昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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4[リア]

魔法暴発

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 斜め上から振り下ろされた木剣は、ヴィルさんの頭部をかすめながら肩を直撃していた。くまんつ様も直前に異変を察知し、何とか急所を外そうとしてくれたのだと思う。
 歓声が一瞬止んだその瞬間、ぐしゃっと嫌な音を立てながら彼はその場に崩れ落ちた。

「ヴィルさんッッ!」

 倒れた彼はわずかに動いていたものの、自力で起き上がれる状態ではなさそうだ。
 真上からの直撃ではないにせよ頭を打っている。当たりどころによっては命に関わる。
 わたしとアレンさんは客席に座る間もなく駆け出していた。

「治癒師を呼んでこい!」
 くまんつ様の切羽詰まった叫び声が聞こえる。
 わたし達はアリーナには下りたものの、人が多くてなかなか前に進めずにいた。

「ヴィルさん! 通して……通してください!」
「どけ! 神薙に道を開けろ!」

 騒然とする中、アレンさんはわたしの手を引きながら人を押しのけ、ヴィルさんの元まで連れていってくれた。
 地面に横たわり、グッタリとした彼に駆け寄ると名前を呼んだ。けれども、それも周りの声にかき消された。

「治癒……治癒魔法を……っ」
 緊急時に限って一回までなら使っても大丈夫だと先生は言っていた。
 たくさん練習したおかげで、術式はすぐにできた。なのに体がガタガタ震えて魔力操作が上手くいかない。
 上級者だって動揺すれば魔力が乱れるのに、こっちは魔力が底を尽きそうな初心者だ。気持ちばかりが急いてしまい、思うようにならない。
「お願い。ちょっとだけ静かに……お願いです……」

 事態を察したアレンさんが「静まれ!」と叫んだ。

「神薙の御前で騎士が騒ぐなぁ!」
 くまんつ様が怒号を響かせると、場内は急激に静かになった。
 ヴィルさんが微かに目を開け、わたしの名前を呼ぶ。

「喋っちゃダメ。動いてもダメです。言うとおりにしてください」
「リア……」
 意識が朦朧としているようで目の焦点が合っておらず、彼は繰り返しわたしの名前を口にしていた。

 長いローブの裾を引きずりながら、オタオタと治癒師のオジサンが走って(走らされて)来ているのが視界の端に入った。
 遅い。あれを待っていたらヴィルさんの苦痛が長引いてしまうし命に関わるかも知れない。
 うわ言のようにわたしの名前を呼んでいる彼を見ていると、心が壊れそうだった。
 誰も頼れない。自分でやるしかない。震えている場合じゃない。

「大丈夫です。落ち着いて」と、アレンさんの手が背中に触れた。
 頷いて深呼吸をした。

 どうにかこうにか【治癒】が発動した。
 またボンッという暴発に近い手ごたえが伝わってきて、隣で支えてくれていたアレンさんが一瞬のけぞる。その直後、ヴィルさんの周りがブワッと強く発光した。
 しばらくすると、彼がしっかりと目を開いてわたしの名前を呼んだ。
 今度はきちんと焦点が合っている。目に見えてひどかった頭部の怪我も癒えていた。

 この世界の魔法は本当にすごい技術だ。
 教えてくれた先生には心から感謝している。おかげで大事な人を二人も助けることができたのだから。

 ホッとして彼に話しかけようとした途端、地面がグルンと頭の上にせり上がってきた。
「ん? アレ……?」
 頭がクラクラして尻もちをつきそうになった。
「ひゃっ」
 空が見えた。青空が洗濯機のように雲と一緒にグルグルと回っている。
「あ……あ……」

「リア様!」
「どうした!」
 アレンさんとくまんつ様の声がした。
 咄嗟に身体を支えてくれたのはおそらくアレンさんだろう。

「はれんさん……めがまわるの……す、すごいまわってて……うっ、き、気分が……」

 どうにか彼に焦点を合わせようとした。
 ところが、わたしを支えていたのはメガネをかけた長細い岩だった。メガネの少し下あたりに裂け目があり、口のようにガチガチと動いている。腕は細い枝だ。雪だるまの遠い親戚みたいだけれども、かわいそうに……鼻がない。

「まずい。魔力切れだ! リア様、リア様!」
 メガネ岩がグルグル回りながら叫んでいる。裂け目がずっとガチガチしていて、枝がわたしの頬に触れていた。

 そういえばアレンさんと初めて王宮で会ったとき、彼はこういう岩だった気がする。
 闘病中に素の顔を見慣れて変に心臓がバクバクしなくなったのに、ここに来てこんなに激しくキャラ変をされてしまったら、せっかくの耐性がまた下がってしまう。
 わたしはグルグルと目を回しながらそんなことを考えていた。



 ──気がつくと、見覚えのない部屋で寝ていた。
 長細いメガネ岩アレンさんはいなかった。

 起き上がろうとした途端、天井がぐわっと落ちてきた。
 驚いていると、すぐにまた離れていった。
 起き上がると今度は床がせり上がって一回転した。
 遊園地のグルグルするアトラクションに乗っているようだ。

「あぁあ……まわ……ま、ま、なにこれぇ……」
「魔力切れ症候群。命に別状はないが魔法はしばらく禁止だぞ」
「ヴィルさん? 怪我は?」

 側転でもしたように視界が左へクルンと回り、ヴィルさんが視界の外に飛んでいった。

「はあぁぁ……ヴィルさぁん、どこぉ?」
「まだ起きてはダメだよ。天地が分からなくてひどい気分だろう?」

 ジタバタしていると、体を支えられて再び寝かされた。
 彼の言うとおり、上も下も分からないし自分の身体が左右どちらを向いているのかも良く分からない。

「ヴィルさん、痛いところは?」
「婚約者が優秀すぎて、どこも何ともない。それどころか、周りにいた連中まで古傷が消えたとか、長年悩んでいた痔が治ったとか大騒ぎだ」

 関係ない人のおしりまで……?(汗)
 いや、しかし痔をナメてはいけませんよ? 大変な病気ですからね。
 
「すみません、わたし魔力操作が猛烈にヘタで。でも、ほかの方まで元気になって良かったです」
「噂に聞いていた治癒魔法の暴発、なかなかにすごかったよ」

「目を閉じて」と言われたので、言われたとおり閉じた。すると彼はわたしの目元に暖かい蒸しタオルを乗せてくれた。

「はわー、気持ちいいです……」
 不思議とグルグルがゆっくりになった。

「天人族なら十五分ほど静かにしていれば治るが、リアはもう少し時間がかかるかも知れない。目と頭を温めると少しマシになる」
「そうなのですねぇ」

 彼の手がそっとわたしの手に触れたので、軽く握り返した。
 温かい。久々に感じる彼の温もりだ。
 うう……泣いちゃいそう。
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