雨降らし

羽川明

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その四 アロマキャンドル

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 ――――情事を終えた後、バスローブを着込んでいた私の隣で、燃えるような男が手のひら大の赤い蝋(ろう)の塊を取り出した。私は、それを見たことが無かった。
「蝋燭?」
「知らないか。アロマキャンドルだ」
 言いながら、男は取り出した赤いアロマキャンドルを電話台の傍に置いた。
「あろま、きゃんどる?」
「要は、香りのする蝋燭のようなものだ」
 男が、手で囲いを作り、ふっと吐息を吹きかける。静かに手をどけると、アロマキャンドルの中央で、小さな灯火が揺れていた。
「シーツに燃え移らない?」
「心配ない。蝋の中を巡るこの紐が、底に辿りつくまでは」
「え?」
「その時までに、また来る、約束しよう」
 革の財布から数枚の札束をぞんざいに取り出してベッドに叩きつけると、男はおもむろに立ち上がった。
「娼婦。だからお前も、それまで誰にもその髪を見せないと約束してくれ」
「どうして、そんなこと……?」
 慌てて手繰り寄せた黒髪はやはり、酷く痛んで、とても見れたものではなかった。カツラを外して抱かせてくれと言われ、いやいや外したまでだと言うのに。
 焦げたちりぢりの赤髪は、何も答えず、扉の向こうへ消えてしまった。

           *

 今晩の分の仕事を終え、私は、宿屋のくしゃくしゃのシーツの上で呆けていた。
 あれからどれほどの夜を超えたのだろう。バラの香りの赤いアロマキャンドルは、中央を大きく窪ませ、灯火は、溶けだした蝋に半ば溺れていた。今にも、底まで辿りつこうとしている。客が去り、途端に押し寄せた静寂の波を、壁にかかった振り子時計が掻き乱す。蒸れた安っぽいカツラを剥ぎ、枕の横に放った。
 当初、変装用だったはずのそれは、いつしか、痛んでしまったボロボロの地毛を忘れるための、自己嫌悪からの隠れ蓑と成り果ててしまった。派手な色をしたリップや服も、時折、ささくれだった唇や、黄ばんだ肌を隠すためのものに思えてくる。
 そんなもののはずじゃなかった、そんなためのものじゃなかった。
 しかし今では、こんな姿で無い時の方が――――普段の姿でいる方が――――むしろ変装のように思えてくる。実像と虚像は、とうに入れ代わってしまった。
 色せた安っぽい髪、肌の透けたはしたない服に、趣味の悪いリップ。それこそが、今の私なのかもしれない。
 けれど。
 そんなことはもう、どうでも良い。
 もう一度、あの燃えるようなひとが私の元へ訪れて、世界に火を点け、全てを溶かしてくれるなら。

 ――――薄らいでいく意識の中で、どうしてか、バラの匂いだけが、強くかおっていた。
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