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2[ヴィル]
傀儡
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捕らえた者の供述と、周囲にいた目撃者たちの証言から、事件の全容が少しずつ見えてきた。
──反王派のスルト子爵には、ブラブラしている出来の悪い次男がいた。
子爵はつい最近、ごくつぶしの次男に向かって自分で働くよう説教をして「もう援助を打ち切る」と宣言をしたばかりだった。
次男は一念発起して働き始めるどころか、一攫千金を狙うようになった。
その次男こそが事件の主犯だ。
彼には手下が二人いた。
どちらも平民で、ヒト族の男だ。
──手下の一人はクレイヴという名だった。
王都に来る前は名誉騎士ガラール子爵の屋敷で使用人をしていた。
数か月前に「やりたいことがある」と言って突然仕事を辞め、ガラール領から姿を消していた。
越境と引越しが可能な証明書を所持していたが、偽造文書の疑いがあるため現在調査中だ。
クレイヴは王都にやって来ると安い宿を取った。
あてもなく街をうろつき、暇つぶしに入った賭博場でスルトから声を掛けられた。
スルトは田舎から出てきたばかりの彼に親切だった。酒を飲ませ、食事を奢り、友好的に話しかけた。
「今、持っている金を元手に、もっと大きく儲けようと思っているのだが、仕事を探しているなら手伝わないか?」と彼を誘った。
クレイヴは目を輝かせた。
「それならばガラール子爵の印影を買わないか」と、スルトに取引を持ちかけた。
彼はガラール家の使用人として働いている間に屋敷の中を探り、印影を手に入れていた。
彼はそれが大変な金になると知っていて盗み、仕事を辞めていた。王都に来た目的は、印影を金に変えるためだった。
売れ次第、別の領へ移ってのんびり暮らすつもりでいたようだが、彼の計画はスルトと出会ってしまったことで大きな狂いが生じた。
出来が悪いとは言え、スルトは天人族の貴族だ。
平民の男を金で操ることには慣れており、親に援助を断たれたと言っても、悪事の元手には十分過ぎるほどの金を持っていた。
かたやクレイヴは、貴族の印影が金になることこそ知っていたが、貴族が印影をどのようなことに使うのかは知らなかった。また、そもそも印章がいくらで売られているかも知らなかった。
クレイヴは都会に不慣れで世間知らずな平民だった。
「君、金目当てで貴族の家から印影を盗むなんて勇気あるね」と、スルトが言った。
彼が「いやあ、それほどでも」と答えると、スルトは酒を飲みながら彼を見て笑ったそうだ。
「意味が分からないようだね。僕がこれを近くの騎士に喋ったら、君は死罪になるという話をしているのだけどね?」
世間知らずなクレイヴは、己のうかつな言動が原因でスルトに弱みを握られたことに気がついた。
死罪は困る。安くするから、なんとか秘密にしてもらえないかと頼み込む彼に、スルトは笑いながら言ったそうだ。
「仕事を手伝ってくれるなら、君が最初に言った金額の倍で印影を買い取ろう。もちろん秘密は守るよ」
クレイヴが提案した金額は、平民の臨時収入としては大変な金額だった。しかし、倍の値段だったとしても、巷で売られている貴族の印章よりは安かった。
スルトは巧みにクレイヴを仲間に引き入れ、小遣いを与えて傀儡として飼った。そして、ただで拾ったも同然の値段でガラール子爵の印影を手に入れた。
クレイヴは田舎で暮らしていたときよりも給金が高くなったことを喜んでいた。
印影も言い値の倍額で買い取ってもらえることになり、もう未来は安泰だ、スルトと出会えて幸運だったと思っていたそうだ。
俺の個人的な考えを言わせてもらえるなら、彼のような人はガラール領でルビーを掘る仕事をしているほうが、ずっと幸福だと思う。
名誉騎士は働かざる者に金は与えないが、ルビーを掘る鉱員にはしっかりと儲けを分配している。
☟
一方、文官マヌエル・イドレも賭博場でスルトと出会っていた。
その頃からすでに彼は深刻な賭博依存に陥っていた。
定年までの給料全額をもってしても返し切れないほどの借金を抱えており、彼も返済のために一攫千金を夢見ていた。
貴族街の賭博場『コンラート』に足しげく通い、負けが重なると庶民街の安い賭博場『ボナンザ』へ行くのがお決まりだった。
スルトはすでにイドレを見つけており、少し離れた場所から彼の様子を窺っていた。
ある日、朝から『コンラート』で遊んでいたイドレは、場内のレストランで昼食を済ませ、そこにカバンを置き忘れたまま賭博にふけっていた。
スルトは彼のカバンに近づき、何の躊躇もなく中をあさった。
名前か身分が分かるものを探していたらしいが、思わぬものを見つけることになる。
イドレのカバンには、神薙の見合いの進め方が書かれた重要文書が入っていた。王の署名があり、その書類の下には二百人を超える見合い相手の一覧もある。
これは良いものを見つけたと、スルトは素早くそれを折りたたみ、胸の内ポケットに突っ込んだ。
平日の昼間は客も店員も少なく、それに気を留める人はいなかった。
イドレとスルトの間には、大きな共通点が三つある。
一つ目、天人族の貴族であること。
二つ目、一攫千金を狙っていること。
三つ目、平日の真っ昼間から賭博に興じているクズであること。
翌日、イドレはスルトに声を掛けられた。
初対面だったが、共通点の多いクズ同士の二人は最初から話が合った。
賭博の話を中心に、イドレは交流を楽しんだ。
彼はすっかりスルトに気を許し、負けが続いていて経済的に苦しいことを吐露した。
「それならば儲かる話があるぞ。君が協力してくれたら、もっと大きな成果が出せる。皆が金持ちになれる」
スルトは賭博用チップを渡しながら彼を勧誘した。
彼がスルトの傀儡と化すのに、たいした時間はかからなかった。
スルトは神薙の誘拐を計画していたが、少しずつ彼にそれを匂わせていった。
見合いの場から騎士団員を遠ざけるため、彼に様々な工作を提案した。そして、その言い訳の仕方や振る舞い方まで考えて詳しく教示したという。
──反王派のスルト子爵には、ブラブラしている出来の悪い次男がいた。
子爵はつい最近、ごくつぶしの次男に向かって自分で働くよう説教をして「もう援助を打ち切る」と宣言をしたばかりだった。
次男は一念発起して働き始めるどころか、一攫千金を狙うようになった。
その次男こそが事件の主犯だ。
彼には手下が二人いた。
どちらも平民で、ヒト族の男だ。
──手下の一人はクレイヴという名だった。
王都に来る前は名誉騎士ガラール子爵の屋敷で使用人をしていた。
数か月前に「やりたいことがある」と言って突然仕事を辞め、ガラール領から姿を消していた。
越境と引越しが可能な証明書を所持していたが、偽造文書の疑いがあるため現在調査中だ。
クレイヴは王都にやって来ると安い宿を取った。
あてもなく街をうろつき、暇つぶしに入った賭博場でスルトから声を掛けられた。
スルトは田舎から出てきたばかりの彼に親切だった。酒を飲ませ、食事を奢り、友好的に話しかけた。
「今、持っている金を元手に、もっと大きく儲けようと思っているのだが、仕事を探しているなら手伝わないか?」と彼を誘った。
クレイヴは目を輝かせた。
「それならばガラール子爵の印影を買わないか」と、スルトに取引を持ちかけた。
彼はガラール家の使用人として働いている間に屋敷の中を探り、印影を手に入れていた。
彼はそれが大変な金になると知っていて盗み、仕事を辞めていた。王都に来た目的は、印影を金に変えるためだった。
売れ次第、別の領へ移ってのんびり暮らすつもりでいたようだが、彼の計画はスルトと出会ってしまったことで大きな狂いが生じた。
出来が悪いとは言え、スルトは天人族の貴族だ。
平民の男を金で操ることには慣れており、親に援助を断たれたと言っても、悪事の元手には十分過ぎるほどの金を持っていた。
かたやクレイヴは、貴族の印影が金になることこそ知っていたが、貴族が印影をどのようなことに使うのかは知らなかった。また、そもそも印章がいくらで売られているかも知らなかった。
クレイヴは都会に不慣れで世間知らずな平民だった。
「君、金目当てで貴族の家から印影を盗むなんて勇気あるね」と、スルトが言った。
彼が「いやあ、それほどでも」と答えると、スルトは酒を飲みながら彼を見て笑ったそうだ。
「意味が分からないようだね。僕がこれを近くの騎士に喋ったら、君は死罪になるという話をしているのだけどね?」
世間知らずなクレイヴは、己のうかつな言動が原因でスルトに弱みを握られたことに気がついた。
死罪は困る。安くするから、なんとか秘密にしてもらえないかと頼み込む彼に、スルトは笑いながら言ったそうだ。
「仕事を手伝ってくれるなら、君が最初に言った金額の倍で印影を買い取ろう。もちろん秘密は守るよ」
クレイヴが提案した金額は、平民の臨時収入としては大変な金額だった。しかし、倍の値段だったとしても、巷で売られている貴族の印章よりは安かった。
スルトは巧みにクレイヴを仲間に引き入れ、小遣いを与えて傀儡として飼った。そして、ただで拾ったも同然の値段でガラール子爵の印影を手に入れた。
クレイヴは田舎で暮らしていたときよりも給金が高くなったことを喜んでいた。
印影も言い値の倍額で買い取ってもらえることになり、もう未来は安泰だ、スルトと出会えて幸運だったと思っていたそうだ。
俺の個人的な考えを言わせてもらえるなら、彼のような人はガラール領でルビーを掘る仕事をしているほうが、ずっと幸福だと思う。
名誉騎士は働かざる者に金は与えないが、ルビーを掘る鉱員にはしっかりと儲けを分配している。
☟
一方、文官マヌエル・イドレも賭博場でスルトと出会っていた。
その頃からすでに彼は深刻な賭博依存に陥っていた。
定年までの給料全額をもってしても返し切れないほどの借金を抱えており、彼も返済のために一攫千金を夢見ていた。
貴族街の賭博場『コンラート』に足しげく通い、負けが重なると庶民街の安い賭博場『ボナンザ』へ行くのがお決まりだった。
スルトはすでにイドレを見つけており、少し離れた場所から彼の様子を窺っていた。
ある日、朝から『コンラート』で遊んでいたイドレは、場内のレストランで昼食を済ませ、そこにカバンを置き忘れたまま賭博にふけっていた。
スルトは彼のカバンに近づき、何の躊躇もなく中をあさった。
名前か身分が分かるものを探していたらしいが、思わぬものを見つけることになる。
イドレのカバンには、神薙の見合いの進め方が書かれた重要文書が入っていた。王の署名があり、その書類の下には二百人を超える見合い相手の一覧もある。
これは良いものを見つけたと、スルトは素早くそれを折りたたみ、胸の内ポケットに突っ込んだ。
平日の昼間は客も店員も少なく、それに気を留める人はいなかった。
イドレとスルトの間には、大きな共通点が三つある。
一つ目、天人族の貴族であること。
二つ目、一攫千金を狙っていること。
三つ目、平日の真っ昼間から賭博に興じているクズであること。
翌日、イドレはスルトに声を掛けられた。
初対面だったが、共通点の多いクズ同士の二人は最初から話が合った。
賭博の話を中心に、イドレは交流を楽しんだ。
彼はすっかりスルトに気を許し、負けが続いていて経済的に苦しいことを吐露した。
「それならば儲かる話があるぞ。君が協力してくれたら、もっと大きな成果が出せる。皆が金持ちになれる」
スルトは賭博用チップを渡しながら彼を勧誘した。
彼がスルトの傀儡と化すのに、たいした時間はかからなかった。
スルトは神薙の誘拐を計画していたが、少しずつ彼にそれを匂わせていった。
見合いの場から騎士団員を遠ざけるため、彼に様々な工作を提案した。そして、その言い訳の仕方や振る舞い方まで考えて詳しく教示したという。
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