昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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2[リア]

悩み深く

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 数日後──
 陛下から頂戴したミッションを達成するべく、わたしはセッセと変装に勤しんでいた。
 一番年下の侍女マリンが、わたしの髪を巻き巻きしながら「もうご婚約は間違いなしと噂になっているそうですわ」と、嬉しそうに言った。
 お揃いの服で王宮内を歩いたせいで、わたしとヴィルさんは「婚約秒読み」の噂が立っているらしい。当の本人は婚約どころか、中途半端な関係に悩んでばかりだというのに……。

 ヴィルさんのことは大好きなのだけれども、時折その行動がわたしの常識的感覚とは少しズレていることがある。しかし、一概に彼を「非常識だ」と言えないのが辛いところだ。なにせ周りの人々からしてみれば、異世界から来たわたしのほうが圧倒的に常識から逸脱しているからだった。
 わたしを無条件で全肯定しがちなイケ仏様は「御心のままでいい。あなたが法だ。周りをそれに従わせればいい」と言うけれども、そんなアニメに出てくるガキ大将みたいなことができたら苦労しない。

 わたしの頭には、日本の常識という基礎の上に、この王国の一般常識、そして貴族社会の常識と神薙様の常識が重箱のように乗せられている。ホトケの腕につかまり、導かれるままヨロヨロと歩みを進めているのが今のわたしだった。
 ヴィルさんの行動に首を傾げるときは、この王国の常識ではどうなのかしら、貴族はどうなのかしら、神薙界隈の常識ではどうなのかしらと、まずは周りへの確認作業が必要だった。それが面倒だったり手間取ったりして、なかなか考えがまとまらない。

 信頼できる誰かに一から十まで相談してしまいたいと思うことがある。
 機能面での信頼度ならイケ仏様がダントツなのだけれども、話のジャンル的に異性が相手だと少々話しづらい。しかも、彼にとっては上司であり友人でもあるわけだし。
 箱入り貴族令嬢の侍女だと、ビックリするようなポジティブ・シンキングが飛び出してくるので危険だった。彼女たちは「王族様に好かれたら誰もがハッピー&ひゃっほーい」と思っているフシがある。

 仮にイケ仏様に話すのならば、結論に近いところまで考えをまとめてからのほうが良い気がした。中途半端なところで相談をすると、またイケメン二人のケンカに発展してビュービューと突風が吹くことになる(寒いからヤダ)
 彼は絶対にわたしの味方をしてくれる。それが仕事だからだ。だからこそ、わたしは方向性を決めておく必要がある。
「夫はお見合いで決めるので、ヴィルさんをわたしに近づけないでください」と言うのか、もしくは「彼を夫に選びたいのだけど、どうしたらいい?」このどちらかだ。

 出発予定時刻が迫っていた。
 今日は陛下のミッションを頑張らなくてはいけない。細かい考えごとは、それが終わってからにしよう。今日、わたしは貴族街へ行ってお買い物をしなくてはならないのだ。しかも、なるべくたくさん……。

 例によって「平民のふりをしている貴族令嬢」という設定で衣装が用意されていた。
 平民服と言われるものは、全体的に刺繍とレースが少なめだ。そして布地は安価なコットンが多い。貴族の服がキラキラして見えるのは、布地に光沢があったり、狭い範囲に繊細なものが多用されていて、目に飛び込んでくる情報量が多いせいだと思われる。
 ビシッ、バシッ、ガショーンと変装パーツが装着され、お買い物がんばるマン、変身完了だ。

 仕上げの髪留めを着けながら、侍女長が含み笑いをした。
「キースさんから聞いたのですが、団長様も変装のために地味服を用意されたそうですわ」
「ヴィルさんが、地味な服?」
 ──想像がつかない。
 彼は常にジャラジャラのキラキラマンだ。「眠らない街、東京」と同じように「消えないキラキラ、ヴィル」とか「夜道を煌々と照らす、ヴィル」とか、そういうキャッチフレーズがピッタリな人なのに……。



 支度を終えて部屋を出ると、イケ仏様が待っていた。彼も変装をしている。ごく普通の紺色スーツだった。
 普段の彼は超絶オシャレな貴族男子で、ジャラジャラは控えめだけれども、どこかのデザイナーが彼のためにデザインしたかのような素敵な服を着ている。
 しかし、地味スーツでも眩しいとはどういうことなのか……。頭の中で「今なら金の仏像がついてくる!」という謎のキャッチフレーズが浮かんだ(何のキャンペーンだろう)

「ヴィルさんの変装はどうでしたか?」と聞いてみると、彼は「んー」と唸って口角を上げた。笑っている(笑)

「もしかして、全然忍べていないとか?」
「昔から『お忍び』という言葉が似合わない人なので」
「すぐにバレてしまうかもですね……」
「もし困ったら、彼を置いて一緒に逃げましょうね?」
「はい。逃げ足には定評がありますのでっ」

 二人で笑いながら降りていくと、ヴィルさんは玄関ホールで鏡を覗き込み、何やらぶつぶつ呟いている。
「俺の場合、目を隠せないとダメだよな」
 彼のエメラルドのような瞳は、王家の人だけに出る特別な緑色らしい。
 隔世遺伝で伝わっている特徴らしく、全員が彼のように綺麗に出るものではないそうだ。澄んだエメラルドの瞳で生まれた人は、ほかの人よりも少しだけ優秀らしいと、王室ウォッチャーのマリンが教えてくれた。

 従者のキースさんが「試しに」と言って、彼にメガネを渡した。
「俺もアレンみたいになるだろうか?」と彼は目を輝かせている。

「まさかヴィルさんまで仏像に!?」と狼狽えた。すると、キースさんがこちらを見ながら意外な一言を放った。
「オーディンス様のようにメガネで目の印象を薄めると、より優しい印象になりますよね」
 ──より優しい印象?
 わたしは思わずイケ仏様のご尊顔を拝した。
 優しいのは間違いないけれども、メガネの効果に限って言うなら「より固く」「より石のように」なっているはずだ。キースさんにはどう見えているのだろう……。

「リア様? どうされました?」と、イケ仏様が覗き込んできた。
「えっ? い、いいえ、あのメガネにも何かスゴイ効果があるのかなぁーと……」
「それは私も興味があります」
 ドキドキ、どうなるのだろう。イケ仏様のせいでこの世界のメガネが気になって仕方がない。

 ヴィルさんはメガネをかけて「どうだ?」と前髪をかきあげた。
 キースさんが覗き込み「こ、これはぁ」と言った瞬間、二人はブファーッと盛大に吹き出して大笑いし始めた。

「リア、アレン、見てくれ!」
 彼の顔がこちらに向き、笑っていた理由がすぐにわかった。
 目元だけが明治時代にタイムスリップしているのだ……。国宝級のイケメンが、ぐるぐるメガネのガリ勉キャラになっている。
 それは教科書に出てくる昔の偉い人や文豪がかけているような瓶底丸メガネで、変装グッズというよりむしろ面白ネタ装備だった。
 普段とのギャップが大きすぎて、周りにいる人々の腹筋が持たない。次々と膝から床に崩れ落ちていった。

 ぐるぐるメガネが「良かったら一曲踊りませんか?」と、わたしの手を取り、コミカルな動きでダンスに誘う。
 おかしすぎて声が出なくなり「ひぃぃぃーひぃー」と喉からヘンな音が出た。

「やめろ、神薙にベタベタ触……」
「アレン君、僕に冷たくしないでくれたまえ」
「ぶっ……こっちを見るなっ!」
 イケ仏様が笑いながら瓶底モンスターを引き剥がしてくれた。

 ひとしきり楽しむと、ヴィルさんは「あー面白かった」と満足そうにメガネを外した。さすがにそれをかけては出かけないようだ。

「これだけ地味にすれば、誰も俺だとは分かるまい」
 腰に手を当て、得意げに鏡を見るヴィルさんは、どこをどう変装したのか分からないほどキラキラ貴族様のままだった。
 それをポカンと見ているわたしに、イケ仏様が無言で腕を動かし、走るジェスチャーを見せた。「一緒に逃げましょうね」だ。
 わたしはニマニマしながら頷いた。
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