昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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5[リア]

話し合い

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 豪華な特別室にようやくたどり着き、待望の冷たいお水をゴッキュゴッキュと飲み干す。
「ふーっ、生き返るぅぅ」
 渇きから解放され、皆と一緒にシャンパンで乾杯した。
 細長いグラスの中で、薄いピンクの小さな泡がパチパチと弾けた。

 件のパウダールームから特別室までの道中、一際大きな人が令嬢に取り囲まれていた。誰かと思えば、くまんつ様だ。
 モテすぎて困っておられたらしく、視線でこちらへ助けを求めていた。
 貴族令嬢の嫉妬はかなり面倒くさいものだと、つい今しがた学習したばかり。わたしが直接お誘いすると、取り囲んでいる皆さんのヘイトを買うことになる。こそっとアレンさんにお願いして、美味しいシャンパンの会にお誘いしつつ救助していただいた。

 くまんつ様と一緒にいると、決まってじゃれ合うヴィルさんなのに、今日は表情が硬いまま。一口だけシャンパンを飲むと、すぐにグラスを置いて首を振った。
「すまない。やはりこのままにはできない」
 彼は眉間にシワを寄せ、険しい表情で言った。
 ずっと顔が強張っていたので、なんとなくそんな気はしていた。彼は納得していないのだ。

「ひとつだけ、お願いをしてもいいですか?」
「ああ。もちろん」
「さきほどの件で、わたしの名誉のために誰かを殺さないでください」
「あの者たちを生かしておくつもりか」
「非常識な令嬢の悪口ごときで簡単に名誉が傷つくのなら、それはわたしにも何か落ち度がある気がします」
「リアに落ち度などひとつもない! 一方的に侮辱されたのだぞ!」

 くまんつ様が大きな声に驚いて「おいおいおい、よせ」と彼を止めた。
 休憩室に支度部屋が付いていたので、わたしは彼と二人でそちらへ移動することにした。
 彼の誇りを保ちながらわたしの意見を通すには、観客を排除しないと上手くいかない。これは以前の大ゲンカで学んだことだ。
 現場にいなかったくまんつ様への説明は、アレンさんたちにお任せした。

 支度部屋に入り、シャンパングラスをドレッサーの上に置いた。こぢんまりとしているけれど、居心地の良い部屋だった。

「あの令嬢はヴィルさんに憧れていて、自分以外の女性がデートをしたり婚約したり、上手くいったのが悔しくて仕方ないのですよ。たまたま相手が神薙だったから、知っていることを並べ立てただけでしょう」
「だからと言って、なぜそれを許す必要がある」
 彼は眉間に深い溝を刻んでいた。
「許そうと言っているわけではありません」
「あの日、アレンは一部始終を見ていた。あの女が突き飛ばしたのは故意だった。それは間違いない。うわさもそうだ。すべて調べはついている。リアは痛い思いをしたし、苦しみもした。なぜあの女をかばう。君もあの女に突き飛ばされたことはわかっていたのだろう?」

かばっているわけではないですよ」と、わたしは言った。
「あの時はどうして悪意をぶつけられたのか、意味がわからなかったのです。今日も、皆があまりに怒っているから困ってしまって……。わたしは『いやらしい体ってどんなのかしら?』と思ったくらいですかねぇ」

 思い出して笑っていると、彼はわたしの手を取って口づけをした。

「どうして、そんな何事もなかったように笑っていられる。腹を立てている俺がおかしいのか?」
「女性が嫉妬して騒ぐのなんて、よくあることでしょう?」
「俺の周りでそういう場面は見ないが……」
「誰かから先代の話を聞いたのでしょう。先代の話なら彼女の言うとおりなのですから、単なる人違いということになります」

 彼はドレッサーに腰かけて優しくわたしを抱き寄せた。
 いつもより目線が近くなる。

「先王が悪政を敷いた場合、次の王が責任を取らされます」
「リア……」
「最初のうちは、悪く言われても仕方ないですよ」
「王位は血のつながった者が継ぐものだから仕方ない。しかし、リアと先代は何一つ関係がないだろう」
「あの手の言葉くらい覚悟していました。なにせ神薙論を二周も読んでしまいましたから、心の備えは万全ですよ?」

 自分のことではないので侮辱された認識もない。そう話すと、彼は苦しげに首を振った。

「俺は公衆の面前で妻を侮辱されて放っておけるような人間ではない」
「ヴィルさん……」
「愛している。俺にはとても耐えられない。頼む、リア」
「少し苦情を言う程度ではダメなのですか?」
「それだけでは手ぬるい」
「罰する目的は? 反省させるためですか?」
「ああ。そうだ」
「彼女をムチで打っても反省などしませんよ? ただ痛くて泣くだけです」
「ならば殺すしかない」
「殺したら目的を果たせません。彼女は多くの人を惑わすような思想家ではないですし、人の心をつかむ技術もなければ、魅力的な主張も持っていません。危険人物どころか、何の力も持たぬただの貴族令嬢です。それなのにヴィルさんが彼女を殺す理由は何ですか?」

 彼の眉間の溝がわずかに薄くなった。しかし、依然として表情は険しい。

「彼女は欲しいものが手に入らず、手に入れた人に向かって癇癪かんしゃくを起こしたのです。悪いことをしている感覚も乏しいようですし、子どもと同じですよ? 子どもの首をはねることに何の価値がありますか?」
「しかし……」
「感情に任せて行動することは、彼女がしたことと同じです」
「リアの言うことはわかる。わかるが……無理だ」

 彼は腕に力を込めた。
 やり場のない怒りをどうしたらよいのかわからないのだろう。わたしを抱く彼の手は小刻みに震えていた。
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