昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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1[ヴィル]

白花の庭園

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 リアとデートをした翌日のことだ。
 まだ午後の日の高いうちに、クリスが俺の執務室へやって来た。

「何をしたら、そんなに落ち込めるのだ」と、彼はあきれた様子で言った。
「父のせいだ。いや、俺が悪いのか?」
 俺は机に肘をつき、頭を抱えていた。

 父に対する感情は複雑だ。
 何もかも父のせいにしたくなる俺と、そんなことではいけないと思う俺とが常にせめぎ合っている。

 クリスはまた芝生の匂いがする草汁茶を持ってきていた。本当に懲りない奴だ。
 彼は「心が落ち着く茶だそうだ」と言ったが、この間は「頭がすっきりする茶」だと言って持ってきていたし、その前は何か別のことを言っていた。
 いい加減なのは喫茶室なのか、それとも彼なのか……。いずれにせよ、俺は何度も草汁茶を飲まされている。

「それはそうと」とクリスは言った。
「北の庭園でデートだったらしいな?」

 机に突っ伏していた俺は、がばっと顔を上げた。
 俺は「神薙をデートに誘う」という話はしたが、行き先までクリスには話していなかった。北の庭園はリアの護衛も入れない場所だ。彼が知っているはずがない。

「なぜ知っている? 見たのか?」
「いや」

 クリスは立ったままソファの背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。
 俺とは対照的に落ち着いた涼しい顔をしている。

「愛らしいリボンを着けた可憐かれんな女性だと聞いただけだ」
「あ、あいつら、守秘義務を……!」

 再び机に突っ伏すと、勢い余って額が当たり、ゴツンと鈍い音がした。
 痛いな。くそ……っ。

 北の庭園は叔父が所有する特別区域で、第三騎士団が警備に当たっている場所だった。
 俺とクリスが幼なじみであることは有名だし、入り口にいた連中がクリスに話したのだろう。俺の私生活が筒抜けだ。

「帰りはお前に支えられるようにして出てきたと……」
「それ以上言うな。思い出すと頭がおかしくなる」
「さて、ヴィル君は何をしたのでしょうか」
「何かしようと思って連れて行ったわけではない」

 そこへ行けと言ったのは父だ。
 そこで言えと言われたことを言った。
 リアが何を言い、どう行動したかを父に報告すれば良いだけだった。
 あれは任務だ。

 正直言って、父の命令にはうんざりしている。
 叔父と父の命令は似ているようで根本的なところが違う。
 叔父のは頼みごとに近い。猛烈に面倒くさいものの、俺の将来に何かしら好影響を及ぼしそうなことが多かった。買い物に行くことから始まり、国内の主要な貴族と会うことであったり、諸外国の重要人物との会合だったりした。
 魔道具屋の頑固なじい様にかわいがられているのも、幼い頃から「おじうえのおつかい」として数え切れぬほど顔を出してきたからだ。それらは成長してから俺の大事な財産になっている。

 それに対し、父の命令は目的が明かされないことが多い。しかし、俺の行動によって何かの結果が変動しているのは確かだった。
 だからしくじれば叱られた。「小さな仕事で失敗をするな。甘ったれるな」とキツく言われる。俺にはそれが利己的な命令に思えて好きではなかった。

 叔父も俺を叱ることは多かったが、それは生活面のことだけだった。
 頼まれた買い物と違うものを買ってきてしまっても、それに対して叱ることはせず「もう一度行ってもらえるか」と言うだけだった。
 叔父は完遂を求めていて、父は一発での成功を求めている。
「王族に失敗は許されない」と父は言う。それはわかる。
 ただ、それ以外にも父に対するわだかまりが多すぎて、俺は素直に話もできないままだった。父に人生相談なんてもってのほかだ。大事なことは何もかも叔父に相談して生きてきた。

 庭園そのものには興味があったが、父の命令で行くのは気が進まなかった。
 しかし、希少な魔法植物である『王の白花はっか』は見事に咲き誇っていた。悔しいが、父が言ったとおり、ちょうど見頃の時期だった。
 白花が発した濃厚な魔力が庭園に浮遊する様子は、幻想的で美しかった。
 わずかな時間しか居られなかったが、あの場所にリアが立っていたなら、さぞかし美しく、絵になる光景だったことだろう。
 ベンチに座ってゆっくりと花を鑑賞することもできたはずだ。

 父から「神薙に言え」と言われていたことは、幸いなことに事実だった。

 『北の庭園で悪さができるのは、この王国で神薙ただ一人』

 王の白花の近くで神薙が男と交わると、花の魔力が混ざってややこしい『生命の宝珠』ができてしまうらしい。
 これ以上ウソはつきたくないと思っていた俺は、内心「助かった」と喜んでいた。

「悪さができるのは神薙だけ、か……」
「父の用を早く済ませ、リアにすべて話して謝るつもりだった」
「それで? リア様は何と答えたのだ?」
「それが……、庭園に入ってこなかった。怖がって一歩も動けなくなってしまった」
「なぜ? 何を怖がっていた?」

 俺の執務室が沈黙に包まれた。

「直前まで、彼女は美しい庭を喜んでいた。俺が悪い」

 魔法植物になじみのない彼女は、花に対して強い興味を示していた。
 彼女は剣の国から来た神薙だ。最初、初めて見た魔法植物を怖がっているのかと思った。しかし、俺の言葉が原因でリアを怖がらせてしまったのだ。
 気がついたときは遅かった。
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