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2[ヴィル]
相手の変更
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◆
何度文句を言っても、見合い相手の名を知らされるのは前日の夕方だった。
イドレの奴は一覧と身上書を執事に手渡し、逃げるように帰っていったらしい。
一覧を見てみると、幸いなことに五人とも顔見知りだった。
多少クセのある連中ではあるが、だからといって王の居ぬ間に何か問題を起こすような人々ではない。良い意味で小心者ばかりだ。
俺は「叔父上のお使い」に初めて感謝した。
叔父が言っていた「いずれ役に立つ」という言葉の意味が、ここに来てようやく実感できた。
俺はもともと社交があまり得意ではなく、叔父の使いで人に会うのは苦手だった。しかも小遣いも出なかったため、いつもブツクサと文句を言っていた。
しかし、気がつけば知り合いが増えている。長い長い我慢がようやく少し報われた気がした。
どう考えても自分ひとりではこの人脈を築くことはできなかっただろう。叔父は小遣いよりも価値があるものをくれたのだと気がついた。
リアが見合いの部屋に入っていくのを見送る際、見合い相手として先に部屋に入っていた知人と目が合った。
相手が俺を見て「おっ」と反応を示したので、俺は「久し振り」と手を挙げて挨拶を交わしたり、「今度またゆっくり」と酒を飲む手振りをしたり、彼らと一瞬の交流をした。
そのたびにリアは振り向いて口角を上げる。俺が「知り合いだ」と言うと、少し安堵したような表情で部屋へ入っていった。
それでもやはり心配なことに変わりはなく、彼女が部屋から出てくるたびに抱き締めてしまった。
リアは続けて二人と会って無事に戻ってきていたが、少し元気がないように見えた。
初めてのデートでカフェに行ったとき、彼女は朗らかに色々な話をしていた。しかし、あの時のような明るい話し声や笑顔を、俺は随分と見ていない気がする。
彼女の名を呼ぶと、「はい?」と、こちらを振り向いた。
「嫌なことや困っていることはないか?」と聞いたが、彼女は「大丈夫です」と答えた。
瞳を覗き込み「本当に?」と聞いたが、「はい」と僅かに微笑むだけだった。
アレンと目が合うと、彼は首を小さく横に振った。
今日だけでも「見合いはしたくない」という言葉をリアから引き出せないかと思い、彼に頑張ってもらっていたのだが、どうやら無理そうだ。
もう少しリアと話を続けたかったが、控え室に入ってきたイドレが「神薙様、お知らせがあります」と、図々しく彼女に話しかけようとしていた。
マークと部下が体ごとぶつかるようにして奴を制止する。部下も皆、イドレに腹を立てているのだ。
アホウドリは神薙と直接会話をする権利がなくなったことに気づいていないようだった。
俺は奴のそばへ行き、用件を聞くことにした。
「何の用だ」
「次のお相手が急遽変更になりまして……」
「誰に変わった。変更の理由は何だ」
「急にご都合が悪くなったとのことで、代わりにガラール子爵のご子息が」
「ガラールだと?」
ガラール家が神薙の見合いに来るはずがない。
俺はイドレの胸倉を掴み、壁に押しつけた。
「ガラール子爵はヒト族だ。それが神薙の見合いに現れるとは一体どういうことだ! 説明しろ!」
「そ、それは……天人族の養子を取られたのでは……」
「何を小声でぶつくさ言っている! 身上書はどうした! そいつの名と経歴を出せ!」
イドレは「ヒィ」と情けない声を出した。
ガラールは名誉騎士の称号を持つ八十過ぎの爺様だ。
ヒト族とは思えぬ大きな体躯をしており、剣の達人で、騎士団では教官を務めていたほどの人物だ。
その昔、俺の家系図上の祖父にあたるランドルフと共に先代の王を危機から救った。その功で領地を賜り、子爵になった。猫の額ほどの狭い土地だが小さな町があり、ルビーの採れる山があった。彼は喜んで屋敷を建て、その地に落ち着いた。
領民とも上手くやっているし、彼の下にいる部下も良い人間ばかりだ。
いつぞや会ったときは、穏やかな老後を過ごせそうだと話していた。
妻はいたが数年前に病死している。
子供はいない。
一代かぎりの子爵なので、養子を取るつもりもないと言っていた。
俺が本人からそう聞いたのだ。
ヒト族が天人族の養子を取る例はゼロではない。
なぜなら、他でもないランドルフ家がそうだったからだ。
王太子だった父は、子のいないヒト族の養子になった超絶変わり者だ。
しかし、世襲貴族ですらないガラール家が、そんなことをする意味が分からない。
「アレン、リアから離れるな!」
「その男、どうするのですか?」
「つまみ出す!」
イドレをリアの控え室から引きずり出し、廊下に放り投げた。
悲鳴を上げて床に転がった奴の胸倉を掴み、引っ張り上げて再び壁に押しつけた。
勢い余って奴の頭がゴンッと音を立てて壁にぶつかる。多少、首も絞めたかも知れない。
「ヒィィ……ぼ、暴力は……」
「第一騎士団が紳士なのは神薙の前だけだ。俺はまだ優しいほうだぞ? 話し合いができるだけ親切だと思ってもらいたい」
俺がガラールと跡継ぎについての話をしたのは、もう十年近く前だ。
領民から跡継ぎをとでも言われたのだろうか。
それとも何か、考え方が変わるような出来事でも起きたのか……
何度文句を言っても、見合い相手の名を知らされるのは前日の夕方だった。
イドレの奴は一覧と身上書を執事に手渡し、逃げるように帰っていったらしい。
一覧を見てみると、幸いなことに五人とも顔見知りだった。
多少クセのある連中ではあるが、だからといって王の居ぬ間に何か問題を起こすような人々ではない。良い意味で小心者ばかりだ。
俺は「叔父上のお使い」に初めて感謝した。
叔父が言っていた「いずれ役に立つ」という言葉の意味が、ここに来てようやく実感できた。
俺はもともと社交があまり得意ではなく、叔父の使いで人に会うのは苦手だった。しかも小遣いも出なかったため、いつもブツクサと文句を言っていた。
しかし、気がつけば知り合いが増えている。長い長い我慢がようやく少し報われた気がした。
どう考えても自分ひとりではこの人脈を築くことはできなかっただろう。叔父は小遣いよりも価値があるものをくれたのだと気がついた。
リアが見合いの部屋に入っていくのを見送る際、見合い相手として先に部屋に入っていた知人と目が合った。
相手が俺を見て「おっ」と反応を示したので、俺は「久し振り」と手を挙げて挨拶を交わしたり、「今度またゆっくり」と酒を飲む手振りをしたり、彼らと一瞬の交流をした。
そのたびにリアは振り向いて口角を上げる。俺が「知り合いだ」と言うと、少し安堵したような表情で部屋へ入っていった。
それでもやはり心配なことに変わりはなく、彼女が部屋から出てくるたびに抱き締めてしまった。
リアは続けて二人と会って無事に戻ってきていたが、少し元気がないように見えた。
初めてのデートでカフェに行ったとき、彼女は朗らかに色々な話をしていた。しかし、あの時のような明るい話し声や笑顔を、俺は随分と見ていない気がする。
彼女の名を呼ぶと、「はい?」と、こちらを振り向いた。
「嫌なことや困っていることはないか?」と聞いたが、彼女は「大丈夫です」と答えた。
瞳を覗き込み「本当に?」と聞いたが、「はい」と僅かに微笑むだけだった。
アレンと目が合うと、彼は首を小さく横に振った。
今日だけでも「見合いはしたくない」という言葉をリアから引き出せないかと思い、彼に頑張ってもらっていたのだが、どうやら無理そうだ。
もう少しリアと話を続けたかったが、控え室に入ってきたイドレが「神薙様、お知らせがあります」と、図々しく彼女に話しかけようとしていた。
マークと部下が体ごとぶつかるようにして奴を制止する。部下も皆、イドレに腹を立てているのだ。
アホウドリは神薙と直接会話をする権利がなくなったことに気づいていないようだった。
俺は奴のそばへ行き、用件を聞くことにした。
「何の用だ」
「次のお相手が急遽変更になりまして……」
「誰に変わった。変更の理由は何だ」
「急にご都合が悪くなったとのことで、代わりにガラール子爵のご子息が」
「ガラールだと?」
ガラール家が神薙の見合いに来るはずがない。
俺はイドレの胸倉を掴み、壁に押しつけた。
「ガラール子爵はヒト族だ。それが神薙の見合いに現れるとは一体どういうことだ! 説明しろ!」
「そ、それは……天人族の養子を取られたのでは……」
「何を小声でぶつくさ言っている! 身上書はどうした! そいつの名と経歴を出せ!」
イドレは「ヒィ」と情けない声を出した。
ガラールは名誉騎士の称号を持つ八十過ぎの爺様だ。
ヒト族とは思えぬ大きな体躯をしており、剣の達人で、騎士団では教官を務めていたほどの人物だ。
その昔、俺の家系図上の祖父にあたるランドルフと共に先代の王を危機から救った。その功で領地を賜り、子爵になった。猫の額ほどの狭い土地だが小さな町があり、ルビーの採れる山があった。彼は喜んで屋敷を建て、その地に落ち着いた。
領民とも上手くやっているし、彼の下にいる部下も良い人間ばかりだ。
いつぞや会ったときは、穏やかな老後を過ごせそうだと話していた。
妻はいたが数年前に病死している。
子供はいない。
一代かぎりの子爵なので、養子を取るつもりもないと言っていた。
俺が本人からそう聞いたのだ。
ヒト族が天人族の養子を取る例はゼロではない。
なぜなら、他でもないランドルフ家がそうだったからだ。
王太子だった父は、子のいないヒト族の養子になった超絶変わり者だ。
しかし、世襲貴族ですらないガラール家が、そんなことをする意味が分からない。
「アレン、リアから離れるな!」
「その男、どうするのですか?」
「つまみ出す!」
イドレをリアの控え室から引きずり出し、廊下に放り投げた。
悲鳴を上げて床に転がった奴の胸倉を掴み、引っ張り上げて再び壁に押しつけた。
勢い余って奴の頭がゴンッと音を立てて壁にぶつかる。多少、首も絞めたかも知れない。
「ヒィィ……ぼ、暴力は……」
「第一騎士団が紳士なのは神薙の前だけだ。俺はまだ優しいほうだぞ? 話し合いができるだけ親切だと思ってもらいたい」
俺がガラールと跡継ぎについての話をしたのは、もう十年近く前だ。
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