昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

主役の所業 §1

 支度部屋で晩餐ばんさん会のメニューを見ていた。いろいろあったけれど、ついにここまで来たかと感慨深い。
 お料理はヴィントランツ料理。繊細な味わいと美しい盛り付けが特徴だ。西大陸でも修業をしたことがある有名なシェフが料理長を務めている。
「リアの披露宴で『腸詰め』はない」と言ってそのシェフを推したのは陛下だった。
「国を挙げて催すのだから、オルランディア料理のほうがよいのでは?」というわたしの意見は、瞬時にかき消された。
 伝統的な和食か魔改造グルメでもてなすのが常の日本人とは、自国の食に対する考え方が違うらしい。来賓が舞踏会の軽食サパーコーナーに並んだ腸詰めに気づいてくれることを期待したい。

 つつがなく支度を終え、晩餐ばんさん会に挑んだ。
 わたしの願いはただ一つ。何事も起こらず、食事を楽しむ余裕があること。
 会場は最も大きなバンケット・ホールが使われ、昨年と同様、最高の食器とカトラリーが、完璧なテーブルセッティングとともにゲストを迎えていた。
 荘厳な雰囲気の中、壁にかかった歴代王の肖像画が「絶対に失敗するなよ」と言っているかのようだ。

 お皿が運ばれてくるたび、感嘆のため息が上がった。きっとヴィントランツ料理にして正解だったのだろう、と自分を納得させる。
 ——わたしの周りではひっそりと、看過できない事件が起きており、お料理を味わう余裕がなくなっていた。
 事前に聞いていた座席と配置が変わっている。厳密に言うと、夫の席だけ・・が、勝手に変更されていたのだ。

 きらびやかな会場にずらりと並ぶ長テーブルには、上座に国賓、その傍らに王や国内の上位貴族、要職者が並ぶ。
 貴族は当主のみが配され、嫡男は口が出せないよう下座へ追いやられていた。外交参加メンバーはかなり厳選されている。
 その一角を、王族である夫が担い、わたしは「添え物」として隣に座る、というのが本日の計画だった。
 ところが、いざ蓋を開けてみたら、隣に肝心の夫がいないのだ(!)

「俺はあっちだから」と他人事のように言い残し、彼は別のテーブルへ去っていった。その背中を呆然ぼうぜんと見ていると、彼は朝まで一緒に過ごしていた旧友たちの近くにちゃっかり陣取っている。
 彼は、これが自分の結婚披露宴だということを忘れたのだろうか……。
 気心知れたお友達と食事をしたいのはわたしも同じだ。しかし、結婚初日にパートナーを置き去りにするなんて思いつきもしない。

 護衛に指示を出していたフィデルさんが、急な変更に血相を変えていた。
 夫が離れたせいで「団長か副団長がそばにいなければならない」という大原則が崩れてしまったのだ。
 マークさんは外の警備の責任者だから、会場内にはいない。
 アレンさんは西大陸の王族でもあり、下座に追いやられた嫡男たちとは格が違う。総務大臣のお父様と一緒に、隣のテーブルで各国の宰相や大臣などの接待を引き受けていた。
 自分自身の配置を変えるしかなくなったフィデルさんは、近衛騎士の人たちと相談して一部の人員配置を変更し、どうにか事なきを得たようだった。

 さて困った。夫に文句を言いたいのは山々だけれど、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
 披露宴で新婚夫婦の席が離れているなんて、周りは何事かと思うだろう。まるで初めからこういう予定だったかのように、自然な感じで振る舞わなくては。
 同じテーブルに着席している人たちを見渡した。
 右隣はルアラン王国のカミロ王太子夫妻だ。おふたりとは歳が近く、以前もお茶会で話をしたことがある。話しやすい方たちなので問題はない。
 左隣は南の小国フェイライト王国の国王陛下。初対面だけれど、パッと見た感じは優しそうなオジサマだ。たぶん大丈夫。

 問題は正面にどっかりと座っている御仁だ。
 カルセド公国の大公殿下は、絵に描いたような政治家の雰囲気……つまり、悪そうなお顔(失礼)をしていて、ちょっぴり怖い。
 大公の隣では、ジュネスカ王国の若き国王陛下が小さくなっている。キーマンは間違いなくカルセドの大公だろう。

 落ち着け……見た目に惑わされてはダメ。社交嫌いな旦那様の外交トレーニングを兼ねているはずだから、難易度の高い人が同じテーブルにいるわけがないのだ。
 その証拠に、上流貴族で固められているほかのテーブルとは陣容が違っている。
 サポート役はヤキトリ伯様(※ヨークツリッヒ伯爵)をはじめとするオルランディア北西貴族だ。経験豊富なおじいちゃん領主が周りを固め、まるで「元老院」のような雰囲気を醸し出している。
 ……ということは、身分よりも話の質が重視されるからだろう。上っ面や勢いだけで対処すれば失敗する。

「このところオルランディアは、食品の輸入を進めているようだが、食料自給率はいかほどなのですかな?」
 カルセド大公がいきなり攻めてきた。まさか最初の話題が食料自給率とは。
 必死でこれまで見聞きしたことを思い出そうとした。オルランディアの食料自給率は、質量と生産額で計算されていたはずだ。パーセンテージは確か……
「質量換算で二百パーセント以上と聞いて、すっかり安心してしまって、それ以上の詳しい数字は失念してしまったのですが、生産額ベースでは確か、百二十パーセント弱だったかと」
「おお、こりゃ失礼。ということは、以前と変わらず輸出もしているわけですな。てっきり自給率が下がって輸入で補うことにしたのかと勘違いしてしまったわい」
「ほとんどが東大陸内からの輸入だと聞いておりますけれど、一部、南大陸の変わった食材や嗜好しこう品を見かけますわ。輸出のほうは、それほど多くはないと聞いております。ホホホ……」
 ——ヤバいわ。こんな調子でデザートまでなんて絶対に無理。引き出しがなさすぎて話が続かないもの~!

「リア様、質量のほうは、確か二百十六パーセントだったかと思います。ちなみに、南大陸からの食品は、殿下のカルセド公国を経由して我が国の港に入って来たものでしょう」
 ヤキトリ伯様が絶妙なタイミングで助け舟を出してくれた。神様仏様ヤキトリ様である。
「まあ、そうでしたのね。わたくしの母国はコメが主食だったので、南大陸産のお米には、ずいぶんと助けられていますわ」
「おお、それはそれは。我が国は貿易と食品加工技術ぐらいしかない小国ですが、お役に立てて光栄ですぞ! わははははっ!」
 大公もお米のポリッジが好きで、時々食べているとのことだった。

「我々の貴族会議でたびたび話題になるのですが、自給率の管理に質量以外で使える単位はないものか、と。カルセド公国ではいかがでしょうか?」
 北西マヨ同盟の領主様が、自然な形で大公に問いかけた。まるで示し合わせたかのような連携プレイだ。皆さま、ありがとうございます!
「その話ならしょっちゅう出ますぞ。しかし、案まで出ないのがお恥ずかしいところ。ただ量があればそれでいいというものではありませんからなぁ」
 大公は渋い口で言った。
「こちらでは、数学者などの専門家を入れて委員会を作り、検討をしようという話になりました」
「それは興味深いですな」
「あ、そういえば……」わたしはナイフを動かす手を止めた。
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