パラレヌ・ワールド

羽川明

文字の大きさ
19 / 57
二章 「スクール水着の半魚人」

その八

しおりを挟む
 振り返ると、僕らの街が一望できる。目を凝(こ)らせば、海岸線まで見えた。
「それにしても高いですわね。私(わたくし)のお父様の本社より、少し低いくらいでしょうか」
 いや何者だよ。
「まさかこんな所に住んでいるとは。しかも最上階って……」
「なんでも、この街で一番金星に近い場所に住みたかったらしい」
「その気持ち、なんとなく分かる気がします」
 万美(まみ)さんは、少し背伸びしてインターホンを押した。
 この四人の中で一番背が低いとはいえ、単純にインターホンの位置が高い。一番高い僕でも、背筋を伸ばさなければ届かなさそうだ。
「……返事がありませんね」
「ただのしかばねのようですわ」
「いつものことだろ?」
 樹里さんは何のためらいもなくドアノブを捻ると、さっさと入って行ってしまった。
「あぁ、もう樹里さん! 勝手に入っちゃダメじゃないですかぁ」
 口では言いながらも、万美さんは樹里さんの背中をとことこ追いかけて行った。
「僕たちも入りましょうか」
「……そう、ですわね」
 魚々乃女さんだけは最後まで迷っているようだった。

 長い一本道の廊下をしばらく進んでいくと、突きあたりで樹里さんたちに追いついた。途中、高そうな調度品がいたるところに置かれていたものの、手入れが面倒なのか、どれもホコリをかぶっていた。魚々乃女さんは見るたびにため息をつき、肩を落としていた。
「このお宅、お世辞にも管理が行き届いておりませんわ。先ほどの鹿の標本なんて、クモの巣が張っていましたし」
 そして、声をひそめて逐一(ちくいち)報告してくる。吐息が耳元にかかって気が気じゃなかった。魚々乃女さんのウェーブがかった青い髪からは、かすかに海の匂いがした。
「リオ、いるんだろ? 入るぞー」
「ちょっと樹里さん、ノックぐらいしましょうよぉ」
 樹里さんは軽く断わりを入れてから、ちゅうちょなくドアを開け放つ。プライバシーも何もあったものじゃなかった。
「リオさんって、女の人なんですよね? 勝手に入っていいんでしょうか」
「何か問題がありまして?」
 魚々乃女さんはまったく分からないと言った風に首をひねった。樹里さんが当たり前のようにドカドカ入って行くものだから、感覚がマヒしてしまったのかもしれない。
 と思った矢先、ドアを開け先に中へ入ろうとした魚々乃女さんの顔が凍りついた。
「……ぜ、前言撤退ですわ」
「え?」
 魚々乃女さんは入ろうとする僕を両手で押しとどめると、バタンと扉を閉めてしまった。
「…………え?」
 立ち尽くしていると、ドアの向こうで聞き慣れない声があがった。値が張るだけあってほとんど聞き取れなかったが、『男!?』と仰天(ぎょうてん)する声だけは確かに聞こえた。
 さっきから中が騒がしい。何かでもめているようだ。声色から察するに三対一で、直に一人の方が折れて、しぶしぶ協力することにしたようだ。部屋のあちこちから物音が聞こえてくる。約一名、扱いが雑な人物がいるらしく、時折大きな音を立てては誰かに怒られていた。
 ――――それにしても、長い。
「あのー。いい加減、入っていいですか?」
 扉を軽くノックすると、魚々乃女さんが顔を出した。
「しばしお待ちを」
「あの、僕は別に――――」
 バタン。ほとんど言い終わらないうちに、勢い良く扉が閉まる。どうしてか、さっきより乱暴だった。
「あぁー、もう、中で何してんのかなぁ……」
 僕は背中から壁にもたれかかり、いよいよ床の上であぐらをかき始めた。

 ――――直後。巨大な黄色の光線(レーザー)が、すぐ横の壁をぶち抜いた。

「な……!」
 数秒後土煙が晴れると、真横の壁には大穴が開き、向かいの部屋は跡かたもなく消し飛んでいた。円形に削り取られたガレキの向こうに、青空が見える。夕焼けでほんのりと赤くなっていた。
「もう、夕方かぁ。早いなー」
 ……なんて、言ってる場合じゃなかった。
「――――何があった!?」
 ひっくり返って目を剥(む)く僕に、大穴からひょっこり顔を出した金髪の女の子がこともなげに言う。
「……あぁあ、また直さなきゃ」
「直るんですか? これ」
 見上げると、小さなガレキがパラパラと崩れ落ちてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...