119 / 392
3[ヴィル]
女特務師ミスト
しおりを挟む
会議室の前に駆けつけると、迎えにいっていたアレンと仲良く腕を組んでリアが歩いてきた。
険悪な雰囲気でこそないが、二人で何やら言い合いをしている。アレンも切羽詰まり黙っていられないのだ。
通用しないだろうとは思いつつも、両腕(罠)を広げて待つと、リアの顔に警戒の色が浮かんだ。
やはりダメか、と思った瞬間、彼女がぴょん、と飛び込んできた。
「……」
う、嘘だろう……?
しばし間を置いてから彼女はこう言った。
「……ハアッ! しまったぁぁ!」
アレンが豪快に吹き出し、腹を抱えて痙攣していた。
可憐すぎて困る。
普通、警戒していたら近寄ってこないだろうに。
眉間に皺を寄せて「あなたのことなんて、ちっとも信用していませんよ」という顔をしているのに、彼女は俺の腕の中に収まっていた。
リアはたまにすごく面白くなってしまうことがある。
俺達からの質問をかわすことに必死で、考えていることと行動がちぐはぐになってしまったのだろう。
飛び込んできた彼女を逃がすわけもない。
抱きしめて拘束すると、じたばたした後、しゅんと大人しくなった。
もう可愛すぎて、どうやっても笑いをこらえることができない。
もう一度だけ彼女に密室で何をしているのか聞いたが、やはり何も語らないのでしつこく聞くのはやめた。
降参だ。
もうお手上げだ。
俺達では無理だ。
リアには敵わない。
会議室の前でリアが出てくるのを待っていると、アレンが口をとがらせて愚痴をこぼした。
「まさか、赤たまねぎを呼ぶなんて」
「なんなのだ、その赤たまねぎというのは」
「今日来ているルビー・オリオンのことですよ。頭が赤たまねぎに似ている」
リアはこの世界のあらゆる名詞を覚えるのが苦手だ。
特に人名は元々覚えるのが苦手らしく、かなり苦労しているようだった。
アレンの話では、リアが最初にルビー・オリオンと会った日、例によって名前を覚えられず、密かに「マダム赤たまねぎ」と呼んでいたらしい。
実に面白い二つ名だが、俺は軽く身震いがした。
俺はリアと出会った日、彼女に名前を書いたメモを渡してヴィルと呼んでもらうよう伝えた。だからこそ今まで何事もなかったのだが……
「なあ、名を書いた紙を渡さなかったら、俺も同じ運命だったのだろうか」
「今頃『みどりのひと』と呼ばれているのでは?」
「『目』を端折るなよ。緑の人では、ほとんど怪物じゃないか」
「あとは『みどりのお兄さん』とか『みどりの王子様』じゃないですか?」
「うわぁ、いかにもリアが言いそうだ……」
危ないところだった。
さすがに『みどりのお兄さん』と呼ばれるのは厳しい。
アレンは壁に寄りかかり、隣に立つ俺をじっと見ていた。
「なんだよ」と言うと、「どうします? 年配女性とは言え、外部の人間が来ていますけど」と口を尖らせた。
彼は今までリアの最も近くにいた。それだけに距離を取られたのが悔しくて仕方がないようだ。
この負けず嫌いが口を尖らせていじけている姿は、子どもの頃とまるで変わらない。
「女の特務師を入れるか」
「やっぱりそうなりますか。あまり特務師には近づけたくないのですが」
「訓練で知り合った者の中で、使えそうな女はいたか?」
「ミストという凄腕の女特務師がいます。他にも数人いますが、リア様と一緒にいて不自然でないのは彼女でしょう」
「強いのか?」
「クーラムの達人で、あらゆる武器を使いこなします。俺も色々教わっていますよ」
「性格は?」
「荒削り。真っ直ぐすぎるほど直線的。失うものが少ないせいか、普通の人間がやらないような捨て身の攻撃を顔色も変えず平然とやる」
「危ない女はダメだぞ?」
「魔法を使わない現場なら彼女に背中を任せてもいいですよ」
「お前が女性に対してそんなことを言うのは珍しいというか、もはや気持ち悪い」
「女性? ああ、まあ女性か……いや、うーん?」
「おい、女なのだろうな?」
「生物学上および見た目は間違いなく。ただ、性格は男に近いかと」
「それ……大丈夫なのか?」
俺が眉をひそめると彼は「大丈夫ですよ」と歯を見せた。
「境遇はまるで違えど、リア様と共通点がなきにしもあらず」
「ほう?」
「戦争孤児で、誰かが拾って王都へ連れてきたようです。自分の持ち物はそのとき着ていた服だけだったと」
「どこの戦だ?」
「わかりません」
「そのくらい幼かったのか……」
「それもあるのでしょうが、彼女は記憶も何もないようです」
「記憶もない?」
「ミストという名は、拾った人物がつけた名だそうです」
「自分の名も覚えていないのか」
「家族は、というより村全体が皆殺しにされたのだとか」
「重いな……」
「そばに置くならリア様の気持ちが分かる人材が良いと思いますよ」
「分かった。少し調べる」
俺は早々に叔父に頼んでミストの身辺を洗ってもらった。
普段なら一週間はかかるところだが、よほど信頼度が高いのだろう。即日「問題なし」の返事が来た。
女性騎士として第一騎士団に入れる案も出たが、神薙付きの女執事に仕立てた。
アレンが推すだけあり、ミストは優秀な特務師だった。
ヒト族とは思えぬほど頭が切れるし、護衛としても使える。
俺に対してだけは少々不愛想だが、執事としてリアのそばに立つ分には問題ない。
リアはミストを気に入ったようだった。
早足で屋敷の中を散歩し始め、あちこちで声を掛けていたと思ったら、女性の使用人を三時の茶会に誘っていたようだ。
侍女と使用人の女性が入り乱れるサロンに、「神薙と同じ席に着くなど有り得ません!」と狼狽えるミストをまんまと引きずり込んで仲間に取り込んだ。
相変わらず、彼女の人心掌握術は恐ろしい……
険悪な雰囲気でこそないが、二人で何やら言い合いをしている。アレンも切羽詰まり黙っていられないのだ。
通用しないだろうとは思いつつも、両腕(罠)を広げて待つと、リアの顔に警戒の色が浮かんだ。
やはりダメか、と思った瞬間、彼女がぴょん、と飛び込んできた。
「……」
う、嘘だろう……?
しばし間を置いてから彼女はこう言った。
「……ハアッ! しまったぁぁ!」
アレンが豪快に吹き出し、腹を抱えて痙攣していた。
可憐すぎて困る。
普通、警戒していたら近寄ってこないだろうに。
眉間に皺を寄せて「あなたのことなんて、ちっとも信用していませんよ」という顔をしているのに、彼女は俺の腕の中に収まっていた。
リアはたまにすごく面白くなってしまうことがある。
俺達からの質問をかわすことに必死で、考えていることと行動がちぐはぐになってしまったのだろう。
飛び込んできた彼女を逃がすわけもない。
抱きしめて拘束すると、じたばたした後、しゅんと大人しくなった。
もう可愛すぎて、どうやっても笑いをこらえることができない。
もう一度だけ彼女に密室で何をしているのか聞いたが、やはり何も語らないのでしつこく聞くのはやめた。
降参だ。
もうお手上げだ。
俺達では無理だ。
リアには敵わない。
会議室の前でリアが出てくるのを待っていると、アレンが口をとがらせて愚痴をこぼした。
「まさか、赤たまねぎを呼ぶなんて」
「なんなのだ、その赤たまねぎというのは」
「今日来ているルビー・オリオンのことですよ。頭が赤たまねぎに似ている」
リアはこの世界のあらゆる名詞を覚えるのが苦手だ。
特に人名は元々覚えるのが苦手らしく、かなり苦労しているようだった。
アレンの話では、リアが最初にルビー・オリオンと会った日、例によって名前を覚えられず、密かに「マダム赤たまねぎ」と呼んでいたらしい。
実に面白い二つ名だが、俺は軽く身震いがした。
俺はリアと出会った日、彼女に名前を書いたメモを渡してヴィルと呼んでもらうよう伝えた。だからこそ今まで何事もなかったのだが……
「なあ、名を書いた紙を渡さなかったら、俺も同じ運命だったのだろうか」
「今頃『みどりのひと』と呼ばれているのでは?」
「『目』を端折るなよ。緑の人では、ほとんど怪物じゃないか」
「あとは『みどりのお兄さん』とか『みどりの王子様』じゃないですか?」
「うわぁ、いかにもリアが言いそうだ……」
危ないところだった。
さすがに『みどりのお兄さん』と呼ばれるのは厳しい。
アレンは壁に寄りかかり、隣に立つ俺をじっと見ていた。
「なんだよ」と言うと、「どうします? 年配女性とは言え、外部の人間が来ていますけど」と口を尖らせた。
彼は今までリアの最も近くにいた。それだけに距離を取られたのが悔しくて仕方がないようだ。
この負けず嫌いが口を尖らせていじけている姿は、子どもの頃とまるで変わらない。
「女の特務師を入れるか」
「やっぱりそうなりますか。あまり特務師には近づけたくないのですが」
「訓練で知り合った者の中で、使えそうな女はいたか?」
「ミストという凄腕の女特務師がいます。他にも数人いますが、リア様と一緒にいて不自然でないのは彼女でしょう」
「強いのか?」
「クーラムの達人で、あらゆる武器を使いこなします。俺も色々教わっていますよ」
「性格は?」
「荒削り。真っ直ぐすぎるほど直線的。失うものが少ないせいか、普通の人間がやらないような捨て身の攻撃を顔色も変えず平然とやる」
「危ない女はダメだぞ?」
「魔法を使わない現場なら彼女に背中を任せてもいいですよ」
「お前が女性に対してそんなことを言うのは珍しいというか、もはや気持ち悪い」
「女性? ああ、まあ女性か……いや、うーん?」
「おい、女なのだろうな?」
「生物学上および見た目は間違いなく。ただ、性格は男に近いかと」
「それ……大丈夫なのか?」
俺が眉をひそめると彼は「大丈夫ですよ」と歯を見せた。
「境遇はまるで違えど、リア様と共通点がなきにしもあらず」
「ほう?」
「戦争孤児で、誰かが拾って王都へ連れてきたようです。自分の持ち物はそのとき着ていた服だけだったと」
「どこの戦だ?」
「わかりません」
「そのくらい幼かったのか……」
「それもあるのでしょうが、彼女は記憶も何もないようです」
「記憶もない?」
「ミストという名は、拾った人物がつけた名だそうです」
「自分の名も覚えていないのか」
「家族は、というより村全体が皆殺しにされたのだとか」
「重いな……」
「そばに置くならリア様の気持ちが分かる人材が良いと思いますよ」
「分かった。少し調べる」
俺は早々に叔父に頼んでミストの身辺を洗ってもらった。
普段なら一週間はかかるところだが、よほど信頼度が高いのだろう。即日「問題なし」の返事が来た。
女性騎士として第一騎士団に入れる案も出たが、神薙付きの女執事に仕立てた。
アレンが推すだけあり、ミストは優秀な特務師だった。
ヒト族とは思えぬほど頭が切れるし、護衛としても使える。
俺に対してだけは少々不愛想だが、執事としてリアのそばに立つ分には問題ない。
リアはミストを気に入ったようだった。
早足で屋敷の中を散歩し始め、あちこちで声を掛けていたと思ったら、女性の使用人を三時の茶会に誘っていたようだ。
侍女と使用人の女性が入り乱れるサロンに、「神薙と同じ席に着くなど有り得ません!」と狼狽えるミストをまんまと引きずり込んで仲間に取り込んだ。
相変わらず、彼女の人心掌握術は恐ろしい……
51
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる