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二章 「スクール水着の半魚人」
その八
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振り返ると、僕らの街が一望できる。目を凝(こ)らせば、海岸線まで見えた。
「それにしても高いですわね。私(わたくし)のお父様の本社より、少し低いくらいでしょうか」
いや何者だよ。
「まさかこんな所に住んでいるとは。しかも最上階って……」
「なんでも、この街で一番金星に近い場所に住みたかったらしい」
「その気持ち、なんとなく分かる気がします」
万美(まみ)さんは、少し背伸びしてインターホンを押した。
この四人の中で一番背が低いとはいえ、単純にインターホンの位置が高い。一番高い僕でも、背筋を伸ばさなければ届かなさそうだ。
「……返事がありませんね」
「ただのしかばねのようですわ」
「いつものことだろ?」
樹里さんは何のためらいもなくドアノブを捻ると、さっさと入って行ってしまった。
「あぁ、もう樹里さん! 勝手に入っちゃダメじゃないですかぁ」
口では言いながらも、万美さんは樹里さんの背中をとことこ追いかけて行った。
「僕たちも入りましょうか」
「……そう、ですわね」
魚々乃女さんだけは最後まで迷っているようだった。
長い一本道の廊下をしばらく進んでいくと、突きあたりで樹里さんたちに追いついた。途中、高そうな調度品がいたるところに置かれていたものの、手入れが面倒なのか、どれもホコリをかぶっていた。魚々乃女さんは見るたびにため息をつき、肩を落としていた。
「このお宅、お世辞にも管理が行き届いておりませんわ。先ほどの鹿の標本なんて、クモの巣が張っていましたし」
そして、声をひそめて逐一(ちくいち)報告してくる。吐息が耳元にかかって気が気じゃなかった。魚々乃女さんのウェーブがかった青い髪からは、かすかに海の匂いがした。
「リオ、いるんだろ? 入るぞー」
「ちょっと樹里さん、ノックぐらいしましょうよぉ」
樹里さんは軽く断わりを入れてから、ちゅうちょなくドアを開け放つ。プライバシーも何もあったものじゃなかった。
「リオさんって、女の人なんですよね? 勝手に入っていいんでしょうか」
「何か問題がありまして?」
魚々乃女さんはまったく分からないと言った風に首をひねった。樹里さんが当たり前のようにドカドカ入って行くものだから、感覚がマヒしてしまったのかもしれない。
と思った矢先、ドアを開け先に中へ入ろうとした魚々乃女さんの顔が凍りついた。
「……ぜ、前言撤退ですわ」
「え?」
魚々乃女さんは入ろうとする僕を両手で押しとどめると、バタンと扉を閉めてしまった。
「…………え?」
立ち尽くしていると、ドアの向こうで聞き慣れない声があがった。値が張るだけあってほとんど聞き取れなかったが、『男!?』と仰天(ぎょうてん)する声だけは確かに聞こえた。
さっきから中が騒がしい。何かでもめているようだ。声色から察するに三対一で、直に一人の方が折れて、しぶしぶ協力することにしたようだ。部屋のあちこちから物音が聞こえてくる。約一名、扱いが雑な人物がいるらしく、時折大きな音を立てては誰かに怒られていた。
――――それにしても、長い。
「あのー。いい加減、入っていいですか?」
扉を軽くノックすると、魚々乃女さんが顔を出した。
「しばしお待ちを」
「あの、僕は別に――――」
バタン。ほとんど言い終わらないうちに、勢い良く扉が閉まる。どうしてか、さっきより乱暴だった。
「あぁー、もう、中で何してんのかなぁ……」
僕は背中から壁にもたれかかり、いよいよ床の上であぐらをかき始めた。
――――直後。巨大な黄色の光線(レーザー)が、すぐ横の壁をぶち抜いた。
「な……!」
数秒後土煙が晴れると、真横の壁には大穴が開き、向かいの部屋は跡かたもなく消し飛んでいた。円形に削り取られたガレキの向こうに、青空が見える。夕焼けでほんのりと赤くなっていた。
「もう、夕方かぁ。早いなー」
……なんて、言ってる場合じゃなかった。
「――――何があった!?」
ひっくり返って目を剥(む)く僕に、大穴からひょっこり顔を出した金髪の女の子がこともなげに言う。
「……あぁあ、また直さなきゃ」
「直るんですか? これ」
見上げると、小さなガレキがパラパラと崩れ落ちてきた。
「それにしても高いですわね。私(わたくし)のお父様の本社より、少し低いくらいでしょうか」
いや何者だよ。
「まさかこんな所に住んでいるとは。しかも最上階って……」
「なんでも、この街で一番金星に近い場所に住みたかったらしい」
「その気持ち、なんとなく分かる気がします」
万美(まみ)さんは、少し背伸びしてインターホンを押した。
この四人の中で一番背が低いとはいえ、単純にインターホンの位置が高い。一番高い僕でも、背筋を伸ばさなければ届かなさそうだ。
「……返事がありませんね」
「ただのしかばねのようですわ」
「いつものことだろ?」
樹里さんは何のためらいもなくドアノブを捻ると、さっさと入って行ってしまった。
「あぁ、もう樹里さん! 勝手に入っちゃダメじゃないですかぁ」
口では言いながらも、万美さんは樹里さんの背中をとことこ追いかけて行った。
「僕たちも入りましょうか」
「……そう、ですわね」
魚々乃女さんだけは最後まで迷っているようだった。
長い一本道の廊下をしばらく進んでいくと、突きあたりで樹里さんたちに追いついた。途中、高そうな調度品がいたるところに置かれていたものの、手入れが面倒なのか、どれもホコリをかぶっていた。魚々乃女さんは見るたびにため息をつき、肩を落としていた。
「このお宅、お世辞にも管理が行き届いておりませんわ。先ほどの鹿の標本なんて、クモの巣が張っていましたし」
そして、声をひそめて逐一(ちくいち)報告してくる。吐息が耳元にかかって気が気じゃなかった。魚々乃女さんのウェーブがかった青い髪からは、かすかに海の匂いがした。
「リオ、いるんだろ? 入るぞー」
「ちょっと樹里さん、ノックぐらいしましょうよぉ」
樹里さんは軽く断わりを入れてから、ちゅうちょなくドアを開け放つ。プライバシーも何もあったものじゃなかった。
「リオさんって、女の人なんですよね? 勝手に入っていいんでしょうか」
「何か問題がありまして?」
魚々乃女さんはまったく分からないと言った風に首をひねった。樹里さんが当たり前のようにドカドカ入って行くものだから、感覚がマヒしてしまったのかもしれない。
と思った矢先、ドアを開け先に中へ入ろうとした魚々乃女さんの顔が凍りついた。
「……ぜ、前言撤退ですわ」
「え?」
魚々乃女さんは入ろうとする僕を両手で押しとどめると、バタンと扉を閉めてしまった。
「…………え?」
立ち尽くしていると、ドアの向こうで聞き慣れない声があがった。値が張るだけあってほとんど聞き取れなかったが、『男!?』と仰天(ぎょうてん)する声だけは確かに聞こえた。
さっきから中が騒がしい。何かでもめているようだ。声色から察するに三対一で、直に一人の方が折れて、しぶしぶ協力することにしたようだ。部屋のあちこちから物音が聞こえてくる。約一名、扱いが雑な人物がいるらしく、時折大きな音を立てては誰かに怒られていた。
――――それにしても、長い。
「あのー。いい加減、入っていいですか?」
扉を軽くノックすると、魚々乃女さんが顔を出した。
「しばしお待ちを」
「あの、僕は別に――――」
バタン。ほとんど言い終わらないうちに、勢い良く扉が閉まる。どうしてか、さっきより乱暴だった。
「あぁー、もう、中で何してんのかなぁ……」
僕は背中から壁にもたれかかり、いよいよ床の上であぐらをかき始めた。
――――直後。巨大な黄色の光線(レーザー)が、すぐ横の壁をぶち抜いた。
「な……!」
数秒後土煙が晴れると、真横の壁には大穴が開き、向かいの部屋は跡かたもなく消し飛んでいた。円形に削り取られたガレキの向こうに、青空が見える。夕焼けでほんのりと赤くなっていた。
「もう、夕方かぁ。早いなー」
……なんて、言ってる場合じゃなかった。
「――――何があった!?」
ひっくり返って目を剥(む)く僕に、大穴からひょっこり顔を出した金髪の女の子がこともなげに言う。
「……あぁあ、また直さなきゃ」
「直るんですか? これ」
見上げると、小さなガレキがパラパラと崩れ落ちてきた。
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