昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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5[ヴィル]

弱みと強み

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 最近、父と叔父の働き方は異常だった。
 主な要因は戦だ。特に叔父は予定が分刻みすぎてトイレに行く暇もないと嘆いている日があった。
「ひでぇな。国王の膀胱のうりょくは無限だとでも思っているんだろうか」と、クリスは深い同情を示した。
 さすがの俺も、できることがあるのなら手伝いたいと思うほどだ。このまま放っておけば、叔父か父、どちらか倒れる気がする。
「王家の仕事はお前か王太子フィリップにしか手伝えない。ましてや戦が絡むのなら、お前の手伝えることは多いだろうな」と、彼は天井を見上げて言った。

 ところが、叔父は俺に外交の手伝いをさせたがっている。正直に言うと、あまり得意な分野ではない。
 今まで「婚約発表の準備」を口実に、国賓との晩餐ばんさん会や複数日にまたがる接待はすべて断り、王都の軽い案内や茶の相手くらいでごまかしてきた。しかし、その婚約発表も終わってしまい、もう逃げるのが難しい。
 彼女のそばにいられない時間が増える。
 ベッタリくっついていられなくとも、なるべく同じ敷地内にはいたい。

「当初は外交にリアを連れて行くという案もあったのだが……」
「リア様を政治に巻き込むのは反対だ」と、彼は強めの口調で言った。
「わかっている。それは、アレンとフィデルにも猛反対された」
「だろうな」
「彼女を引っぱり出すつもりはない」
 そつなくこなしてくれるだろうし、俺の苦手なところを助けてもくれるとは思う。ただ、そのせいで彼女らしさがなくなるのは嫌だ。
「お前もつらいところだな」と、彼は同情的に言った。俺が社交を得意としていないことを誰よりも知っているのは彼だ。

「そこで俺は王太子フィリップを呼び戻そうと考えている。力ずくでも」
「できるのか?」と、彼は心配そうに言った。
「なんとかする。もう彼にも腹をくくってもらわねば俺も困る」
「そうか……」と、彼は目を伏せて言った。
 そもそも王太子フィリップがいないから、こういう事態になっているのだ。
 父の仕事を手伝うことは想定内だったが、王の仕事を肩代わりするのは想定外だ。
 やれと言われてやるのは構わないが、次期王であるフィリップの居場所がなくなったり、俺を王に担ぎ上げようとするアホな貴族が出てくるのは困る。

 俺が二人目の夫を必要としているのは、俺がいない時に仕事以外で彼女のそばにいてくれる人間が必要だからだ。
「それともう一つ、これは俺からではなく叔父か父から話してもらうつもりなのだが、過去の神薙にはなかった危険が一つある」
 俺は人差し指を立てた。
「過去の神薙にはなかった危険?」と、彼はいぶかしげに言った。

「まず、クリスにだけは俺の情けない本音を打ち明けておきたい。構わないか?」
 俺が問うと、彼は手の平を見せて「どうぞ?」と言った。

「俺だって彼女を独り占めしたい。夫が増えれば、口に出さないだけで、相手が誰であろうと嫉妬はする」
「……それな」
 彼は薄く笑って理解を示してくれた。
「嫉妬をする天人族はアホだ」と言いながら、実際は静かに嫉妬している。それが天人族だ。

「俺が何も言わなければ、彼女は二人目の夫は選ばないだろう」
「リア様は最初から『夫は一人しか要らない』と言っている」
「しかし、俺と同様に、彼女が『俺だけ』になってしまうのは危険だ」
「逆にお前が彼女の弱みになるからだな?」
 
 彼女が俺の弱みであると同時に、俺という弱みを持った神薙になることは避けたい。
 調べてみたところ、それと同じ理由で始まった制度があった。
「一妻多夫は夫を神薙の弱みにしないために始まった制度だった。当時は神薙ではなく聖女だったが、それほどリスクが高かったということだ。この制度を利用しない手はない」

 クリスは「ふむぅ」と言いながら、少し困ったような表情でティーポットから茶を注ぎ足した。何か言いにくそうに、黙々と落花生を手に取って殻を割っている。
 俺たちはしばらく黙っていた。
 時計の秒針の音だけが聞こえている。

 彼は手を止め、一瞬の間を置いてから眉根を寄せて言った。
「その話、婚姻を結んで蜜月が落ち着いてからでは駄目なのか?」
「そうだな……俺のワガママもあるよな……」

 献身的にリアに尽くすアレンを見ていると、複雑な気持ちになる。
 先に叔父に話してしまったのは俺の落ち度だが、彼の想いが報われる日があってもいいと思う。もちろんクリスに対しても同じ気持ちだ。
 俺の腹の中は常に複雑だ。嫉妬をしつつも、なんとかしてやらねばと焦燥感が押し寄せて来る。早くしろと尻をたたかれているような気分だった。
「俺たちに対する気持ちはありがたいが、今はリア様を優先してくれ」と、彼は言う。
 アレンも同じことを言った。

「俺の個人的な見解を言えば……」と、彼は眉間にシワを寄せた。「リア様に夫を選んでいただくには、お前の都合が強く出すぎている気がするな」
「うん……」
「なぜなら、リア様にとって『ヴィルだけ』であることは常識であり、美徳でもある」
「そうかも知れない」
「それを否定することは、すなわち彼女の価値観を否定することだ。さっきも言ったが、話の入り方には注意が必要だ」

 彼の言うとおりだった。
 だから彼女は俺の提案に戸惑い、憤っていた。アレンが反論し始めると、心底ホッとしたような顔をしていた。
「リアが自発的に二人目の夫を欲しがってくれたら一番いい。二人目ができれば、三人目、四人目はスルっといける気がしないか? 二人目の夫を持つ良さを提示してみるのはどうだろうか」
 俺が力説していると、彼は白目をむいた。「良さって、いったい何を話すつもりだ」

 俺はしばし考えた。
 安定と安全以外で、リアにとってお得であったり、幸福感を得られたりするようなことを考えなければならない。しかし、クリスの言ったとおり、俺の都合が大半を占めているため、思い当たるものがない。

「んんん……」
「ほら見ろ。難しいだろう? 夫側の都合ばかりでリア様に利点がない」
「あ、ねやの話はどうだろう?」
「は?」
「二人の夫から奉仕してもらえるよ、みたいな話をだな」
「お……お前は書記に地の果てまで吹き飛ばされたいのかッッ!」
「やっぱり怒られるかな?」
「当たり前だろうがーッッ! 相手の気持ちを考えろとさんざん言われているだろう!」
 激怒したアレンに隣の大陸まで吹き飛ばされる自分の姿がいとも簡単に想像できた。

「では、夫に適した特定の人物をおすすめしてみようか。手始めはクリスだ。お前の良さを語らせたら、俺の右に出る者はいない」
 俺が右拳をグッと握りしめると、彼は顔をしかめて「ヤメロ、キモチワルイ」と棒読み口調で言った。

「あのな? 話をいきなり『夫選び』にするから不興を買うのだ」と彼は言う。
「しかし、ほかに方法がない」
「そんなことはないだろう。親しい知り合いを増やすだけでも『守りを固める』『ヴィルから少しだけ意識をそらす』には十分有効だぞ。親しい者が増えれば寂しいと感じる時間も減る」
「知り合いねえー」と、俺は気のない返事をした。

「リア様は朗らかな性格で話も楽しい。聞き上手でもある。茶会を開けば社交で自ら味方を増やせるのではないか?」
「茶会で社交か。あ、そういえば……」
 茶会と聞いて思い出したことがある。
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