。

「その……」
「ん?」
「今夜、家に来てくれないか?」
「え?」

 家って、アレクのお家よね。え?

「ああ、違う。家族と同居だから、二人きりにはならないから」

 不埒な事を考えて固まる私に、急いで彼が訂正する。

 そうよね。ああ、びっくりした。大体、私とアレクじゃそういう雰囲気にだってならないのに。何かしら?自意識過剰ね、私。

 反省しつつ、彼を見ると、彼は止まっていた手を動かしながら告げる。
「明日にはここを発つから……」
「!」

 そうよね。王都に『帰る』私はともかく、彼はまた家族と離れてしまうのだから、少しでも一緒にいたいと思っていても不思議はない。

 でも、心配症な所もある彼は、私を知らない人ばかりの所に放り出す事もできない。

 だったら、家族と一緒にいてもらえば、家族との時間も増えるし、目の届く所に私がいれば、心配することもない。……ということなのだろう。

 そう言う事なら、私も協力しなくては。

 大きく頷いた私に、彼がホッとした様子で、肩から力を抜く。

 まあでも、そこまで心配してくれなくても、大丈夫なんだけどね。



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