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学園にて2
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「は?寝取る?」
突然意味の分からない事を言われ、目が丸くなる。
「寝取ったんだろ?実際さ。婚約者のいる相手に、色目使うなんてどうかしているだろ?婚約だって、父親に言って無理やり結ばせたっていうじゃないか」
侮蔑を隠さない表情と口調。真正面からそれを受けて、私は首を傾げた。
寝取る?婚約者がいる人を?父親に言って婚約した?
誰の事?私の事?って……待って。婚約者がいる人と婚約したってことよね。じゃあ、それって……。
「アレクって婚約者がいたの?」
驚いて尋ねた言葉に、相手は一瞬顎を引き、それから頷いた。
「しらばっくれなくていいぜ?あんたがアレクシスに横恋慕して、父親の権力使って元々決まっていたアレクシスの婚約をダメにして、新しく婚約者になったなんて話、学園中知らない奴なんていないんだし」
「そうなのっ?」
「えっ……あ、ああ」
驚いた。アレクってばそんな事情があったの?
っていうか、そんな話が広がっていたなんて。
それは、無視されるわけだわ。誰だって、婚約に横槍を入れるような女とは関わりたくないだろう。特に、貴族ばかりのこの学園では、婚約者のいる人は多いだろうし。
やっと原因がわかって、納得できた。
「で、その元婚約者ってどなたなの?」
すっきりした気分で尋ねる私に、目の前の男は幾分鼻白み、それから彼らと一緒に現れた先ほどの女子生徒の方を見た。
「あんたも知っているだろう?リーゼだよ!」
リーゼと呼ばれた彼女は、小さくて細くて、髪もフワフワで、どこか小動物を思わせる人だった。
私が視線を向けただけで、びくりと大きく肩を揺らす。……見た目だけでなく、中身も小動物系なのね。
彼女は彼らに守られるように、私の正面から右に二つほど離れた椅子に座っている。
「おいっ!怖がらせるなよ!リーゼは繊細なんだからな!」
彼女の隣に座る男が、肩の揺れに気付いたのか、こちらを睨みつける。……まあ、怖くはないけど。
幼い頃から、彼らのような見習いではない、本物の騎士や兵士に囲まれて育ったのだ。彼らの恫喝など、毛ほども気持ちが揺らがない。それよりも。
「えーっと、リーゼ様ですね。リーゼ様は、アレクの婚約者だと」
「だからそう言っているだろう?何聞いてたんだよ!」
私の確認に、リーゼ様ではなく、私の隣に陣取った男が声を荒げる。いや、彼女が繊細だから怖がらせるな、って言ったのそっちでしょうが。どっちが怖がらせてるのよ。
しかし、改めて彼らと彼女を見比べれば、どちらが早く情報をくれるかなんて、自明の理。
それが判れば、私は彼女ではなく、彼らに問いかけた。
彼女は何者なのか、と。
すると、一度口を閉ざした彼らは、次には競うように彼女の事を話してくれた。どうやらこのグループは、姫と五人の護衛たちのようだ。誰が一番姫の事を知っているか。彼等は無意識にも張り合って、彼女の個人情報を晒す、晒す。
騎士科に通っていても、絶対機密保持遵守の騎士には向いていない人たちだな。
そう思いつつも、教えてくれた情報によると、この小動物のようなリーゼ様は辺境伯の一門の人らしい。とはいえ、血縁とも呼べない一門の中でも末席の家。貴族は貴族なんだろうけど……。
とにかく、彼女とアレクは幼馴染で、小さな頃からお互いを想いあっていたのだそうだ。
いつか一緒になろうと誓い合った仲。
アレクとは、領主の息子と末席貴族の娘という事で今は身分違いだけれど、彼が騎士になれば身分差もなくなる。その時に結婚するという話だったらしい。
だから学園にも一緒に通い、去年までは騎士科にいたアレクに会う為に、練習場に日参していたのだとか。
そんな二人は学園で公認のカップル、として級友たちにも認められていたのだそう。
それなのに、ある時、アレクに横恋慕した侯爵令嬢(わたしだ)が父の権力にものを言わせ、二人の仲を裂き、彼と婚約してしまった。
二人は泣く泣く別れ、長い間騎士を目指していたアレクは、自分の夢を捨てなければならなかった。
「俺たちは、二人の仲を応援していたのに」
憎々し気に彼らは言うが、こうして親衛隊みたいなグループを作り、いつかは他の皆を出し抜いてやろうと考えている人たちが応援って。白々しいんだけど。
「あんたが、騎士が嫌だからって、無理やり領主も押し付けたんだろう?アレクシスにとって、騎士って夢だったんだぜ?俺たちだって、あいつの強さに惚れて、将来あいつが率いる隊に入りたいって頑張ってたのによぉ」
「アイツに夢諦めさせて、好きな女諦めさせる権利、あんたにあるのかよ!」
前の席の男と、隣の男。主に二人が話しているのだが、彼らの話に他のメンバーも重々しく頷く。どうやら彼らの不満は、彼らの姫の婚約破棄だけではなかったようだ。
そこまでの話はわかった。わかったけれど……。
「それで、私にどうして欲しいわけ?」
できれば、先に要望を伝えて、それからその理由を聞きたいのだけど。
首を傾げる私を、彼等は一瞬呆気に取られた表情で見返し、それから眉を逆立てた。
「どうして欲しいって!あんたここまで聞いても反省なしかよ!」
「とんでもなく図々しい女だな!」
「リーゼが可哀そうだと思わないのかよ!」
彼らは激昂したのか、唾を飛ばさんばかりに口々に罵声繰り返す。つくづく料理が来る前で良かった。
「そりゃあ、可哀相だって思うわよ」
長年、想いを寄せていた婚約者と別れたのだ。彼女の立場は自分と重なる所があるから、気持ちは分かるつもりだ。わかるからこそ、ここから先どうしたいのかを聞いたのだ。
「リーゼ様はアレクとやり直したいから、私に別れろ、ってこと?」
直接本人に尋ねると、彼女は小さく頷く。
「そちらの話によると、アレクは権力で仕方ないとはいえ、貴女を裏切った相手なのに?」
どうしても一緒になりたかったなら、駆け落ちと言う手もあっただろう。アレクほどの腕があれば、どこの領軍だって、国軍にだって入れただろうし。
なのに、彼女の話だと、アレクはそこまでしようとしていない。
これを彼女は、裏切りだと感じないのだろうか。
私の質問に彼女は首を傾げるだけだった。けれど、この騒ぎを見ていた周囲の人、特に女性は私の言っている意味に気が付いて頷いた。
「そうよね。取り敢えず奪った相手に文句はいいたいけど、だからって元サヤはないわ」
誰かが呟けば、他の人が頷く。
「私もないかな……。だってそれが本当なら、すでに恋人より権力を取っているわけだし」
「噂では、婚約前に二人で一週間の旅に出ていたのよね。その段階で私は無理かな」
ぼそぼそとした声が、どんどんと大きくなっていく。その声を遮るように、リーゼ様が声を上げた。
「私は……私はアレクシス様と一緒になれればいいんですっ!」
その声に周囲が一瞬静まる。
つまり、これが彼女の意思という事か。
『ないわー』という女性の視線の中、騎士科の連中が再び口を開く。
「聞いたか!この健気さ!さすがリーゼだ」
「お前がいくら悪魔の言葉で迷わそうと、無駄無駄」
男性目線では、これが『健気』になるらしい。
裏切っても自分だけを想ってくれている。これが男性のいう『健気』であり、理想なのだろうか。
そこを突っ込みたい気持ちを押さえ、私はさらに彼らに尋ねた。
「で、貴方たちは何をしたいの?」
彼女の要望はわかった。というか理解した。
じゃあ次は、という事で私は彼らを見回した。
その視線に、彼らは何故か一瞬怯み、それから互いを見回した後口を開く。
「お、俺たちは、あんたがアレクを諦めてくれたらって思って……」
「それだけの為に、こんな大人数で?」
「それは……」
「誰か一人できて、手柄がその人だけになるのが嫌だった?だったら皆で行こうって?それとも男がこれだけいたら、私がビビって承諾すると思った?」
「………」
矢継ぎ早の質問に、彼等は互いの顔を見て黙り込む。
そんな彼らに、私たちの様子を見ていた誰かが小さく「だっせー」と笑う。その声に、顔を赤くした目の前の男が吠えた。
「うるせぇな!そうだよ!いう事聞かせたかったんだよ!お前が悪いんだからな!悪い事したんだからな!」
「そ、そうだ!あんまり生意気な口きくと、まわすぞ!」
「俺たちは力ずくだっていいんだからな!」
怒鳴る事で、調子が乗って来たのだろう。複数だという事もあるかもしれない。彼等は次第に余裕を取り戻し、ニヤニヤとした笑いを浮かべ出した。
「あんたもさ、どうせ男に不自由してたってだけなんだろう?だったら、俺たちが遊んでやってもいいんだぜ?」
隣の男が机に肘を付き、こちらを見る。
その途端、目の前の男が爆笑した。
「おい、マジかよ、お前ぇ」
「え?だって結構可愛い顔してるし、何たって将軍の娘だぜ?ワンちゃん出世だって見込めるかもじゃーん」
「何だよそれ」
彼の答えに、周りが下品な笑い声を上げた。その時
突然意味の分からない事を言われ、目が丸くなる。
「寝取ったんだろ?実際さ。婚約者のいる相手に、色目使うなんてどうかしているだろ?婚約だって、父親に言って無理やり結ばせたっていうじゃないか」
侮蔑を隠さない表情と口調。真正面からそれを受けて、私は首を傾げた。
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誰の事?私の事?って……待って。婚約者がいる人と婚約したってことよね。じゃあ、それって……。
「アレクって婚約者がいたの?」
驚いて尋ねた言葉に、相手は一瞬顎を引き、それから頷いた。
「しらばっくれなくていいぜ?あんたがアレクシスに横恋慕して、父親の権力使って元々決まっていたアレクシスの婚約をダメにして、新しく婚約者になったなんて話、学園中知らない奴なんていないんだし」
「そうなのっ?」
「えっ……あ、ああ」
驚いた。アレクってばそんな事情があったの?
っていうか、そんな話が広がっていたなんて。
それは、無視されるわけだわ。誰だって、婚約に横槍を入れるような女とは関わりたくないだろう。特に、貴族ばかりのこの学園では、婚約者のいる人は多いだろうし。
やっと原因がわかって、納得できた。
「で、その元婚約者ってどなたなの?」
すっきりした気分で尋ねる私に、目の前の男は幾分鼻白み、それから彼らと一緒に現れた先ほどの女子生徒の方を見た。
「あんたも知っているだろう?リーゼだよ!」
リーゼと呼ばれた彼女は、小さくて細くて、髪もフワフワで、どこか小動物を思わせる人だった。
私が視線を向けただけで、びくりと大きく肩を揺らす。……見た目だけでなく、中身も小動物系なのね。
彼女は彼らに守られるように、私の正面から右に二つほど離れた椅子に座っている。
「おいっ!怖がらせるなよ!リーゼは繊細なんだからな!」
彼女の隣に座る男が、肩の揺れに気付いたのか、こちらを睨みつける。……まあ、怖くはないけど。
幼い頃から、彼らのような見習いではない、本物の騎士や兵士に囲まれて育ったのだ。彼らの恫喝など、毛ほども気持ちが揺らがない。それよりも。
「えーっと、リーゼ様ですね。リーゼ様は、アレクの婚約者だと」
「だからそう言っているだろう?何聞いてたんだよ!」
私の確認に、リーゼ様ではなく、私の隣に陣取った男が声を荒げる。いや、彼女が繊細だから怖がらせるな、って言ったのそっちでしょうが。どっちが怖がらせてるのよ。
しかし、改めて彼らと彼女を見比べれば、どちらが早く情報をくれるかなんて、自明の理。
それが判れば、私は彼女ではなく、彼らに問いかけた。
彼女は何者なのか、と。
すると、一度口を閉ざした彼らは、次には競うように彼女の事を話してくれた。どうやらこのグループは、姫と五人の護衛たちのようだ。誰が一番姫の事を知っているか。彼等は無意識にも張り合って、彼女の個人情報を晒す、晒す。
騎士科に通っていても、絶対機密保持遵守の騎士には向いていない人たちだな。
そう思いつつも、教えてくれた情報によると、この小動物のようなリーゼ様は辺境伯の一門の人らしい。とはいえ、血縁とも呼べない一門の中でも末席の家。貴族は貴族なんだろうけど……。
とにかく、彼女とアレクは幼馴染で、小さな頃からお互いを想いあっていたのだそうだ。
いつか一緒になろうと誓い合った仲。
アレクとは、領主の息子と末席貴族の娘という事で今は身分違いだけれど、彼が騎士になれば身分差もなくなる。その時に結婚するという話だったらしい。
だから学園にも一緒に通い、去年までは騎士科にいたアレクに会う為に、練習場に日参していたのだとか。
そんな二人は学園で公認のカップル、として級友たちにも認められていたのだそう。
それなのに、ある時、アレクに横恋慕した侯爵令嬢(わたしだ)が父の権力にものを言わせ、二人の仲を裂き、彼と婚約してしまった。
二人は泣く泣く別れ、長い間騎士を目指していたアレクは、自分の夢を捨てなければならなかった。
「俺たちは、二人の仲を応援していたのに」
憎々し気に彼らは言うが、こうして親衛隊みたいなグループを作り、いつかは他の皆を出し抜いてやろうと考えている人たちが応援って。白々しいんだけど。
「あんたが、騎士が嫌だからって、無理やり領主も押し付けたんだろう?アレクシスにとって、騎士って夢だったんだぜ?俺たちだって、あいつの強さに惚れて、将来あいつが率いる隊に入りたいって頑張ってたのによぉ」
「アイツに夢諦めさせて、好きな女諦めさせる権利、あんたにあるのかよ!」
前の席の男と、隣の男。主に二人が話しているのだが、彼らの話に他のメンバーも重々しく頷く。どうやら彼らの不満は、彼らの姫の婚約破棄だけではなかったようだ。
そこまでの話はわかった。わかったけれど……。
「それで、私にどうして欲しいわけ?」
できれば、先に要望を伝えて、それからその理由を聞きたいのだけど。
首を傾げる私を、彼等は一瞬呆気に取られた表情で見返し、それから眉を逆立てた。
「どうして欲しいって!あんたここまで聞いても反省なしかよ!」
「とんでもなく図々しい女だな!」
「リーゼが可哀そうだと思わないのかよ!」
彼らは激昂したのか、唾を飛ばさんばかりに口々に罵声繰り返す。つくづく料理が来る前で良かった。
「そりゃあ、可哀相だって思うわよ」
長年、想いを寄せていた婚約者と別れたのだ。彼女の立場は自分と重なる所があるから、気持ちは分かるつもりだ。わかるからこそ、ここから先どうしたいのかを聞いたのだ。
「リーゼ様はアレクとやり直したいから、私に別れろ、ってこと?」
直接本人に尋ねると、彼女は小さく頷く。
「そちらの話によると、アレクは権力で仕方ないとはいえ、貴女を裏切った相手なのに?」
どうしても一緒になりたかったなら、駆け落ちと言う手もあっただろう。アレクほどの腕があれば、どこの領軍だって、国軍にだって入れただろうし。
なのに、彼女の話だと、アレクはそこまでしようとしていない。
これを彼女は、裏切りだと感じないのだろうか。
私の質問に彼女は首を傾げるだけだった。けれど、この騒ぎを見ていた周囲の人、特に女性は私の言っている意味に気が付いて頷いた。
「そうよね。取り敢えず奪った相手に文句はいいたいけど、だからって元サヤはないわ」
誰かが呟けば、他の人が頷く。
「私もないかな……。だってそれが本当なら、すでに恋人より権力を取っているわけだし」
「噂では、婚約前に二人で一週間の旅に出ていたのよね。その段階で私は無理かな」
ぼそぼそとした声が、どんどんと大きくなっていく。その声を遮るように、リーゼ様が声を上げた。
「私は……私はアレクシス様と一緒になれればいいんですっ!」
その声に周囲が一瞬静まる。
つまり、これが彼女の意思という事か。
『ないわー』という女性の視線の中、騎士科の連中が再び口を開く。
「聞いたか!この健気さ!さすがリーゼだ」
「お前がいくら悪魔の言葉で迷わそうと、無駄無駄」
男性目線では、これが『健気』になるらしい。
裏切っても自分だけを想ってくれている。これが男性のいう『健気』であり、理想なのだろうか。
そこを突っ込みたい気持ちを押さえ、私はさらに彼らに尋ねた。
「で、貴方たちは何をしたいの?」
彼女の要望はわかった。というか理解した。
じゃあ次は、という事で私は彼らを見回した。
その視線に、彼らは何故か一瞬怯み、それから互いを見回した後口を開く。
「お、俺たちは、あんたがアレクを諦めてくれたらって思って……」
「それだけの為に、こんな大人数で?」
「それは……」
「誰か一人できて、手柄がその人だけになるのが嫌だった?だったら皆で行こうって?それとも男がこれだけいたら、私がビビって承諾すると思った?」
「………」
矢継ぎ早の質問に、彼等は互いの顔を見て黙り込む。
そんな彼らに、私たちの様子を見ていた誰かが小さく「だっせー」と笑う。その声に、顔を赤くした目の前の男が吠えた。
「うるせぇな!そうだよ!いう事聞かせたかったんだよ!お前が悪いんだからな!悪い事したんだからな!」
「そ、そうだ!あんまり生意気な口きくと、まわすぞ!」
「俺たちは力ずくだっていいんだからな!」
怒鳴る事で、調子が乗って来たのだろう。複数だという事もあるかもしれない。彼等は次第に余裕を取り戻し、ニヤニヤとした笑いを浮かべ出した。
「あんたもさ、どうせ男に不自由してたってだけなんだろう?だったら、俺たちが遊んでやってもいいんだぜ?」
隣の男が机に肘を付き、こちらを見る。
その途端、目の前の男が爆笑した。
「おい、マジかよ、お前ぇ」
「え?だって結構可愛い顔してるし、何たって将軍の娘だぜ?ワンちゃん出世だって見込めるかもじゃーん」
「何だよそれ」
彼の答えに、周りが下品な笑い声を上げた。その時
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