昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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1[ヴィル]

危険な密室

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 虚偽でなければ罪にならないなんて、安直でばかげた考え方だった。真実を語っていたとしても、彼女を怖がらせていたら何の意味もない。
 よく考えず、父に言われたままを口にしてしまったことを猛烈に後悔した。

「自分が庭園に立ち入ることで良からぬことが起きると考えたのか。何だかわからないうちに、自分が人を傷つけるかもしれない、と」

 クリスは腕組みをしたまま、眉をひそめて言った。

「おそらくそうだ。俺は別の言い方をするべきだった。少なくとも彼女を庭園の中に案内してから話し始めていれば良かった。任務だと思って、何も考えていなかった」
「後からその『悪さ』の詳細については話さなかったのか?」
「おびえている彼女にこちらから唐突には言えなかった。なにしろ本人は自分が神薙であることを隠している。何が怖いかにも言及しない。ただ『怖い』と言っただけだ……」

 神薙がただ花を愛でるだけなら、悪いことは絶対に起きない。
 しかし、リアのような淑女に、いきなり「ここで神薙が男と交わると」などと下品な話をするわけにもいかなかった。それこそ、真実を語ったところで相手に嫌われたら意味がない。

「彼女も身分を明かさないのか?」
「ああ。俺は最低だ。父との面倒ごとに彼女を巻き込んだ」
「面倒ごとではないだろう? そう悲観するな」

 俺は特大のため息をついた。
 あそこで神薙だと言ってくれたなら説明ができた。しかし、彼女は頑なに身分を明かさなかった。

「実は、北の庭園に至るまでの間にも、なんだかんだとあって……」

 このところ、アレンが口癖のように言う「想定外」という言葉が身にしみた。
 リアは会った瞬間から、何もかもが俺の想定外だった。

 紋のない馬車で現れ、信じられないほど可憐かれんな姿で馬車から降りてきた。
 すぐ近くの湖に渡り鳥が来ていたので見せてあげたかったのだが、道ゆく男が一斉に彼女を見て浮き足立ったのがわかった。渡り鳥どころの騒ぎではない。俺は大急ぎで彼女を馬車に乗せなくてはならなかった。

 デートの誘いに応えてくれたお礼を言おうと思っていたが、彼女は俺の馬車を花の香りで一杯にして「良いお天気ですねぇ」と微笑んだ。
 それだけ微笑んでいたら良いお天気にもなるだろうと思うのだが、彼女は啓示を受けていないため、自分自身がこの大陸の自然とつながっていることを知らないようだ。
 色香をまき散らしているのに礼儀正しく「今日はお誘いを頂いてありがとうございます」と、宮廷訛りで言った。
 礼を言うのはこちらのほうだった。

 当たり障りのない話を心がけた。
 あまり調子に乗ってベラベラ話すと、うっかり自分の身分を明かしてしまいそうだった。
 ミルクと砂糖を入れた甘い茶のような髪が、まるで俺を誘うようにふわふわと揺れていた。
 あってはならないことだが、気づいたときには触れていた。
 俺は腹に力を入れ、彼女を抱き締めたいのを必死で我慢しなくてはならなかった。

「いいか、クリス。密室は危険だ。馬車に乗るときは、少しでもいいから窓を開けておかないとヤバい」
「違うぞ、ヴィル。密室が危険なのではなく、お前が危険なのだ」

 俺の忠告を秒殺した彼は、念を押すように「わかったか? お前だぞ?」と畳みかけた。

「なあ、神薙の力は魔力で防御できるという話だったよな?」
「暴発しないということは、防御ができている証だ」
「暴発はしない。そういうのではない」

 クリスはテーブルから茶のカップを取ると、ソファの背もたれに寄りかかり、立ったまま一口飲んだ。

「どうかしたのか?」
「心臓がおかしい」
「ああ……」
「彼女といると、あちこちがおかしくなる」
「そんなことか」

 クリスは事もなげに言った。

「俺はリア様に会った後、医師の診察を受けたぞ?」
「なんともなかったか?」
「おかげさまで」
「それは何より。俺も一応受けよう」
「忠告しておくが、恋煩いですね、と笑われるだけだぞ」
「聞いておいて良かった。やっぱりやめておこう……」
「それが賢明だと思う」
 
 彼女にタイを選んでもらうという口実で会ったため、まずは店へ連れて行った。
 なじみの店員に、候補になっているタイを出してもらい、彼女に見せる。
 すると、彼女はまるで俺に恋でもしているようにうなじまで真っ赤にして「全部素敵で選べない」と言った。
 素なのか、計算なのか……
 どちらであっても俺の心臓が叩き潰されていることに変わりはなかった。

 俺は「仕事でわびねばならない相手がいる」と彼女に話した。
 その相手はほかでもない。彼女本人だ。
 わびて事情を話さなくてはならない。
 彼女も身分を隠していたが、圧倒的に俺のほうが悪かった。

 リアはヒト族の店員とも気さくに話し、俺のタイを一生懸命選んだ。
 光沢のある銀色のアスコットタイに決まり、それに合うリングも一緒に選んでくれた。彼女はめちゃくちゃ親切で優しい女性だ。
 俺はついにタイを買うことができた。

「おめでとう」と、クリスが言った。
「どうもありがとう」と、俺は答えた。

「お礼というわけではないのだが、俺もリアの髪留めを選んだ」
「実にデートらしい。お前もやればできるじゃないか」
「リアの髪は、上質な絹糸のような手触りだ」
「……っ」
「なぜクリスが泣くのだ」
「触りたいっ」
「歯を食いしばらないと理性が飛ぶぞ」
「俺が理性を飛ばしたら野獣じゃないか」
「飛んでなくても野獣だろ」
「真顔で言うなよ」
「すまん、ゴリス。じゃなかったクリス」
「それで、どうなった?」
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