5 / 5
最終話 泣き虫の雨
しおりを挟む
鼻腔を焦がすような熱風が貫き、私は、強烈な喪失感を抱え目覚めた。
目を開けた途端、息苦しいほどの熱にあてられ、網膜が痛んだ。けれど直後に、ハッと息を呑み閉じることを忘れる。――――そこは、まさしく紅蓮の海だった。
私は、湿気を含んで燃え移りの悪い、ベッドの上の孤島に居た。薄い布団の中でゆっくりと身を起こすと、向かいにかかった白いカーテンが炎の壁となって立ちはだかる。
それはまるで、狂い咲くバラのようで。人智を超えた圧倒的な〝生〟を、肌に焼き付ける。
美しい。ただ、それだけを思った。
けれど。
この胸の奥底で蠢く、雨粒にも満たないような疼きが、私を現実へ繋ぎ止める。
この鎖を、私は、とうに知っているはずだった。
梳いたばかりの髪を、ぐしゃぐしゃに掻き乱すような感触。
それは瞬く間に肥大化し、すぐに私の胸中を満たした。
その感情に、名前を付けようとしたそのとき、部屋の扉が爆音の如く蹴破られた。同時に、灰色の煙を掻き分け、見知った影が駆け込んで来る。
「来て、くれたの?」
言い終わらないうちに、私はまた、意識を失った。
再び目を覚ました時、私の氷りついた瞳に飛び込んできたものは、シビれるほど勝気な双眸だった。その女は、ツンとしたベリーショートの金髪を撫で、安堵の溜め息を吐く。
「良かった。もう、ダメかと思ったのよ?」
その女は、雷光のようなピアスを閃かせ、ふっとやさしく微笑んだ。
「……綺麗な髪ね。うらやましいわ」
青ざめて髪を掬うと、それは、あの安っぽい茶髪のカツラではなかった。痛んでささくれた、私の嫌いな髪だった。
「え?」
窓の女がさんざん憎み、凍える私が必死に隠し、燃えるような男が自分にだけ見せろと言った、ボロボロの黒髪。それをこの女は、綺麗な髪だと、言ってくれた。
刹那、凍てつく頬を、焼けるような雫が伝う。
それは、他でも無い、私自身の涙だった。
「…………え?」
黒く煤け、紙屑のように折り重なる宿屋。未だ残された微かな火種を、止まない雨が塗り替えていく。それは凍えた私の雨か。否、
――――震えているのは、凍えているからではない。
ずっと、誰かに認めて欲しかったのだ。カツラの下に隠した、本当の自分を。
そう気付いた時、視界を覆うひび割れた薄氷は、涙となって、少しずつ溶け始めた。
目を開けた途端、息苦しいほどの熱にあてられ、網膜が痛んだ。けれど直後に、ハッと息を呑み閉じることを忘れる。――――そこは、まさしく紅蓮の海だった。
私は、湿気を含んで燃え移りの悪い、ベッドの上の孤島に居た。薄い布団の中でゆっくりと身を起こすと、向かいにかかった白いカーテンが炎の壁となって立ちはだかる。
それはまるで、狂い咲くバラのようで。人智を超えた圧倒的な〝生〟を、肌に焼き付ける。
美しい。ただ、それだけを思った。
けれど。
この胸の奥底で蠢く、雨粒にも満たないような疼きが、私を現実へ繋ぎ止める。
この鎖を、私は、とうに知っているはずだった。
梳いたばかりの髪を、ぐしゃぐしゃに掻き乱すような感触。
それは瞬く間に肥大化し、すぐに私の胸中を満たした。
その感情に、名前を付けようとしたそのとき、部屋の扉が爆音の如く蹴破られた。同時に、灰色の煙を掻き分け、見知った影が駆け込んで来る。
「来て、くれたの?」
言い終わらないうちに、私はまた、意識を失った。
再び目を覚ました時、私の氷りついた瞳に飛び込んできたものは、シビれるほど勝気な双眸だった。その女は、ツンとしたベリーショートの金髪を撫で、安堵の溜め息を吐く。
「良かった。もう、ダメかと思ったのよ?」
その女は、雷光のようなピアスを閃かせ、ふっとやさしく微笑んだ。
「……綺麗な髪ね。うらやましいわ」
青ざめて髪を掬うと、それは、あの安っぽい茶髪のカツラではなかった。痛んでささくれた、私の嫌いな髪だった。
「え?」
窓の女がさんざん憎み、凍える私が必死に隠し、燃えるような男が自分にだけ見せろと言った、ボロボロの黒髪。それをこの女は、綺麗な髪だと、言ってくれた。
刹那、凍てつく頬を、焼けるような雫が伝う。
それは、他でも無い、私自身の涙だった。
「…………え?」
黒く煤け、紙屑のように折り重なる宿屋。未だ残された微かな火種を、止まない雨が塗り替えていく。それは凍えた私の雨か。否、
――――震えているのは、凍えているからではない。
ずっと、誰かに認めて欲しかったのだ。カツラの下に隠した、本当の自分を。
そう気付いた時、視界を覆うひび割れた薄氷は、涙となって、少しずつ溶け始めた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる