昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
192 / 392
5[リア]

特別なお茶 §2

しおりを挟む
 キラキラときらめきながら宙を舞った魔素茶は、ヴィルさんのお高い服と超高級カーペットにパタパタと落ちていった。
「お……お……おお……ぉ………」
「美味しくないって言っているのに、たくさん口に入れるから」
 ダメージを受けた彼の背中をさすった。

 魔素茶は徐々に牙をむく飲み物だ。
 脳がシビれるような苦さはあるものの、その持続時間は短い。だから「平気かもしれない」という気にさせるのだ。
 調子に乗って二口目に差しかかると、一拍遅れて謎のえぐみが口の奥をビリビリと刺激し始める。この第二波がキツい。
 シビレに動揺していると第三波が来る。かつて経験したことのない臭気が鼻の奥を突き上げ、体が全力で拒絶するのだ。
 世界征服をもくろむマッドサイエンティストが作り出した化学兵器のようなお茶だった。
 シンドリ先生の柔和な笑顔にだまされてはいけない。あの方は美味しくない(けれど体に良い)ものを作る天才オジイチャンだ。

 口元を拭いてあげると、彼は涙目でプルプルしていた。
「こんなにひどい茶は初めてだ。執務棟でクリスが買ってくる変な茶が美味にすら思える」
 わたしの目からも涙がテロテロと流れていたので、思わず窓の外を見た。
 きれいなお月様が見える。えずいて出た涙は天気に影響しないようだ。

「砂糖を入れたら飲めるのではないか」
 懲りない彼は、山盛りのお砂糖をスプーンに三杯も入れてグルグル混ぜている。
「余計にひどくなる気がしますよ?」と忠告したけれど、もう飲む気満々だ。
 わたしはショックで腰を抜かしていたメイドさんに声をかけるため、いったん席を立った。かわいそうに、まさかここに美味しくないお茶が持ち込まれるなんて思いもしなかっただろう。知らぬ間に自分が毒入りのお茶をいれてしまったと勘違いしたようだ。
 メイドさんと一緒に紙ナプキンを持ち、あちこちに飛んだ「王家の飛沫ひまつ」を拭き取った。
 【浄化】ではお茶のしみまでは落ちない気がする。明日は朝イチで服とカーペットのしみ抜きを頼んでもらわなくては……。

「よし。リアは待っていろ。俺が毒味をする」
 彼は眉をキリリと上げ、中腰でいつでも駆け出せるような体勢をとった。
 それはスピードスケートの選手が「位置について」の号令と同時にとる構えであって、決してお茶を飲むときの姿勢ではない。しかし、再び「ヴィル汁」をまき散らすよりは、その姿勢で飲んだほうがいいだろう。

 予想どおり、口に含んだ瞬間「ふぐッ」と顔をしかめ、彼はフライング気味にスタートを切った。そのまま猛スピードでバスルームへ向かってダッシュしていく。
 『魔素茶ダッシュ』初代ゴールドメダリストが誕生した瞬間である。
「やっぱりね」とつぶやきながら、サロンを駆け抜ける未来の夫にハンカチを振った。

「変な化学変化を起こしているかもしれない……砂糖は危険だからやめておけ。絶対に」
 バスルームから戻ってきた彼はひどい鼻声で言った。涙目を通り越してボロボロ泣いている。
 口直しに普通のお茶を飲むと「ああぁ……普通って尊いよな」としみじみと言った。もともと飲食に保守的な彼が、よくこんなものを何度も飲んだな、と感心してしまう。

「冷やしてみましょうか。わたしの国には千回振り出してもまだ苦いセンブリ茶というのがあって、それは冷やして飲むと多少マシだと聞いたことがあります」
 その冷やしたセンブリ茶もイタズラや罰ゲームでおなじみだったけれど、とりあえずそれは言わないでおいた。
「よし! 冷やすのは得意だ」と言うと、彼はカップに手をかざし、小声で詠唱をした。すぐに氷の粒がちらちらと現れてお茶を冷やしていく。
 冷えた魔素茶を二つのカップに分け、今度は「せーの」で同時に挑戦だ。
「んおっ!」
「んんん……」
 破滅的に美味しくないけれど、あとから来る謎の臭みが少し和らいでいる。ただ、やはり一口が限界で、二口目の壁は破れなかった。

 ☟

 翌朝、魔力量を計測してみると、魔素茶を飲む前と比べて回復量が多いことがわかった。効果があることを数字が証明しているのだから、もう気合いで飲むしかない。
 結局、お茶として飲もうとしていることが間違っているのだという結論に至り、冷やしたものを「苦いお薬として」飲むことにした。「良薬口に苦し」だ。
 一口ずつを一日に何度も飲めばいい。欲張らないことが大切だ。慣れてきたら少しずつ量を増やしてみようと思う。

 地獄の山ごもりから戻ってきたアレンさんは、帰ってくるなりヴィルさんから魔素茶の話を聞かされていた。
「たかがお茶で泣くとか……フフッ」
 鼻で笑ってバカにする彼に、ヴィルさんが砂糖入りの魔素茶を差し出している。
「そう言わずお前も飲んでみろ。これが飲めたらすごいぞ」
 アレンさんは自ら志願して魔素茶チャレンジを行い、まんまとバスルームにダッシュした。そして、ジャバジャバと滝のような涙を流しながら「なんてものを俺の神薙に飲ませているのだ!」と怒っていた。

 小さなおしゃれグラスに注がれた冷たい魔素茶。毎食後、クーっとひと思いに飲み込む。
 余裕があれば食前にも飲んだ。美味しいものに挟まれていれば精神的な苦痛が和らぐため、三時のおやつの前後もねらい目だ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

処理中です...