昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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5[リア]

罪と罰

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 この国の常識だと、不敬な令嬢は捕らえて牢に入れるのが正解なのだろう。
 誇り高い王族が公衆の面前で婚約者を侮辱されたのだ。ヴィルさんが彼女を不敬罪に問うことにしてもよかったはず。しかし、彼はわたしを優先して言わなかった。
「捕らえるな、意味がないから殺すな」というわたしの主張は「非常識な正論」なのだ。
 このまま彼が何もしなかったら、世間から抜けと見られる可能性も否定できない。

 でも、やはりあえて日本式の「変な奴は放っておく作戦」をオススメしたい。
 今の状況で彼女におきゅうをすえて反省させたいのならば、日本式が最も強烈で効果的だ。
 わたしだって、彼女が事あるごとにしゃしゃり出てきて「この女は淫乱だ」などと騒ぐようでは困る。彼女にはこれを機に大人になっていただきたいと思っている。

「ヴィルさん、何もしないほうが厳しい罰になることもあります。わたしは殺すなとは言っていますが、許してあげましょう、優しくしてあげましょうとは一言も言っていません」

 彼はふいに身体を離して「どういう意味だ」と言った。
「婚約発表の場を荒らしたことに対しての反省と謝罪は求めたいと思っています。でも、今それをしろと言っても無理でしょう? 罪悪感がないのですもの」
 彼の前髪に指を通すと、険しい顔がまた少し緩んだ。

「今頃、この会場の中は先ほどのうわさ話で持ち切りなのではありませんか?」
「目撃者が多すぎて箝口令かんこうれいを敷く意味がなかったからな。おそらく口から口へと伝わっているだろう」
「なにせ今日は国王主催の王宮舞踏会ですもの。あっという間に国中の貴族の知るところになりますよね?」
「そうだな」
「彼女を擁護する人はいらっしゃるでしょうか?」
「いいや、いくらなんでも無理だろう」
「そんな中で泳がされた彼女の、明日以降の暮らしを想像してみてください。今までどおりの生活ができるでしょうか?」

 彼はわたしから目を離さず、静かに首を横に振った。

「今までどおりは無理だ。相当に騒がしくなるだろう」
「かたや牢の中は一人きりで、さぞかし静かでしょうね。取り調べ官がお説教をしたところで、心に響くとは思えません」
「……確かに」
「善悪の区別がつかない者を静寂の中に置き、ムチで打っても反省などさせられないでしょう。でも、牢の外に置き去りにされた非常識な人は、世間から罰せられることがあります」
「リア……」
「効果の有無はやってみなければわかりません。ただ、身をもって他人から悪意をぶつけられれば、何か考えるきっかけにはなるでしょう? 自分がしたことと同じことを他人からされてみないと、あの方はわからないと思います」

 ヴィルさんはうつむいて何か熟考しているようだった。
 考え事の邪魔にならないよう、わたしは少し待つことにした。

「とてつもなく異例なことだ」と、彼は険しい顔で言った。
「あの場で見逃したこともそうだが、数々の証拠を押さえながら捕らえないことも」

「困らせてごめんなさい。でも、これは彼女の親が教えるべき道徳の問題だと思います。今は大きな実害もありませんし、少し様子を見てもよいかと」
「謝らないでくれ。リアの言っていることはわかっている。反省を促す方法として、それが有効であろうことも理解した。いい薬になるだろう」
 彼はわたしの背中に腕を回すと、優しく抱き締めてくれた。

「あの女は泳がせておこう。改善の余地がなければ、またすぐに同じようなことをやらかすはずだ。そのときは容赦なく殺す」

 うーん……また出ましたよ、コロス発言。
 この不穏な言葉を彼の口からはなるべく聞きたくない。
 瞳の奥に殺意を帯びた光が見えたので、思わず目を伏せた。ここで「はい、そうですね」と返事をすることはできない。
 こちらの視線に気づいたのか、彼は機嫌をうかがうように顔をのぞき込んでくる。
「リア? 俺が怖いのか?」
「終身労働刑とか、ほかの刑もあるはずなのに、どうしてすぐに『殺す』となるのでしょう。護衛のアレンさんがわたしの名誉を守るために言うのと、王族であるヴィルさんが言うのとでは言葉の重みが違います。王家は気にくわない人を次々殺すお家なのかと、印象が悪くなります」
「すまない。許してくれ」

 彼は少し慌てた様子で、あちこちにキスをしてきた。髪、額、頬に手……と、次々忙しい。
「どうか短気な男だと思わないでくれ。リアのことになると、どうもダメだ。冷静な判断ができなくなる。本当にすまない。俺は頭を冷やすべきだ」

「そう言えば、フィデルさんの雪が便利そうでしたねぇ?」
「フィデルの雪?」
 彼は一瞬ぽかんとした後、思い出したように噴き出した。
「あの状況で頭に雪を降らそうと思いつくのは彼くらいのものだ。天才としか言いようがない」
「サラサラの粉雪でした。雪質にこだわりがあるのかも」
 彼はハハハと声を上げて笑うと、腰かけていた机から離れた。

「よし。では、存分に苦情を言ってこよう。ただし、それは叔父の前で、あの女の父親に対して言うことにする。それは許してほしい」
「陛下にお伝えしたら、もっと大騒ぎになります」
 もう、ササっと終わりにしたいのに……。

「婚約発表に合わせて、今朝から新神薙法が施行された。十三条は昨日で解除されている。つまり、現時点で神薙を守る者の最高責任者は王だ。責任者に話を通すのは当然のことだろう? それに、いずれうわさは叔父の耳にも入る。いや、もう入っているかも知れない」

 ああ、なんてタイミングが悪いのだろう。
 昨日までなら神薙に関するトラブルはすべてヴィルさんの責任だった。しかし、残念ながら今日施行された法のせいで、その責任の所在が陛下へと戻っている。
 あの令嬢は運も悪い。こんな境目の日にやらかしてしまうなんて。

「親が元凶である場合も考慮しなければならない。例えば、うわさの流布に父親が絡んでいた、とか。これは叔父にも関係のある話だ」
「それもそうですねぇ」
 カクッと肩が落ちてため息が出た。
 陛下を巻き込むのは本意ではないけれども、これはもう致し方なしだ。
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