昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

初夜の衝撃 §1

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 わたしたちが予定より早く帰宅したせいで、出迎えてくれた人の一部が肩で息をしていた。
 執事長の様子を見れば、だいたい想像がつく。先触れの騎士団員から「一時間以上も帰りが早まった。もう王宮を出た」と連絡を受け、ギャー!っと大慌てで各所へ走って伝えに行き、全員がてんてこ舞いの猛ダッシュで玄関に集まり出迎えてくれたのだ。
 それなのに、旦那様はわたしを抱きかかえ、のしのしと偉そうに歩いていた。

「十八階以上は最低限の護衛と、侍女以外の立ち入りを禁ずる! 呼ぶまで誰も来なくていい。アレン、フィデル、頼んだぞ!」
 聖女宮の従業員に命令をしないでほしいと伝えているにもかかわらず、彼は相変わらず全人類が自分の部下だと勘違いしている。
 忠誠心の強い人ほど、わたしよりも大きな顔をする彼を嫌うので、彼自身のためにもやめたほうがいいのだけれど……。
 皆の顔から一瞬にして笑顔が消え失せ、せっかくの歓迎ムードが台無しになりかけた。慌てて口パクで「ごめんなさい、いつもどおりに!」と指示を上書きすると、パッと皆に笑顔が戻る。

 部屋の入り口でようやく解放され、床に足を着けた瞬間、ドッと疲れが押し寄せてきた。疲労の原因はほかでもない、前日の晩から大暴れしている夫だ。
 朝帰りの酒クズ事件に晩餐ばんさん会バックレ事件、花嫁置き去り&連れ去り事件……と、籍を入れた途端、まるで化けの皮でもはがれたかのような勢いだ。

「支度ができたら行きますね」と、口角を引っぱり上げながら伝えた。
 初夜の支度は、少し休憩して気持ちをリセットしてからにしたい。
 ところが、うちの王子様は軽く口づけをして「なるべく早く」とのたまった。
 まだワガママを言い足りないのかと、さすがのわたしも引いてしまう。しかし、二つ返事ですんなり従う必要はないだろう。ここは交渉だ。

「急ぐのであれば、初夜用のドレスは次回ですね。それに合わせた物もすべてナシということで、よろしいですか?」
 スンと無表情で尋ねた。
 それでも急げと言われたら「野暮やぼったい白のステテコおぱんつで行くけどいいんだな?」と聞いてやる。
「あ、いや! 大丈夫だ。待っている」と、彼は慌てて両手を振った。
「では、支度をさせていただきますね」
 彼に見えないよう、ぺろっと舌を出しながら自分の部屋に入った。
 ホホホ、わたしは日々成長しているのですよ、旦那様。

 ☟

 立っていた時間が長かったこともあり、お風呂に浸かってゆっくり温まると足がジンジンした。
 お風呂上りは女子だけでおしゃべりをしながらお手入れをして、初夜の準備は着々と進んでゆく。

 聖女宮には忍者屋敷のような秘密の通路があり、いくつかの部屋とわたしの寝室がつながっていた。
 夫たちが聖女の寝室へ通うことを想定して設計された悪趣味な通路で、まるで「夫の求めにすべて応じよ」とでも言われているかのようだった。
 聖女宮に引っ越してきて早々に問題となり、鍵を逆向きに付け替えることで主導権をわたしに移した。「聖女が夫の部屋へ行くための専用通路」に変更したのだ。
 わたしはナイトドレスの上にガウンを羽織り、そこをトコトコ歩いて夫の部屋へ向かうことになる。

「よしっ! 行きましょう」
 気合いを入れてドアを開けると、アレンさんが待っていた。礼装用の制服のせいか、いつにも増してまぶしい。さすがはヴィントランツの王子様だ……。常々思うことだけれど、なぜ彼はわたしの側仕えなんかをやっているのだろう。
「行きますか?」と、彼は優しく微笑んだ。
「は、はいっ。秘密の廊下の試用も兼ねて」
「隠し通路とは思えないほど内装は豪華ですよ。ほら」と、彼は壁にかかったお高そうな絵を指さした。
 夫の寝室へ向かうのに、別のイケメンさんと手をつないで行くなんて……つくづくおかしな世界へ来てしまったものだ。

「リア様、手が冷たいですね」と、彼は心配そうに言った。
「緊張してきたかも……」
「怖いですか?」
「少しだけ。でも、大丈夫ですわ」
 彼は立ち止まり、ポケットから何かを取り出した。
「こちらをお持ちください」
 お見合いの時に持たせてくれた緊急通報用のスイッチだ。
 シリコンのように柔らかな手触りで、卓球のボールのような見た目をしている。グニュッと押せば受信機に通報できる魔道具だった。
「何かあれば押してください。受信機はここにあります」
 彼は自分の左胸をポンとたたいた。
「仮に世界中を敵に回したとしても、私があなたをお護りします」
「ありがとう、アレンさん……」
 うれしくて思わず目頭が熱くなる。万が一にも押さないとは思うけれど、御守りとしてポケットに入れた。

 夫の部屋の前でいったん立ち止まり、深呼吸をした。
 長い一日だった。でも、ここまで来れば、さすがの夫も変なワガママは言わないだろう。
「明日の朝……ここでお待ちしていますね?」と、アレンさんは言った。
「ハイ。行ってまいります」
 彼がドアの鍵を開け、合図用のひもを引っ張ると、中でチリンと音がして夫が出て来た。
 二人の短いやり取りがあり、アレンさんに送り出されて中へ入る。何度も来ている部屋なのに、緊張で体が固くなった。

 ――ど、どうするのでしたっけ……。
 初夜のお作法を教わった気はするけれど、トラブル続きだったせいか内容が思い出せない。でも、妻としての挨拶だけはきちんとしなくては。
「あの、旦那様、ふつつかものです……ぐヮっ」
 急に後ろから抱きつかれたせいで、アヒルの鳴き声のようになってしまった。もう一度仕切り直しだ。
「ふつつかも……」
「きれいだ、リア。この日を待ちわびていた」
「ふつ、ふつつ……」
「愛している」
「ふつ……」
 DV(せくしーヴィ・・ルヘルム)が耳元で愛をささやき、挨拶する暇を与えてくれない。徐々に「ちょっと今じゃない感」が漂い始め、戸惑っている間に抱きかかえられて寝室へと運ばれていた。
 ――仕方ありませんね……。旦那様、今日のところは心の中で失礼いたします。
 ふつつかものですが、どうぞ末永くよろしくお願いいたしますね。

 ☟

 夫の様子がおかしいと気づいたのは、ベッドの上に降ろされてすぐのことだった。
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