パラレヌ・ワールド

羽川明

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二章 「スクール水着の半魚人」

その十一

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「――――ということがありまして」
 万美さんの口からほがらかに語られた十数分前の出来事は、理解の範疇(はんちゅう)を軽く超えていた。
「……すいません、もう一度お願いします」
 横では魚々乃女さんが涙目になって土下座で謝り倒しているし、金星人のリオさんはそれをそっちのけで見つめてくるし。樹里さんと万美さんは部屋の奥の季節はずれのこたつでまどろんでいるし。まぁ僕もだけど。
「お前が男か」
「え? あぁ、はい」
 リオさんは、不思議な呼び方をしながらコタツに入り込む。サイズのあっていないダボダボの白いワイシャツに、黄色いミニスカートをはいていた。結局髪は結んでいないようだ。
「――――で、誰だっけ?」

           *

 そのころトモカは、自宅に帰って入浴中だった。
「あぁー」とわしゃわしゃ髪を洗い、
「はぁー」とごしごし体を洗い、
「うへぇー」と首まで湯船につかっていた。
「……ヒマー」
 水面を埋め尽くすほど溢れた大量の泡の中に顔をうずめ、トモカはこれ以上ないくらいにリラックスしていた。
 今日も今日とてバブルバス。シャンプーやらリンスやらをきちんと流さなくてもバレないので、トモカは結構気に入っていた。しかし、多い時は朝昼晩と日に三回も入浴するトモカは入浴剤の消費が激しく、バブルバスは一日一回までというのが家族内でのルールだった。
「トモカー?」
 脱衣所の戸が開き、曇りガラスの向こうに人影が現れた。
「ナニ? お母さん。今日はまだ一回目だよ」
 『もう、うるさいなぁ……』と聞こえないように呟き、トモカは水面に口をつけてブクブク泡立てる。子供のころからのくせだった。
「そうじゃなくて、お友達から電話」
「えーお風呂から出るのメンド臭い。湯ざめしちゃうじゃん。お母さん入ってきてよ」
「もう、仕方ないわね」
 と言って、本当に中に入ってきて、お母さんはトモカに受話器を手渡した。
「ほら、あんまり長電話しちゃダメよ?」
「お、おう。……ありがとう」
 お母さんは、何食わぬ顔で出ていった。
「……冗談、だったんダケド」
 考えてみればお父さんさえ同じようなことをやりかねないので、今度から気をつけようと、胸に誓ったトモカだった。
 ちなみに、自分も同じような性格であることには気づいていない。
『トモカさん、トモカさーん? 私です、古都(こと)です! 聞こえてますかー?』
「あぁ、冥王(みお)ちゃん。ナンのようかね」
『いえ、ちょっと気になることがありまして。あ、そう言えば今回の占いはどうでしたか? ちゃんと当たってました?』
「あー、『木犀花(もくせいか)』だっけ」
『そうですそうです。どうでしたか?』
 わくわくしているのが気配で分かる。トモカには、若干気が重かった。
「わかんね」
『へ? どういうことですか?』
「……出禁(できん)になっちった」
『……何が、あったんですか?』
 声が引きつっていた。ヤなこと思い出しちゃったな、と、トモカはまた水面で口をブクブクさせる。
「聞かないで。そいで、気になることってのは?」
『大したことではないんですが、ひょっとするとカズマ様――――カズマくんに関係するかもしれないので、一応……おぉ、見えます!!』
「冥王(みお)ちゃん?」
『……えっほん。これは失礼。お知り合いに、〝緑の宇宙人〟の方、いますか?』
「え? ナニ星人なの、それ」
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