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元夫
冬の王宮。
大きな暖炉にはこれでもかと、次々に薪がくべられ、シャンデリアの熱と相まって冬というのに汗が滲む。
新年の夜会。
王家主催とあって、ほとんどの貴族が顔を合わせるこの会は、例年の如く酸欠の人が倒れるほど盛況だった。
それもそのはず。
開放的な夏とは違い、今は冬。ただでさえ窓を閉ざす寒い季節なのに、今夜のように雪が積もっている状態では、外に出る人もおらず、余計に暑苦しい。
ブレンダンは知らぬうちに額に滲んでいた汗をぬぐい、傍を通りかかった使用人からグラスを受け取る。
とはいえ、これを煽り、喉を潤す事はまだできない。
飲み物を飲めるのは、この後。出席者が揃い、国王一家が姿を現し、乾杯の音頭が取られる。それまではひたすら我慢だ。
出席者の長い読み上げもそろそろ終盤。もう少し……と思った時に、ある家の名が読まれた。
「ライトムルス公、アルバート・アルカムヌ様。並びに奥方様」
その声に自然に皆の視線がそちらに投げられる。
現れたのは美貌の公爵と、彼の腕に手を預けた愛らしい奥方。
彼らの登場に、自然に周囲に感嘆の吐息が漏れ、次にあちこちでおしゃべりが始まる。
「公爵様、相変わらず素敵ね。以前と大違い」
「そうね。それに奥様もすごく可愛らしい方ね。お似合いだわ」
「ええ。本当に」
明るい声に賛同が集まり、周囲は一時ほのぼのとした空気が流れる。
その中で、一人の婦人が周囲を見回し、探るように声をかける。
「ところで皆さま、お二人の話聞きました?」
途端に、待ってましたとばかりに、人々の声が少しだけ大きくなる。
「聞きましたわ!あの頃の公爵は、裏切った恋人ではなく、今の奥様を裏切ってしまった後悔で引きこもっていらしたのね!」
一人が言うと、すぐに後に続く者がいる。
「あんなに酷い状態になるまで、奥様を深く想っていらしたのね!」
「奥様も家の事情で嫁がれて。あんなひどい目にあうなんて……」
「ええ。私も亡き姑を思い出して、涙が出ましたわ」
「私も!酷い姑だったわ」
その後は「私も」「私も」という者が現れて、一頻りそれぞれの義両親と夫の悪口大会になり、それが落ち着いてきた頃、また別の声がする。
「奥様は離婚してからも、それを負い目に公爵様を拒んだとも聞きましたわ『一度嫁いだ身だから。貴方は相応しい方と一緒になって』って。それを聞いて私本当に切なくて!」
「わかりますわ。私なんて涙まででてしまって」
手を合わせ、身をよじるご婦人の隣では、したり顔で頷く者もいる。
「お二人は元鞘でしたのね。これは好き嫌いに別れますわよね」
「でも公爵のざまあ期間は楽しめ……いえ、終わっていますし。禊は終わったかと」
離婚後にあったとされる、公爵とシャーロットの話。それは王妃のサロンから始まり、今では街の酒場でも聞く話となった。
最初聞いた時、ブレンダンは正直「嘘くさい」と感じた。同じように噂を聞いた友人たちも同意見だった。
だが、噂というものは真偽を必要としない。面白いか、面白くないか、それだけだ。そして、その話を面白いと受け止めたのが年配の女性陣。
彼女たちが認めれば、どんな噂も真実になる。異論を唱える者は、彼女たちに睨まれ潰される。それがわかっているだけに、黙るしかない。ある意味この世で最強の存在。
その彼女たちから絶大な支持を受け、今や二人の早すぎるともいえる『再婚』にケチを付ける者などいなかった。
それどころか、今では『二人は実は兄妹で』とか『シャーロットが白血病で』とか『馬車に轢き殺されて』というスピンオフな話を楽しむ者まできているらしい。
因みに噂の出どころは王妃のサロンだが、話を作ったのは宰相だ。意外にも彼の乙女な才能が功を奏した。
ともあれ、その嘘くさいともいえる噂話に、ブレンダンがため息を吐いた時、同じタイミングで年配の女性がおっとりとした口調で告げる。
「皆さま、お静かに。元鞘であれ何であれ、いいじゃありませんか。お二人が今お幸せなら」
「ええ、本当に。ところで、奥様の前の結婚相手って……」
一人の発言に、遠慮がちな視線がいくつも向けられブレンダンの背中が凍り付く。
まただ。また、こうなるのか。
彼は、いきなり集まった視線に奥歯を噛み締めて下を向く。
周囲の声は続いているが、音量はぐっと小さく絞られ、その分悪意が増していく。
姑が好き勝手に家を仕切り、それ故に社交の場にも出してもらえないし、たまに夜会で見かけても、地味な服装で壁際に立たされていた。
「以前は、明るいお嬢様でしたのよ!嫁に行ってあんなに変わってしまうなんて。王妃様もお嘆きでしたのよ」
一人の婦人が憎々し気に告げる。
姑の横暴を訴えても、夫が聞き入れてくれなかった。それどころか、夫本人が浮気した上に暴力まで振るわれた。
姑を止めなかった時点で問題だが、浮気に暴力とまで行くと……。女性たちは一度怯えるふりをして、それから先ほどまでよりももっと冷たい非難の視線をブレンダンに送ってくる。
針の筵とはこういうことか。
悪意の視線に身を縮め、彼は改めて思う。
自分では普通と思っていた日常は、世間一般ではあり得ない事だったのだと。
彼がそれを知ったのは、シャーロットと別れてから。こうして世間の目にさらされるようになってからだ。
だが、それを自覚してももう遅い。
遠くに見える元妻は明るい色のドレスを纏い、隣の男に微笑む。
その姿は、出会った頃の彼女だ。
愛されているという自信に満ち、愛嬌一杯の笑顔。周囲の者も思わず微笑むような。
それは以前の彼女を思い起こさせる。
シャーロットは自分との出会いが、結婚式の顔合わせの席だと思っているだろう。実際『会った』のはその時なのだが、ブレンダンはそのずっと前から彼女を知っていた。
ある夜会に出た時、遠目で見ただけだが、その時に父に言われたのだ。嫁候補だと。
笑顔が眩しかった彼女。一目でその笑顔に心を奪われた。可愛い子だと思った。ロレッタとは違う魅力を持った女性。しかも、同じ伯爵家。
結婚し、家に入り……。いつからか、彼女の服装は地味になり、笑顔が寂しげなものになった。
いつも上を向いていた顔は下を向き、キラキラ輝いていた瞳は、諦めを映して伏せがちになっていった。
『地味な女』
ロレッタが言った。
『私が奥さんだったら、いつももっと綺麗にして、旦那様に恥何てかかせないのに』
友人たちも笑った。
『父親に似ず、花のない女だな』
それに心の中で同意したのは何故か。誰が彼女を本来の姿から遠ざけたのか。
『嫁とはそういうもの』
言い切る母に何故疑問を持たなかったのか。
彼女が抗議する度、彼女が自分を頼っているのだと、母との橋渡しを頼んでいるのだと優越感すら覚えていた。
ブレンダンは唇を噛んで、拳を握った。
上手くやっていれば。自分さえ上手く立ち回れていれば、彼女は笑顔のまま、自分の隣にいただろう。
母を諫め、ロレッタなどに惑わされず、彼女だけを見ていれば。
だが、今彼女の笑顔を独り占めしているのは、あの男だ。
彼女が再婚する。
そんな噂を聞いたのは、半年ほど前。植物園のバラが咲き始める頃だった。
聞いた時は、嘘だと思った。彼女が自分以外の人間と一緒になるなんて有り得ない、と。
だが、噂は本当だった。
相手は離婚の時に会った公爵。
剣呑とした空気を纏う、変わり者と評判だった男だ。
出戻った娘の将来を憂いた伯爵が、我が子を引きこもりで変わり者と評判の公爵に押し付けたのか。傷物と変わり者。割れ鍋に綴じ蓋。最初はそう思った。そんな事をしても、また彼女が不幸せになるだけな
のに、と。
しかし、いざ結婚してしまえば、聞こえてくるのは二人の仲睦まじい様子ばかり。
この結果に、ブレンダンは少なからずショックを受けた。
不幸せな結婚の果てに、妻はまた自分の元に戻ってくるだろうと思っていたからだ。
どうしてそう思っていたのかは、わからない。根拠のない自信。まさにそれだ。
冷静に考えれば、自分たちは政略結婚だったのだ。
シャーロットにしても、親が命じたから嫁に来た。ただそれだけだ。
彼女の気持ちがどうだったのか、なんて誰にもわからない。なのに、自分はいつまでも彼女の愛情は自分にあると思い込んでいた。
一度は本気で愛したロレッタですら、彼を利用できる駒としてしか見ていなかったのに。
彼女に頼られ、おだてられる内に自分に酔い、いつしか妻より自分が優位に立ったと思っていた。妻から向けられる冷めた目を、嫉妬故だとも誤解していた。
忸怩たる思いで唇を噛んだその時。
「乾杯!」
突然周囲で声が上がり、ぼんやりと考えに沈んでいた彼の意識を引き戻した。
重なるグラスの音、人々の歓声。
グラスの中を飲み干せば、それまで、待機していた人々が一斉に動き出す。
ダンスの申し込みや、社交。
それぞれが忙しく動き回る中、フロアの中心では最高位貴族たちのダンスが始まる。
その音楽を聴きながら、ブレンダンは壁に寄りかかり、一人酒を飲んでいた。
何もすることはない。
ダンスを申し込んだところで断られるだけだし、商談らしき話もない。本当は出席もしたくなかったが、国王主催となると断る事もできなかったから出た。それだけだ。
暫くそうやってぼんやりとしていると、数人の男たちがこちらにやってきた。
「あ、いたいた」
「よ、大変だったな」
「ああ」
曖昧に答えると、彼らは苦笑を浮べ、それぞれにブレンダンの肩を叩いた。
彼らは学園の同級生だった男たちで、当然彼とロレッタが付き合っていた事も知っている。
彼女に会ったあの夜、街で一緒に飲んでいたのも彼らなら、彼女の保護を促したのも彼らだ。
「で、ロレッタとは結局別れたのか?」
その彼らの一人が、手に持った酒を嘗めつつブレンダンに尋ねる。
「ああ」
頷くと彼らはそれぞれ、顔を顰めたり苦笑を浮べたりをする。
「勿体ないな、いい女だったのに」
「てか、お前の話じゃあ、奥方も認めてくれていたんだろ?」
彼らとは、ロレッタが同居した後も会っていたし、何なら彼女連れで一緒に飲んだ事もある。
その時にはシャーロットもロレッタの事を認めてくれていると思っていたのに。
聞き分けのいい妻の顔の裏で、離婚を考えていたなんて。
自然に顔が下を向いたその時、仲間の一人が何かに気づいたのか「あ」と声を上げる。
何だろうと顔を上げると、すぐ近くに人の輪ができていた。
和やかに談笑しているようだが、女性よりも男性が多い所をみると、話題は政治や経済などの固い話なのだろう。
その中心にいる、一際背の高い人物に目が吸い寄せられる。
大きな暖炉にはこれでもかと、次々に薪がくべられ、シャンデリアの熱と相まって冬というのに汗が滲む。
新年の夜会。
王家主催とあって、ほとんどの貴族が顔を合わせるこの会は、例年の如く酸欠の人が倒れるほど盛況だった。
それもそのはず。
開放的な夏とは違い、今は冬。ただでさえ窓を閉ざす寒い季節なのに、今夜のように雪が積もっている状態では、外に出る人もおらず、余計に暑苦しい。
ブレンダンは知らぬうちに額に滲んでいた汗をぬぐい、傍を通りかかった使用人からグラスを受け取る。
とはいえ、これを煽り、喉を潤す事はまだできない。
飲み物を飲めるのは、この後。出席者が揃い、国王一家が姿を現し、乾杯の音頭が取られる。それまではひたすら我慢だ。
出席者の長い読み上げもそろそろ終盤。もう少し……と思った時に、ある家の名が読まれた。
「ライトムルス公、アルバート・アルカムヌ様。並びに奥方様」
その声に自然に皆の視線がそちらに投げられる。
現れたのは美貌の公爵と、彼の腕に手を預けた愛らしい奥方。
彼らの登場に、自然に周囲に感嘆の吐息が漏れ、次にあちこちでおしゃべりが始まる。
「公爵様、相変わらず素敵ね。以前と大違い」
「そうね。それに奥様もすごく可愛らしい方ね。お似合いだわ」
「ええ。本当に」
明るい声に賛同が集まり、周囲は一時ほのぼのとした空気が流れる。
その中で、一人の婦人が周囲を見回し、探るように声をかける。
「ところで皆さま、お二人の話聞きました?」
途端に、待ってましたとばかりに、人々の声が少しだけ大きくなる。
「聞きましたわ!あの頃の公爵は、裏切った恋人ではなく、今の奥様を裏切ってしまった後悔で引きこもっていらしたのね!」
一人が言うと、すぐに後に続く者がいる。
「あんなに酷い状態になるまで、奥様を深く想っていらしたのね!」
「奥様も家の事情で嫁がれて。あんなひどい目にあうなんて……」
「ええ。私も亡き姑を思い出して、涙が出ましたわ」
「私も!酷い姑だったわ」
その後は「私も」「私も」という者が現れて、一頻りそれぞれの義両親と夫の悪口大会になり、それが落ち着いてきた頃、また別の声がする。
「奥様は離婚してからも、それを負い目に公爵様を拒んだとも聞きましたわ『一度嫁いだ身だから。貴方は相応しい方と一緒になって』って。それを聞いて私本当に切なくて!」
「わかりますわ。私なんて涙まででてしまって」
手を合わせ、身をよじるご婦人の隣では、したり顔で頷く者もいる。
「お二人は元鞘でしたのね。これは好き嫌いに別れますわよね」
「でも公爵のざまあ期間は楽しめ……いえ、終わっていますし。禊は終わったかと」
離婚後にあったとされる、公爵とシャーロットの話。それは王妃のサロンから始まり、今では街の酒場でも聞く話となった。
最初聞いた時、ブレンダンは正直「嘘くさい」と感じた。同じように噂を聞いた友人たちも同意見だった。
だが、噂というものは真偽を必要としない。面白いか、面白くないか、それだけだ。そして、その話を面白いと受け止めたのが年配の女性陣。
彼女たちが認めれば、どんな噂も真実になる。異論を唱える者は、彼女たちに睨まれ潰される。それがわかっているだけに、黙るしかない。ある意味この世で最強の存在。
その彼女たちから絶大な支持を受け、今や二人の早すぎるともいえる『再婚』にケチを付ける者などいなかった。
それどころか、今では『二人は実は兄妹で』とか『シャーロットが白血病で』とか『馬車に轢き殺されて』というスピンオフな話を楽しむ者まできているらしい。
因みに噂の出どころは王妃のサロンだが、話を作ったのは宰相だ。意外にも彼の乙女な才能が功を奏した。
ともあれ、その嘘くさいともいえる噂話に、ブレンダンがため息を吐いた時、同じタイミングで年配の女性がおっとりとした口調で告げる。
「皆さま、お静かに。元鞘であれ何であれ、いいじゃありませんか。お二人が今お幸せなら」
「ええ、本当に。ところで、奥様の前の結婚相手って……」
一人の発言に、遠慮がちな視線がいくつも向けられブレンダンの背中が凍り付く。
まただ。また、こうなるのか。
彼は、いきなり集まった視線に奥歯を噛み締めて下を向く。
周囲の声は続いているが、音量はぐっと小さく絞られ、その分悪意が増していく。
姑が好き勝手に家を仕切り、それ故に社交の場にも出してもらえないし、たまに夜会で見かけても、地味な服装で壁際に立たされていた。
「以前は、明るいお嬢様でしたのよ!嫁に行ってあんなに変わってしまうなんて。王妃様もお嘆きでしたのよ」
一人の婦人が憎々し気に告げる。
姑の横暴を訴えても、夫が聞き入れてくれなかった。それどころか、夫本人が浮気した上に暴力まで振るわれた。
姑を止めなかった時点で問題だが、浮気に暴力とまで行くと……。女性たちは一度怯えるふりをして、それから先ほどまでよりももっと冷たい非難の視線をブレンダンに送ってくる。
針の筵とはこういうことか。
悪意の視線に身を縮め、彼は改めて思う。
自分では普通と思っていた日常は、世間一般ではあり得ない事だったのだと。
彼がそれを知ったのは、シャーロットと別れてから。こうして世間の目にさらされるようになってからだ。
だが、それを自覚してももう遅い。
遠くに見える元妻は明るい色のドレスを纏い、隣の男に微笑む。
その姿は、出会った頃の彼女だ。
愛されているという自信に満ち、愛嬌一杯の笑顔。周囲の者も思わず微笑むような。
それは以前の彼女を思い起こさせる。
シャーロットは自分との出会いが、結婚式の顔合わせの席だと思っているだろう。実際『会った』のはその時なのだが、ブレンダンはそのずっと前から彼女を知っていた。
ある夜会に出た時、遠目で見ただけだが、その時に父に言われたのだ。嫁候補だと。
笑顔が眩しかった彼女。一目でその笑顔に心を奪われた。可愛い子だと思った。ロレッタとは違う魅力を持った女性。しかも、同じ伯爵家。
結婚し、家に入り……。いつからか、彼女の服装は地味になり、笑顔が寂しげなものになった。
いつも上を向いていた顔は下を向き、キラキラ輝いていた瞳は、諦めを映して伏せがちになっていった。
『地味な女』
ロレッタが言った。
『私が奥さんだったら、いつももっと綺麗にして、旦那様に恥何てかかせないのに』
友人たちも笑った。
『父親に似ず、花のない女だな』
それに心の中で同意したのは何故か。誰が彼女を本来の姿から遠ざけたのか。
『嫁とはそういうもの』
言い切る母に何故疑問を持たなかったのか。
彼女が抗議する度、彼女が自分を頼っているのだと、母との橋渡しを頼んでいるのだと優越感すら覚えていた。
ブレンダンは唇を噛んで、拳を握った。
上手くやっていれば。自分さえ上手く立ち回れていれば、彼女は笑顔のまま、自分の隣にいただろう。
母を諫め、ロレッタなどに惑わされず、彼女だけを見ていれば。
だが、今彼女の笑顔を独り占めしているのは、あの男だ。
彼女が再婚する。
そんな噂を聞いたのは、半年ほど前。植物園のバラが咲き始める頃だった。
聞いた時は、嘘だと思った。彼女が自分以外の人間と一緒になるなんて有り得ない、と。
だが、噂は本当だった。
相手は離婚の時に会った公爵。
剣呑とした空気を纏う、変わり者と評判だった男だ。
出戻った娘の将来を憂いた伯爵が、我が子を引きこもりで変わり者と評判の公爵に押し付けたのか。傷物と変わり者。割れ鍋に綴じ蓋。最初はそう思った。そんな事をしても、また彼女が不幸せになるだけな
のに、と。
しかし、いざ結婚してしまえば、聞こえてくるのは二人の仲睦まじい様子ばかり。
この結果に、ブレンダンは少なからずショックを受けた。
不幸せな結婚の果てに、妻はまた自分の元に戻ってくるだろうと思っていたからだ。
どうしてそう思っていたのかは、わからない。根拠のない自信。まさにそれだ。
冷静に考えれば、自分たちは政略結婚だったのだ。
シャーロットにしても、親が命じたから嫁に来た。ただそれだけだ。
彼女の気持ちがどうだったのか、なんて誰にもわからない。なのに、自分はいつまでも彼女の愛情は自分にあると思い込んでいた。
一度は本気で愛したロレッタですら、彼を利用できる駒としてしか見ていなかったのに。
彼女に頼られ、おだてられる内に自分に酔い、いつしか妻より自分が優位に立ったと思っていた。妻から向けられる冷めた目を、嫉妬故だとも誤解していた。
忸怩たる思いで唇を噛んだその時。
「乾杯!」
突然周囲で声が上がり、ぼんやりと考えに沈んでいた彼の意識を引き戻した。
重なるグラスの音、人々の歓声。
グラスの中を飲み干せば、それまで、待機していた人々が一斉に動き出す。
ダンスの申し込みや、社交。
それぞれが忙しく動き回る中、フロアの中心では最高位貴族たちのダンスが始まる。
その音楽を聴きながら、ブレンダンは壁に寄りかかり、一人酒を飲んでいた。
何もすることはない。
ダンスを申し込んだところで断られるだけだし、商談らしき話もない。本当は出席もしたくなかったが、国王主催となると断る事もできなかったから出た。それだけだ。
暫くそうやってぼんやりとしていると、数人の男たちがこちらにやってきた。
「あ、いたいた」
「よ、大変だったな」
「ああ」
曖昧に答えると、彼らは苦笑を浮べ、それぞれにブレンダンの肩を叩いた。
彼らは学園の同級生だった男たちで、当然彼とロレッタが付き合っていた事も知っている。
彼女に会ったあの夜、街で一緒に飲んでいたのも彼らなら、彼女の保護を促したのも彼らだ。
「で、ロレッタとは結局別れたのか?」
その彼らの一人が、手に持った酒を嘗めつつブレンダンに尋ねる。
「ああ」
頷くと彼らはそれぞれ、顔を顰めたり苦笑を浮べたりをする。
「勿体ないな、いい女だったのに」
「てか、お前の話じゃあ、奥方も認めてくれていたんだろ?」
彼らとは、ロレッタが同居した後も会っていたし、何なら彼女連れで一緒に飲んだ事もある。
その時にはシャーロットもロレッタの事を認めてくれていると思っていたのに。
聞き分けのいい妻の顔の裏で、離婚を考えていたなんて。
自然に顔が下を向いたその時、仲間の一人が何かに気づいたのか「あ」と声を上げる。
何だろうと顔を上げると、すぐ近くに人の輪ができていた。
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