雨降らし

羽川明

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最終話 泣き虫の雨

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 鼻腔を焦がすような熱風が貫き、私は、強烈な喪失感を抱え目覚めた。
 目を開けた途端、息苦しいほどの熱にあてられ、網膜が痛んだ。けれど直後に、ハッと息を呑み閉じることを忘れる。――――そこは、まさしく紅蓮の海だった。
 私は、湿気を含んで燃え移りの悪い、ベッドの上の孤島に居た。薄い布団の中でゆっくりと身を起こすと、向かいにかかった白いカーテンが炎の壁となって立ちはだかる。
 それはまるで、狂い咲くバラのようで。人智を超えた圧倒的な〝生〟を、肌に焼き付ける。
 美しい。ただ、それだけを思った。
 けれど。
 この胸の奥底で蠢く、雨粒にも満たないような疼きが、私を現実へ繋ぎ止める。
 この鎖を、私は、とうに知っているはずだった。
 梳いたばかりの髪を、ぐしゃぐしゃに掻き乱すような感触。
 それは瞬く間に肥大化し、すぐに私の胸中を満たした。
 その感情に、名前を付けようとしたそのとき、部屋の扉が爆音の如く蹴破られた。同時に、灰色の煙を掻き分け、見知った影が駆け込んで来る。
「来て、くれたの?」
 言い終わらないうちに、私はまた、意識を失った。


 再び目を覚ました時、私の氷りついた瞳に飛び込んできたものは、シビれるほど勝気な双眸だった。そのひとは、ツンとしたベリーショートの金髪を撫で、安堵の溜め息を吐く。
「良かった。もう、ダメかと思ったのよ?」
 そのひとは、雷光のようなピアスを閃かせ、ふっとやさしく微笑んだ。
「……綺麗な髪ね。うらやましいわ」
 青ざめて髪を掬うと、それは、あの安っぽい茶髪のカツラではなかった。痛んでささくれた、私の嫌いな髪だった。
「え?」
 窓の女がさんざん憎み、凍える私が必死に隠し、燃えるようなひとが自分にだけ見せろと言った、ボロボロの黒髪。それをこのひとは、綺麗な髪だと、言ってくれた。
 刹那、凍てつく頬を、焼けるような雫が伝う。
 それは、他でも無い、私自身の涙だった。
「…………え?」
 黒く煤け、紙屑のように折り重なる宿屋。未だ残された微かな火種を、止まない雨が塗り替えていく。それは凍えた私の雨か。否、


 ――――震えているのは、凍えているからではない。
 ずっと、誰かに認めて欲しかったのだ。カツラの下に隠した、本当の自分を。


 そう気付いた時、視界を覆うひび割れた薄氷はくひょうは、涙となって、少しずつ溶け始めた。
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