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3[リア]
ダメージ
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失礼なおばさまの質問は、大声なうえにノンストップだった。
ヴィルさんが答えようと答えまいとおかまいなしに次々と質問が飛んでいる。
彼女の大きな声は、昔から彼を知っているアピールのようだ。話の内容なんてどうでも良く、ただ自分が次期領主と親しいことを周りに自慢したい。そんな雰囲気だった。
土産物屋の店主が呆れたように「若様も大変ですよねぇ。あんなのに絡まれて」と言った。
「まったくです。自分だったら耐えられない。気の毒です」と、アレンさんが答えた。
チラリと見上げると、オデコに青スジが浮かんでいる。とても分かりやすくイラついていた。
大丈夫ですよ、アレンさん。ヴィルさんは適当にあしらっていますよ。
腕をさすると彼はコクコクと頷き、メガネの位置を直した。
「そう言えばぁ、ぼっちゃんの奥方様は、もう決まったの?」
おばさまはまだ離れて行かず、ヴィルさんに絡んでいた。
「……何の話だ」
「だぁって、ご領主様がひどい神薙嫌いでしょぉ? 当然、ぼっちゃんのお相手は貴族の御令嬢だって、みぃーんな言ってるんですよ! それでっ、どこの御令嬢になさるのっ? もう決まっているんでしょう? どなた?」
ぶすりと、心に何かが突き刺さった。
え、今? ここで? と、クマをくわえた鮭の置物を見下ろしながら思った。
あまりにあっけなく、この日が来た。
ああ、御愁傷様です、わたし……。
ヴィルさんのお父様、カール王兄殿下とは一度もお会いしたことがなかった。
お父様は兵部大臣でもあるので、職場は王宮だ。でも、顔どころか影すらも見たことがない。
せめてご挨拶をと思い、お披露目会でも大臣の皆さんがいるところを探した。
でも、いつもヴィルさんのお父様だけはいなかった。
そうでしたか。
神薙がお嫌いだったのですねぇ……。
だから、わたしのいる場所にはいらっしゃらないのですね。
お会いしたことがないのに嫌いということは、わたしのことが嫌いなのではなく神薙という存在そのものが嫌いなのだろう。
お見合いの申し込みは家の正式な印鑑が必要なため、当主が手続きをすることになっていた。
ヴィルさん本人がどう思っていようと、お父様がヨシと言わなければ無理だ。
つまり、お見合い相手のリストにヴィルさんの名前がないのは必然だった。
お父様に認めて貰えないのでは、交際も結婚も夢のまた夢なのだ。
やっぱり失恋ですねぇ……
わたしからしてみれば、もともと身分違いの恋だ。表向き神薙の身分が高いといっても中の人は庶民のままなのだから。
でも、こんなことになるのなら、近づいてほしくなかった。中途半端なことはせずに放っておいてほしかった……。
市場の喧騒が聞こえなくなっていた。
もう買い物のピーク時間が過ぎたのだろうか。
あれ?
わたしの耳のほうがおかしいのかしら?
人は大勢いるけれども、声や音があまり聞こえない。
「……様、リ……!」
ん?
「……ア。……リア!」
アレンさんが慌てた様子でわたしの名前を呼んでいた。
聞こえているか、こっちを見ろ、息をしろと言っている。
大丈夫ですよ?
ちょっと遠いけれど聞こえているような気もするし、見えているし、ちゃんと息もしています。
あれ? していますよね?
スーーー、ハーーー。
あ、大丈夫です。
安心して下さい。生きています。
「えーと……」
「リア様、私の声、聞こえますか?」
「あ、聞こえました。あの、ちょっと体調が、良く、ない……のっ、でっ」
咳き込んだ。
声が出づらい。
フラフラする。
へ、変ですね。
致命傷を食らったのはメンタルのほうなのですが。
失恋って、こんなに物理的に死にそうになるものでしたっけ??
なんだか頭も痛いですね。
どうしましょう、あちこちが……。こ、困っちゃいましたねぇ。
「……ダメだ。ミスト! 馬車呼んでくれ!」
「そこの先の広場で!」
「わかった、頼む!」
あらあら、ミストさんも足が速いですねぇ。
今度、三人でかけっこを致しましょう。エムブラ宮殿の頂上決定戦ですね。うふふ♪
さあ頑張れ、わたし。
苦しいとか言っている場合ではないですよ?
こんなに重要な港の近くで、感情を乱してはいけません。
せっかく穏やかな海なのに、神薙のせいでバシャバシャして船が転覆でもしたら大変です。
お行儀の悪い神薙は市民の皆さんに嫌われてしまいますからね。神薙ヘイトはヴィルさんのお父様だけでお腹いっぱいです。
大丈夫です。
だって覚悟はしていましたから。
神薙様とはメソメソしないものと心得ております。
ニコヤカにまいりましょう。
笑顔の在庫を引っ張り出しましてー、貼り付けましてー。
さあ、あのファンタビュラスでエクスペンシヴなラグジュアリーホテルにゴーバックですよぉ。
あ、木彫りのシャケクマは要りません。港なので、お魚とかエビさんのほうが良いと思いますよ? あと、鮭がクマをくわえているのは大問題です。どうぞご検討ください。
さあ、長居は無用ですわ。これにて退散。
ツッタカター、ツッタカター、ぜんたーい進めっ!
おっほほほほっ!
馬車へ向かおうとしていると、大声のおばさまとの話を終えたヴィルさんがそばに来た。
ラスボスが出たぁー。
よーし、貼り付けろ笑顔、燃え尽きるほどスマイルっ。
アレンさん直伝・仏像の術ゥ~。
「リア? どうした! 顔が真っ青だぞ……!」
「平気デス。宿ニ戻リマス」
「医者を呼ぼう!」
「ワタクシハ、大丈夫デース」
さあ、本日の営業は終了でございます。
只今より自動応答システムにて対応させて頂きます。
「ダイジョーブ デス(死)」
アレンさんが、ガッと間に入ってきた。
本家本元の仏像だ。
わぁい、ダブル仏像ですねぇ。
仏像ブルーと仏像ピンクで仏像戦隊ガッショウジャー。
参上!(しゃきーん!)
ウフフ、うふふふ…… げほっ、げほっ……
ハァ……ハァ……ハァ……
おかしいですね。なんだか、とてもしんどいです。どんどん体調が……体調が……。
「アレン、何があった」
「間に合いませんでした。取り急ぎ宿に戻ります!」
ヴィルさんが答えようと答えまいとおかまいなしに次々と質問が飛んでいる。
彼女の大きな声は、昔から彼を知っているアピールのようだ。話の内容なんてどうでも良く、ただ自分が次期領主と親しいことを周りに自慢したい。そんな雰囲気だった。
土産物屋の店主が呆れたように「若様も大変ですよねぇ。あんなのに絡まれて」と言った。
「まったくです。自分だったら耐えられない。気の毒です」と、アレンさんが答えた。
チラリと見上げると、オデコに青スジが浮かんでいる。とても分かりやすくイラついていた。
大丈夫ですよ、アレンさん。ヴィルさんは適当にあしらっていますよ。
腕をさすると彼はコクコクと頷き、メガネの位置を直した。
「そう言えばぁ、ぼっちゃんの奥方様は、もう決まったの?」
おばさまはまだ離れて行かず、ヴィルさんに絡んでいた。
「……何の話だ」
「だぁって、ご領主様がひどい神薙嫌いでしょぉ? 当然、ぼっちゃんのお相手は貴族の御令嬢だって、みぃーんな言ってるんですよ! それでっ、どこの御令嬢になさるのっ? もう決まっているんでしょう? どなた?」
ぶすりと、心に何かが突き刺さった。
え、今? ここで? と、クマをくわえた鮭の置物を見下ろしながら思った。
あまりにあっけなく、この日が来た。
ああ、御愁傷様です、わたし……。
ヴィルさんのお父様、カール王兄殿下とは一度もお会いしたことがなかった。
お父様は兵部大臣でもあるので、職場は王宮だ。でも、顔どころか影すらも見たことがない。
せめてご挨拶をと思い、お披露目会でも大臣の皆さんがいるところを探した。
でも、いつもヴィルさんのお父様だけはいなかった。
そうでしたか。
神薙がお嫌いだったのですねぇ……。
だから、わたしのいる場所にはいらっしゃらないのですね。
お会いしたことがないのに嫌いということは、わたしのことが嫌いなのではなく神薙という存在そのものが嫌いなのだろう。
お見合いの申し込みは家の正式な印鑑が必要なため、当主が手続きをすることになっていた。
ヴィルさん本人がどう思っていようと、お父様がヨシと言わなければ無理だ。
つまり、お見合い相手のリストにヴィルさんの名前がないのは必然だった。
お父様に認めて貰えないのでは、交際も結婚も夢のまた夢なのだ。
やっぱり失恋ですねぇ……
わたしからしてみれば、もともと身分違いの恋だ。表向き神薙の身分が高いといっても中の人は庶民のままなのだから。
でも、こんなことになるのなら、近づいてほしくなかった。中途半端なことはせずに放っておいてほしかった……。
市場の喧騒が聞こえなくなっていた。
もう買い物のピーク時間が過ぎたのだろうか。
あれ?
わたしの耳のほうがおかしいのかしら?
人は大勢いるけれども、声や音があまり聞こえない。
「……様、リ……!」
ん?
「……ア。……リア!」
アレンさんが慌てた様子でわたしの名前を呼んでいた。
聞こえているか、こっちを見ろ、息をしろと言っている。
大丈夫ですよ?
ちょっと遠いけれど聞こえているような気もするし、見えているし、ちゃんと息もしています。
あれ? していますよね?
スーーー、ハーーー。
あ、大丈夫です。
安心して下さい。生きています。
「えーと……」
「リア様、私の声、聞こえますか?」
「あ、聞こえました。あの、ちょっと体調が、良く、ない……のっ、でっ」
咳き込んだ。
声が出づらい。
フラフラする。
へ、変ですね。
致命傷を食らったのはメンタルのほうなのですが。
失恋って、こんなに物理的に死にそうになるものでしたっけ??
なんだか頭も痛いですね。
どうしましょう、あちこちが……。こ、困っちゃいましたねぇ。
「……ダメだ。ミスト! 馬車呼んでくれ!」
「そこの先の広場で!」
「わかった、頼む!」
あらあら、ミストさんも足が速いですねぇ。
今度、三人でかけっこを致しましょう。エムブラ宮殿の頂上決定戦ですね。うふふ♪
さあ頑張れ、わたし。
苦しいとか言っている場合ではないですよ?
こんなに重要な港の近くで、感情を乱してはいけません。
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お行儀の悪い神薙は市民の皆さんに嫌われてしまいますからね。神薙ヘイトはヴィルさんのお父様だけでお腹いっぱいです。
大丈夫です。
だって覚悟はしていましたから。
神薙様とはメソメソしないものと心得ております。
ニコヤカにまいりましょう。
笑顔の在庫を引っ張り出しましてー、貼り付けましてー。
さあ、あのファンタビュラスでエクスペンシヴなラグジュアリーホテルにゴーバックですよぉ。
あ、木彫りのシャケクマは要りません。港なので、お魚とかエビさんのほうが良いと思いますよ? あと、鮭がクマをくわえているのは大問題です。どうぞご検討ください。
さあ、長居は無用ですわ。これにて退散。
ツッタカター、ツッタカター、ぜんたーい進めっ!
おっほほほほっ!
馬車へ向かおうとしていると、大声のおばさまとの話を終えたヴィルさんがそばに来た。
ラスボスが出たぁー。
よーし、貼り付けろ笑顔、燃え尽きるほどスマイルっ。
アレンさん直伝・仏像の術ゥ~。
「リア? どうした! 顔が真っ青だぞ……!」
「平気デス。宿ニ戻リマス」
「医者を呼ぼう!」
「ワタクシハ、大丈夫デース」
さあ、本日の営業は終了でございます。
只今より自動応答システムにて対応させて頂きます。
「ダイジョーブ デス(死)」
アレンさんが、ガッと間に入ってきた。
本家本元の仏像だ。
わぁい、ダブル仏像ですねぇ。
仏像ブルーと仏像ピンクで仏像戦隊ガッショウジャー。
参上!(しゃきーん!)
ウフフ、うふふふ…… げほっ、げほっ……
ハァ……ハァ……ハァ……
おかしいですね。なんだか、とてもしんどいです。どんどん体調が……体調が……。
「アレン、何があった」
「間に合いませんでした。取り急ぎ宿に戻ります!」
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