今、終わる世界。

羽川明

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第三話

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 ――――幼初期、スティーブンは一度この中に落ちたことがある。少なくともその時、この穴は洞窟の奥に繋がっていた。もし今もそうならば或いは、先回りして何か探ることができるかもしれない。スティーブンはそう思い立ち、ここまでやってきたのだ。

「うわっ!」
 あちこちを打ちつけ擦り剥きながら滑り落ちた先は、果たして洞窟に繋がっていた。しかし、頭上で明々と瞬くアルコールランプがここが最奥であることを否定していた。――――鉱山でも水が湧くわけでもないこの洞窟に、わざわざ燃料を継ぎ足しにくる物好きがいるとは思えない。
 立ち上がろうとした最中、岩陰の向こうで男たちの談笑が漏れ聞こえスティーブンは慌てて身を潜めた。どうやら全くの見当外れと言うわけでもなさそうだ。それどころか――――
「盗賊だ」
 岩陰から覗き見ると、焚き火を囲んで飲み交わす男たちの奥に、こじ開けられた、封印師ホミの棺と、いくつものきらびやかな装飾が無造作に散らばっているのが見えた。振り返って見ても後ろには、等間隔に吊るされたランプ以外、明かりはおろか足音さえ聞こえて来ない。ここからの立ち回りようによっては、盗賊たちから何か聞き出せるかもしれない。でなければ、後から出くわした王に直接聞くと言う手も悪くないだろう。
 スティーブンははやる気持ちを抑え、なるべく音を立てないようにしながら盗賊たちに近付いて行く。そして十分に距離を詰めると、焚き火の手前で一人酔い潰れていた見張り役らしき男の首筋に、素早くナイフを宛がった。
「そこを動くな!」
 焚き火を囲み談笑していた二、三人の集団が今更のように振り返る。余程気が大きくなっていたらしく、彼らが状況を理解し声を発するまでに多大な時間を有した。
「誰だ? ……あんた」
 呂律ろれつの回らない声色で、奥に座った男が言う。スティーブンはナイフが見張り役の首筋にしっかりと宛がわれていることを再度確認してから動揺を悟られぬよう努めて冷淡な声を作った。
「どうして棺の馬車が通るルートを知っていた? 誰かに雇われたのか? 石とはなんだ!? ……知っていることを全て話せ!!」
 額に滲む嫌な汗を感じながら、スティーブンは盗賊たちの一挙手一投足に目を光らせる。
「わっ、分かったよ。いいから、落ち着けって……」
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