昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
125 / 392
3[リア]

ぼっちゃん

しおりを挟む
 ヴィルさんの態度だけを見れば相思相愛なのかな、という気もする。
 けれども、彼がその気持ちを言葉にしてくれることはないし、旦那さま候補という形になっても表れてはこなかった。

 もし、お天気問題がなかったなら、わたしの行動はだいぶ違っていると思う。
 もともと恋愛の悩みを長期間引きずることはせず、ダメだと思ったらこじらせる前に距離を置くタイプだった。
 多少つらくても、気が済むまで泣いて、別のことをして自分を癒すようにしていた。
 しかし、神薙のメンタルが自然現象とリンクしているため、「気が済むまで泣く」のところで無関係の人々に多大な迷惑をかけることになる。しかも、その被害の程度は予測がつかない。

 早く楽になりたい気持ちはある。だからと言って、メンタルに波風を立たせながら結論を引き出すのは危険だ。
 今まで雨がサラッと降ったくらいで済んでいるのは奇跡らしく、過去の神薙が感情を爆発させて起こした事故は記録的な災害ばかりだと聞いている。
 被災と復興の大変さを知っているわたしが、ここで災害発生装置になるわけにはいかない。

 ヴィルさんがいない日は、彼について熟考することができた。
 彼を円グラフにすると、半々ぐらいで「大好きなヴィルさん」と「不可解なヴィルさん」に分かれる。
 不可解成分のほうがインパクトは大きい。それが半分もあるうちから恋愛対象にするのはリスキーだ。日本にいた頃のわたしなら、離れた場所からもっとじっくり時間をかけて観察すると思う。

 リスクを認識していながらも彼が好きで仕方がないのは、動物的本能なのかも知れない。今までこういう経験がないので、あまり自信はないけれども、それは時にわたしの考える力や論理的思考を著しく低下させた。
 近づき過ぎてはいけないと思っているにも関わらず、自分でも驚くほど迂闊に彼の胸へ飛び込んでいってしまうのだ。

 お天気のご機嫌を取りながら、このはっきりしない関係に結論が出る日を待つしかない。
 自分の望まない結果を突きつけられても気合いで踏ん張ろう。
 幸いなことに、わたしには支えてくれる人が大勢いる。仮にヴィルさんがいなくても、わたしの毎日は充実したものになるはずだ。そして、いつか別の人を愛せる日も来る。

 彼がすべてではない。
 大丈夫。何があっても生きていける。
 いざという時の保険のように、自分に言い聞かせた。


 ポルト・デリング 二日目の朝──
 
 いつの間に自分の部屋で寝たのか、いつもどおりベッドの隅っこで目が覚めた。
 ヴィルさんは夜中に戻り、また朝早くから出かけたらしい。

 わたし達はショッピングモールへ出かけ、お忍びのお出かけに着られそうな服を互いに選び合って購入した。
 侍女と四人でお揃いのスカーフを買い、キャッキャした。
 ランチは地元民が集うカジュアルなレストランで、アレンさんオススメの魚介たっぷり絶品トマトスープとサンドウィッチ(庶民食バンザイ!)

 ヴィルさんと合流できたのは午後だった。
 彼は「とにかく色々と大変だが、なんとかする」と眉を下げた。

「詳しいことは王都に戻ってからだ。気を取り直して出かけるぞ」

 そう言うと、彼は皆を市場へ連れて行ってくれた。
 港から近く、市民の台所と呼ばれている市場だ。ちょうど地元民の買い物客が多い時間帯のようだった。

 ヴィルさんが歩くと、色々な人が「若様」「若君」「若」と、気安く声を掛けてきた。
 王都の商人街を二人で歩いてもこんなことはなかったけれども、少し離れただけでだいぶ勝手が違うようだ。
 近くにいると目立ってしまうため、わたしはアレンさんと一緒に少し離れた場所を歩くことになった。
 やっと合流できても、一緒に旅を楽しむことは難しそうだ。

 土産物を売っているエリアを見て回っていると、「あらぁ、ぼっちゃん!」と、陽気なおばさまがヴィルさんに声を掛けてきた。

 彼は「面倒なのに会ってしまった」と言いながら、パパッとハンドサインを出し、アレンさんに何かを伝えた。

「次はあちらを見ましょう」
「え?」

 アレンさんはわたしの肩を抱いて後ろを向かせると、有無を言わさず別のお店へ連れていく。
 わたしはヴィルさんに背を向けて木彫りのお土産物を見ることになった。

 「なんて言われたのですか?」と、小声でアレンさんに尋ねた。

「あなたを隠すようにと」
「あのおばさまは?」
「呼び方から察するに、子ども時代を知る学生寮の者か、もしくは屋敷や王宮の元使用人あたりかと思います。いずれにせよ行儀がなっていません。関わらないほうが良いでしょう」

 陽気なおばさまは大きな声で「面倒なのとはご挨拶ですねぇ、ぼっちゃん」と言った。

「気持ちの悪い呼び方はやめろ」
「ぼっちゃん今、すごく偉いんですってぇ?」
「お前には関係ない」
「ご領主様はお元気ですの?」
「それもお前には関係ない」

 ヴィルさんは本当に面倒臭そうだった。
 彼に話しかけている中年女性は、少々陽気を通り越していた。耳障りな大声で、王甥に向かって「ぼっちゃん」を連呼している。しかも、やめろと言われた後も繰り返し。
 ちょっと失礼すぎではないかしらと思いつつ、目の前にあった木彫りのクマを見ていた。

「アレンさん、こんなときにごめんなさい……」
「どうされました?」
「港町なのにどうして木彫りのクマが鮭をくわえているのでしょうか」
「気づいてしまいましたか……」
「す、すみません。後ろで起きていることに集中したいのは山々なのですが」
「実は俺もまったく同じことを考えていました」
「あの、こちらをご覧下さい。なんとパンダまで鮭を」
「まだ良いほうです。これを……」
「はぁぁッ、鮭がクマをーっ?」
「あってはならないことです。由々しき事態です」

 相変わらずこの世界はおかしなことが多すぎて、ひとつの問題に集中できないのだった……。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...