昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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2[リア]

嘆願書

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 陛下は約束どおり美味しいシーフードを用意して待っていてくれた。
 あえてコメントはなかったけれど、わたしたちがおそろいの格好で現れたことには、さすがに驚きを隠せなかったようだ。

「……お前が貝だの魚だのを食べている姿は初めて見るぞ」
 陛下は食事の手を止め、まじまじとヴィルさんを見ていた。大嫌いだと言っていた海の物が前菜から盛りだくさんにもかかわらず、余裕の表情で食事を楽しんでいたからだろう。
「リアが食べていると、なんでも美味しそうに見えますからね」と、ヴィルさんは涼しい顔で言った。
「美味だと感じるようになったのか?」
「リアをじっと見ていれば美味です。しかしずっと見ていたら変態でしょう? どこを見て食べるかは悩みどころですね」
 今宵もわけのわからないヴィル節が好調だ。
 彼がサラダを残していたので「お野菜も嫌いですか?」と聞いてみると「酢漬けは好き」だと言う。ピクルスのほうが難易度が高そうなのに、少し意外だった。

 挨拶に来てくれた王宮料理人に、料理のお礼を言って雑談を交わすなど、終始和やかな食事会だった。ところが彼の一言で雰囲気は一転した。
「……それで叔父上、今宵はリアに何の用です?」
 ヴィルさんが厳しい目で切り出したのは、わたしがデザートのケーキを食べ終えた直後だった。
 陛下は小さく舌打ちすると彼をにらんでいる。
「相変わらずカンの鋭い奴め」
「披露目の会が終わったばかりだというのに、呼び出すには早すぎます」
「……悪いとは思っている」

 二人が不機嫌そうな顔をしているせいで、お茶のおかわりが頼みにくい。
 そっと給仕の方に視線を送ると、こちらの気持ちが伝わったようだ。ニコッと微笑んでティーポットを持ってきてくれた。

「リア、叔父上は君に文句があるようだ。だからこんなに急いで呼び出したのだぞ」
「ええっ、文句? わたし、何かいけないことを?」
「ヴィル! 余計なことを言うな!」
 陛下はカッと顔を赤くすると、ヴィルさんを叱りつけた。
「文句ではない。お願いをしようと思って呼んだのだ」
「リアに言わず、私に言えばいいでしょう。我々の仲がいいのは見てのとおりですよ」
 そう言うとヴィルさんはジャケットの刺繍ししゅうの部分を、これみよがしになでて見せつけた。わたしのドレスに施されているデザインとまるで同じ柄だ。
 まさか、このためのおそろいだったのかしら……?

「――実は商人組合から嘆願書が来てな」と言うと、陛下は小さくため息をついた。
「神薙に関わる消費が落ち込んでいるから助けてくれ、とでも言われましたか」
 ヴィルさんは強めの口調で責めるように言った。
「まあ……そうだな」
「リアに非があるわけではないでしょう」
「しかし、彼らが言うことにも一理ある」
「神薙に頼りきりの経済を作り、うまくいっていると勘違いしていたのはリアではありませんよ」
「若造がわかったようなことを言うな!」
「叔父上こそ。そんなことは経済の基本中の基本ですよ」

 商人街の中で高級品を扱う商人たちから、わたしが物を買わないせいで景気が悪く、税金が払えないかもしれないので助けてほしい、という主旨の嘆願書が届いたそうだ。
 先代までの神薙は、貴族から財産を巻き上げ、それを原資に大量の消費活動をしていた。
 わたしの代になってそれがぴたりと止まり、代わりに貴族の人たちがそれに匹敵する消費をしているわけでもないため、結果として売り上げが下がったということらしい。

「もう十分すぎるほど頂いていますし、大切な税金ですから……」と、わたしはやんわり「税金と奪った財産で浪費をしているほうが非常識」だと主張した。
「叔父上、私が言ったとおりでしょう。リアは常識があり、経済がわかるのです」
「貴族や一般市民の皆さんの消費を促したほうがいいかと」
「リアは貢ぎ物もすべて返却したいと言っているのです」
 わたしが一つ言うたびに、ヴィルさんが畳みかける。

 貢ぎ物を返すという話に陛下は大きなショックを受けている。
「開けなくてもいいから受け取ってくれ。神薙が変わって、まだ日が浅い。急に一般の消費を増やそうとしても難しいのだ」と言う。
「それはわたしも同じです。急に浪費家になりなさいと言われても……」
 ああ、どうして神様はわたしのような庶民をこんな所に呼んだのだろうか。税金でいきなりセレブ生活なんてできるわけがないでしょうに。
 むしろ「民が散財したくなるような施策を考えろ」と言われれば、いくらでも思いつきそうなのだけど……そちらの方向ではダメなのだろうか。

「リア、本当に欲しいものはないのか?」と、陛下はこちらをのぞき込むように聞いてきた。
「す、すみません。そんな急には思いつきません……」
「報告は受けていたが、無欲を極めておるな」
 陛下は目を細め、肩を落とした。
 わたしは決して無欲な人間ではないのだけれど、陛下がわたしにあれもこれも与えすぎなうえに、音楽やテレビ、映画、パソコンなど、わたしが欲しいものが存在していないことも大きい。
「どうしましょう……商人の皆さん、お困りなのですよね」

「リア、気にしなくていい。商人たちは本当に税が払えないわけではない。売上が落ちたことを何かのせいにしたいだけなんだよ。叔父上も、リアに消費をさせることを目的にせず、彼らを穏便に黙らせることを目的とするべきです」
 ヴィルさんの言うことは正論だ。しかし、陛下には陛下の考えがあるらしく、納得している様子がない。
「お前は黙っておれ! 穏便に黙らせるために、何か少しでも買ってもらえないか、と頼んでいるのだ。正しいことを言えばなんでも上手くいくわけではない!」
「こちらだって、怒鳴れば言うことを聞くわけではないですよ」
「うもぉ~っ。今考えていますから、お二人ともケンカをしないでくださいっ」

 はあ~~困った困った。ドレスもアクセサリーも売るほどあるし、お風呂は温泉が引かれていて、毎日ゆっくり体を癒せる。多少和食には飢えているけれど、この国にも美味しいものはたくさんあるので食にも困っていない。欲しかった日記用ノートと落書き帳はすでに買ってしまった。
「うむむむ……あっ!」
 必死で絞り出した結果、一つだけ必要なものが思い浮かんだ。

「ありました! わたし、自分のペンが欲しいです」
「ぺ……ペン!? それだけか?」
 こんなにがんばって考えたのに、陛下はあからさまに落胆している。
「今、オーディンス副団長からお借りしたペンを使っているので……」
「ペンを借りて使っとるのか? 買いなさい買いなさい! 一番良いものを買うといい。ヴィル、あのジジイの店へ連れていってやれ。何本か買うといい」
「いいえ、お安いものを一本で十分です……」
「そう言わず! 買い物に出かけてみてはどうだ? 歩いていればムラムラッと欲しいものが見つかるのではないか?」
「ど、努力はしてみますが……」

 結局「商人街に行くだけは行く」というところに話を着地させた。
 ただ、嘆願書を送ってきた商人全員が満足できるような買い物はできないだろうから「期待はしないで」と伝え、王宮をあとにした。

 帰りの馬車の中、わたしはヴィルさんにギュッとされてションボリしていた。
 節約上手が自慢だったはずなのに、なぜ散財しないのかと叱られるなんて、この国は何かがおかしい……。わたしの節約術は披露する間もなく終了ですか?
 これで買い物ができないと、あいつは「ダメな神薙だ」と言われるのかしら。でも税金を使いすぎたら、それはそれで叱られるのでしょう? そんなの理不尽すぎる。

「な、なぜこんなことに。日本では毎日が楽しくて幸せだったのに……」
「大丈夫だ、リア。なっ? 一緒に買い物に行こう。きっと楽しくなるさ」
 コクンとうなずくと、彼は「この間の髪留めをつけてくれるか?」と聞いてきた。
 わたしがまたコクンとうなずくと、彼は髪にキスをした。

 翌日、わたしは念仏のように「欲しいもの、足りないもの……」と唱えながら、敷地の中をウロウロ歩き回り、どうにかペン以外の欲しいものを絞り出した。
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