パラレヌ・ワールド

羽川明

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五章 「失われた色彩」

「Ⅶ」

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 頭部の痛みをぼんやりと意識しながら、男は目を覚ました。泥沼のようにまとわりつく疲労感を振り切り、必死にかすんだ目を凝らす。視界のあちこちに、ちかちかと明滅する光が見える。
 しだいに焦点があっていく中で、男は、はっと目を見開き、息を呑んだ。
『なんだ、これは……!!』
 男は、自分が地面に投げ出され、うつぶせに横たわっていることに気づいた。

 ――――ちりちりと燃える茂みの中で。

 身を起こすと、茂みの隙間から、開けたむき出しの地面が見えた。草原があったはずのその場所は、今は焼け焦げ、見る影もない。見れば、そこらじゅうがクレーターのように窪(くぼ)み、不自然にえぐれている。
 その理由は直後に判明した。
『――――っ!?』
 焼け野原の向こうに見えた一本の若木が、閃光によって真っ二つに裂け、一瞬で燃え上がった。
 そして数秒後、三度の閃光を伴(ともな)って現れたレーザーが、倒れ伏す若木を粉々に砕く。
 見回せば、逃げ遅れた鳥たちが、黒焦げになって地面に転がっていた。
 花々も草木も、吹き荒れる風に揺れ動き、追い回すようにレーザーが飛び、貫かれては火ダルマと化していった。
 降り止まない豪雨のおかげか火の海でこそなかったが、立ち込める匂いは、〝死〟だ。
 無慈悲にも奪われた生命の怨嗟(えんさ)が、男には聞こえた。
 言葉となって、叫びとなって、否応なく反響し渦巻く。
 焼け落ちる草木に、転がる鳥たちの死骸に、見覚えなどなかった。
 男が、世界の果てから戻った時、この星はとうに、変わり果てていた。
 それでも。
 男は、悲しみに震えていた。
『……私は、』
 すり向けた血だらけの頬を、一筋の涙が伝う。
『……私は、』
 爪が食い込むほど握りしめた拳を、根元まで焦げた異星の木の根に振り下ろした。
『――――何のために!?』

 地位を捨て、家族を捨て、母星を離れ、男は、緑の帝王(グリーン・エンペラー)を探す旅に出た。
 冷却装置の中で眠りにつき、来るべきその日まで、恐ろしく長い年月を過ごした。
 だがある日、装置の寿命が限界を迎えた。
 帰還を余儀なくされた男は、敵軍の無人UFO(ドローン)の攻撃をかいくぐりながらワープを繰り返し、ついに母星への生還を果たしたのだ。
 しかし母星は、異星人たちに支配されていた。
 自然さえ、異星の草木が生い茂り、記憶の中の母星の姿は、もはや残されていなかった。
 そして今、それさえもが失われようとしている。

 ――――男は、どこまでも無力だった。

が、
『…………嫌だ。――――嫌だ!!』
 男は、諦めなかった。


『――――地球は、我々の母星だ』


 そのとき、脈打つ生命の鼓動が、全身を駆け巡った。
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