昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
96 / 392
2[ヴィル]

傀儡

しおりを挟む
 捕らえた者の供述と、周囲にいた目撃者たちの証言から、事件の全容が少しずつ見えてきた。

 ──反王派のスルト子爵には、ブラブラしている出来の悪い次男がいた。
 子爵はつい最近、ごくつぶしの次男に向かって自分で働くよう説教をして「もう援助を打ち切る」と宣言をしたばかりだった。
 次男は一念発起して働き始めるどころか、一攫千金を狙うようになった。
 その次男こそが事件の主犯だ。

 彼には手下が二人いた。
 どちらも平民で、ヒト族の男だ。

 ──手下の一人はクレイヴという名だった。
 王都に来る前は名誉騎士ガラール子爵の屋敷で使用人をしていた。
 数か月前に「やりたいことがある」と言って突然仕事を辞め、ガラール領から姿を消していた。
 越境と引越しが可能な証明書を所持していたが、偽造文書の疑いがあるため現在調査中だ。

 クレイヴは王都にやって来ると安い宿を取った。
 あてもなく街をうろつき、暇つぶしに入った賭博場でスルトから声を掛けられた。

 スルトは田舎から出てきたばかりの彼に親切だった。酒を飲ませ、食事を奢り、友好的に話しかけた。
「今、持っている金を元手に、もっと大きく儲けようと思っているのだが、仕事を探しているなら手伝わないか?」と彼を誘った。

 クレイヴは目を輝かせた。
「それならばガラール子爵の印影を買わないか」と、スルトに取引を持ちかけた。
 彼はガラール家の使用人として働いている間に屋敷の中を探り、印影を手に入れていた。
 彼はそれが大変な金になると知っていて盗み、仕事を辞めていた。王都に来た目的は、印影を金に変えるためだった。
 売れ次第、別の領へ移ってのんびり暮らすつもりでいたようだが、彼の計画はスルトと出会ってしまったことで大きな狂いが生じた。

 出来が悪いとは言え、スルトは天人族の貴族だ。
 平民の男を金で操ることには慣れており、親に援助を断たれたと言っても、悪事の元手には十分過ぎるほどの金を持っていた。

 かたやクレイヴは、貴族の印影が金になることこそ知っていたが、貴族が印影をどのようなことに使うのかは知らなかった。また、そもそも印章がいくらで売られているかも知らなかった。
 クレイヴは都会に不慣れで世間知らずな平民だった。

 「君、金目当てで貴族の家から印影を盗むなんて勇気あるね」と、スルトが言った。
 彼が「いやあ、それほどでも」と答えると、スルトは酒を飲みながら彼を見て笑ったそうだ。

「意味が分からないようだね。僕がこれを近くの騎士に喋ったら、君は死罪になるという話をしているのだけどね?」

 世間知らずなクレイヴは、己のうかつな言動が原因でスルトに弱みを握られたことに気がついた。
 死罪は困る。安くするから、なんとか秘密にしてもらえないかと頼み込む彼に、スルトは笑いながら言ったそうだ。

「仕事を手伝ってくれるなら、君が最初に言った金額の倍で印影を買い取ろう。もちろん秘密は守るよ」

 クレイヴが提案した金額は、平民の臨時収入としては大変な金額だった。しかし、倍の値段だったとしても、巷で売られている貴族の印章よりは安かった。
 スルトは巧みにクレイヴを仲間に引き入れ、小遣いを与えて傀儡として飼った。そして、ただで拾ったも同然の値段でガラール子爵の印影を手に入れた。

 クレイヴは田舎で暮らしていたときよりも給金が高くなったことを喜んでいた。
 印影も言い値の倍額で買い取ってもらえることになり、もう未来は安泰だ、スルトと出会えて幸運だったと思っていたそうだ。

 俺の個人的な考えを言わせてもらえるなら、彼のような人はガラール領でルビーを掘る仕事をしているほうが、ずっと幸福だと思う。
 名誉騎士は働かざる者に金は与えないが、ルビーを掘る鉱員にはしっかりと儲けを分配している。



 一方、文官マヌエル・イドレも賭博場でスルトと出会っていた。
 その頃からすでに彼は深刻な賭博依存に陥っていた。
 定年までの給料全額をもってしても返し切れないほどの借金を抱えており、彼も返済のために一攫千金を夢見ていた。
 貴族街の賭博場『コンラート』に足しげく通い、負けが重なると庶民街の安い賭博場『ボナンザ』へ行くのがお決まりだった。

 スルトはすでにイドレを見つけており、少し離れた場所から彼の様子を窺っていた。
 ある日、朝から『コンラート』で遊んでいたイドレは、場内のレストランで昼食を済ませ、そこにカバンを置き忘れたまま賭博にふけっていた。

 スルトは彼のカバンに近づき、何の躊躇もなく中をあさった。
 名前か身分が分かるものを探していたらしいが、思わぬものを見つけることになる。
 イドレのカバンには、神薙の見合いの進め方が書かれた重要文書が入っていた。王の署名があり、その書類の下には二百人を超える見合い相手の一覧もある。
 これは良いものを見つけたと、スルトは素早くそれを折りたたみ、胸の内ポケットに突っ込んだ。
 平日の昼間は客も店員も少なく、それに気を留める人はいなかった。

 イドレとスルトの間には、大きな共通点が三つある。
 一つ目、天人族の貴族であること。
 二つ目、一攫千金を狙っていること。
 三つ目、平日の真っ昼間から賭博に興じているクズであること。

 翌日、イドレはスルトに声を掛けられた。
 初対面だったが、共通点の多いクズ同士の二人は最初から話が合った。
 賭博の話を中心に、イドレは交流を楽しんだ。
 彼はすっかりスルトに気を許し、負けが続いていて経済的に苦しいことを吐露した。

「それならば儲かる話があるぞ。君が協力してくれたら、もっと大きな成果が出せる。皆が金持ちになれる」

 スルトは賭博用チップを渡しながら彼を勧誘した。
 彼がスルトの傀儡と化すのに、たいした時間はかからなかった。

 スルトは神薙の誘拐を計画していたが、少しずつ彼にそれを匂わせていった。
 見合いの場から騎士団員を遠ざけるため、彼に様々な工作を提案した。そして、その言い訳の仕方や振る舞い方まで考えて詳しく教示したという。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

処理中です...